越前市(えちぜんし)は、福井県嶺北地方の中南部に位置する市です。
2005年10月1日、武生市と今立郡今立町が合併し成立しました。
出身有名人には、歌人の俵万智がおります。
越前町(えちぜんちょう)は、福井県嶺北地方の西端、日本海に突き出た越前岬のある町です。
2005年2月1日、旧来からの越前町と、織田町、朝日町、宮崎村の3町1村が合併して誕生しました。
池田町(いけだちょう)は、福井県の中央部に位置している町です。
伝統芸能の能楽、それに伴う能面芸術の文化を受け継いできた町で、総面積の90%は山地です。
町全域が特別豪雪地帯の指定を受けており、冬季の降水量が極めて多い地域です。
南越前町(みなみえちぜんちょう)は、福井県の中央に位置する町です。
2005年1月1日に南条郡の南条町、今庄町、河野村の2町1村が合併し誕生しました。
「特別豪雪地帯」の旧今庄町に降る大雪が幾度と無く地方間の基幹交通路を寸断してきたのに対し、
荒波に洗われる旧河野村はスイセンが咲き誇るなど比較的温暖な気候です。
北前船の模型
国道8号から国道305号を北上し、南越前町(旧河野村)の海岸沿いにあります。
江戸中期から明治30年代にかけて、大阪~蝦夷地(北海道)を結んで
日本海廻りで、各港で商いをしながら不定期に重複した回船を北前船と呼びました。
船主の右近家は幕末には日本海五大船主の一人として天明・寛政(江戸時代)の
ころから活躍しました。道路の反対側にその資料館があります。
訪れる予定はありませんでしたが、校舎の壁に
大きな北前船のレリーフが目に入りましたので、
写真に収めました。
帆を広げ波しぶきをあげて航行する北前船が
躍動的に描かれています。
国道305号は、漁火街道と呼ばれ越前半島のシーサイドラインです。
小高い丘に白亜の灯台があります。思ったより小ぶりな灯台でした。
越前岬は、福井県丹生郡越前町血ヶ平に位置し、日本海(若狭湾東端)に面する岬です。
越前海岸が緩く突出する地点で、越前加賀海岸国定公園に含まれ風光明媚な場所です。
付近では12月から3月にかけて自生の水仙が咲き、また越前岬水仙ランドも整備されています。
日本海から内陸に入った越前町笈松集落にあります。
当日は雨が降り続いており生憎の天気でしたが、
雨に濡れても撮っておきたい美しい木造校舎です。
瓦屋根、板張り、木の窓枠は本格的です。
正面玄関の屋根には、電飾の星とイルミネーションの配線が巡らされ
一足早いクリスマス気分を醸し出しておりました。
越前市の山間部の安養寺町にある平屋建ての木造校舎です。
高さや壁の色が異なる幾つかの棟を連結しており、校庭を囲むように
L字型に配置されております。
校庭はフェンスで仕切りがあり、工場が近接して建てられていました。
冷たい雨に濡れた校庭に、小さなジャングルジムが淋しく残っていました。
一週間後に再訪しましたが、越前地方独特の時雨模様が
続いておりました。
池田町の山間部の水海集落にあります。
分校とはいえ、鉄筋の重厚な校舎です。
校舎は奥の体育館と連結されていて、こちらもしっかりとした造りです。
真紅の紅葉の傍らで勤勉に本を読む二宮尊徳像がありました。
廃校後は、「池田町公民館水海分館」となっております。
国道476号沿いの池田町菅生(すごう)地区にあります。
どっしりとした正面玄関の屋根の向こうに、立派な時計塔が見えます。
池田第一小学校と統合になり閉校となりました。
池田町唯一の小学校(池田小学校)は、旧第一小学校を校舎として
存続しております。
校庭の隅には男女の子どもの像と「仲よし三小っ子」と刻まれた碑がありましたが、
女児は右手のひらに小鳥を左手は男児の頭をなでる姿、
男児は腕に抱いた子犬を見つめており、姉弟のようです。
微笑ましく温もりのある独創的なモニュメントでした。
南越前町古木地区にあります。
濃淡のベージュを縦横に塗った校舎は、「ふるさと交流センター きらめき」という
文化自然体験、宿泊施設となっております。
当日も活動を終えた少年少女達が大型バスに乗り込む姿を見ました。
国道365号から県道231号に入り、南越前町宇津尾地区にあります。
国道はここから先は広野ダムに突き当たり行き止まりとなります。
校舎は、現在「今庄 青少年育成センター」となっております。
奥の銀杏の下に真っ赤な胸像が見えましたが、野口英世と思われます。
葉原小学校(2006年廃校)
帰路に国道476号を南下していきましたが、
沿道の葉原集落で廃校が見えました。
廃校とはいえ、まだまだ立派な校舎です。
遠目からも新しく荒れた感じはありませんでした。
敦賀からは国道161号を南下する湖西ルートを選びました。
白鬚神社(しらひげじんしゃ)は、滋賀県高島市鵜川にある神社です。
全国にある白鬚神社の総本社です。
近江国最古の神社とされ、琵琶湖畔に鳥居が浮かび、「近江の厳島」とも称されています。

































