市域の南部は中国山地の西部に当たり、1000m級の山々が連なります。
特に2004年11月に合併した美都地区、匹見地区についてはエリアの9割近くが
山林となっており、匹見地区は日本最西端の豪雪地帯であります。
なお、益田市は、島根県内ではもっとも広い面積を占めております。
益田市下種町の県道171号沿いにあります。
体育館は比較的新しく、「まなびや工房」として利用され、
平屋建ての木造校舎は、集会所となっておりました。
閉校になるまでは、沢山の花が校舎に彩を添えていたのでしょう。
花いっぱいコンクール優勝の「花碑」が、校舎前に誇らしく
立っておりました。
校歌を刻んだ閉校記念碑には、タネをデザイン化した校章もありました。
また、学校跡を詠った石碑が独特の余韻を醸し出しておりました。
益田市大草町にあり、遠くから見ると工場のようでした。
壁面も地味で目立たない薄茶色です。
玄関部分は改築され、新しく塗装された様子です。
現在は、北仙道公民館となっております。
国道191号は、益田・高津地区の市街地を抜けると、
突然、三里ヶ浜から持石海岸へと続く長い砂浜の美しい
シーサイド風景がひろがります。
ビーチハウスや東屋(休憩所)、モニュメントがメルヘンチックな
雰囲気を醸成しておりました。
飯浦海岸
持石海岸の長いシーサイドを過ぎると、
急峻な断崖と奇岩が眼下に飛び込んできます。
目の覚めるような美しい光景です。
島根県最西端の飯浦町にある風光明媚な漁港です。
入り江に寄せる波は穏やかでした。
飯浦集落の田園に、趣のある木造校舎が見えました。
正門横には、卒業記念に校章とそのデザインについての
説明が刻まれております。
「稲」は飯を、「波」は「浦」を象徴するとのことです。
田園が黄金色に染まる頃に、校舎を高台から見るとその意味を
実感できることでしょう。
真砂中学校(現役)
国道191号を広島県方面に向かう途中、県道54号に入り
南下していきます。
波田町の田園地帯に小さな平屋建ての木造校舎がありました。
壁面には、ソフトテニス大会に出場し優勝した生徒を祝う言葉が
並んでおります。
2012年度の在校生が僅か9名でしたので、全国制覇は偉業といえるでしょう。
中庭に入ると、意味不明な尖がった石が置かれておりました。
正面玄関には、校章と「MASAGOMSCHOOL」の横文字で表札が掛かっており
印象的でした。
真砂中学校から程なく、道路の反対側の田園にあります。
体育館のような重厚な校舎です。
校庭には、カラフルに塗られたタイヤの遊具、卒業記念のトーテムポールが
ありました。
馬谷町の、狭く曲がりくねった道を奥へ入ったところにあります。
校舎は、青いスレート屋根で趣はありませんでした。
今は、「城山会館」という名の施設となっておりますが、
集会所と思われます。
白馬と少年のモニュメントが残っておりますが、校名や集落の由来と
関係するものかどうか判りません。
広島県との境に位置する匹見町にある、在校生6名の小学校です。
生徒数の割合には、平屋建てですが教室の多い長い校舎です。
県境にあるため、深い山々に囲まれ風も強く冷たいものでした。
西中国山地の景勝である、奥匹見峡も近いです。
道川小学校から国道191号を、さらに県境に進んでいくと
沿道左手に体育館が見えてきます。
1960年築ですので、かれこれ半世紀は経っておりますが
堅固ですから、当分は大丈夫でしょう。
校舎は2004年に取り壊され、集会所が新築されておりました。
校門と雑草の這えた石段が、かつて学校があったことを
教えてくれました。
































