∞∞∞∞∞∞∞8~7転8起~

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【勇気ある人道的行為を行った外交官】

 

6千人の命を救った日本の外交官『杉原千畝(ちうね)』さんのお話。語学の勉強を学びたかった杉原さんは、早稲田大学に入学。そしてある日、外交官養成の為の官費留学生募集の広告を目にし、試験に合格した杉原さんは、当時満州と呼ばれていた中国東北部のハルビンに渡った。ここで3年間ロシア語を学んだ後、ハルビンで外務書記生として就職する。その6年後『満州事変』が起こり、翌年日本は満州のほぼ

全域を占領し満州国を建国した。杉原さんは満州国の外交部に派遣され、ロシア語の力を生かしてソ連との交渉などの仕事にあたることになったが、当時の日本人が中国人に対してひどい扱いをしているのが我慢できなくて、満州国外交部を辞任する。そして日本に帰国した杉原さんは外務省に復帰し、後の妻となる幸子さんと出会う。帰国して4年後、杉原さんはリトアニアに領事代理として赴任することになった。当時ドイツとソ連が不可侵条約を結び、ヨーロッパ情勢は不安定。両国の間にあるリトアニアでの最大の任務は、ドイツとソ連の情勢を探る事だった。リトアニアに着いた3日後、ドイツ軍がポーランドに侵攻。そしてイギリス・フランスがドイツに宣戦布告し、第二次世界大戦が勃発。ドイツと秘密協定を結んでいたソ連もポーランドに侵入し、ポーランドはドイツとソ連に分割された。領事館で働いていたドイツ系リトアニア人グッジェが、実はドイツの秘密警察のスパイで、杉原さんの行動は常に監視されていたという。杉原さんがリトアニア領事館に赴任して1年後、ソ連軍はリトアニアに進駐し事実上占領。そして7月13日、杉原さんの元にソ連軍から8月25日までに領事館を閉鎖し、明け渡せと命令が届いた。その5日後、領事館前に大勢のユダヤ人の難民が集まっていた。ドイツに占領された隣国ポーランドからリトアニアに逃れてきた人達だった。ユダヤ人達が求めたのは、海外脱出を図るための日本の通過ビザの発給だった。当時唯一の脱出路は、シベリア鉄道経由で日本へ行く道だけだった。ナチスドイツは、人種差別政策を推し進め、ユダヤ人を迫害の対象とし、犠牲者が420万人ともいわれる大虐殺が始まろうとしていたのだった。当時の日本は、人種平等を掲げユダヤ人も他国の人と同様、差別しないという方針だった。しかし、領事館前に集まった大部分のユダヤ人はビザ発給に必要な書類や旅費を持っていなかった。杉原さんは、ユダヤ人を援助したいと外務省に電報を打ったが、外務省からの電報には“通過ビザは必要な書類を持たない者には発給してはならない”と記されていた。杉原さんは再度外務省に電報を打った。“ユダヤ人たちの申し出は、人道上どうしても拒否できない。形式にこだわらず、領事が適当と認めるものがあれば発給してもよいのではないか”それに対しての外務省から返答は、“書類を持たぬユダヤ人たちには、通過ビザを大量に発給してはならない“といものだった。領事館の前のユダヤ人たちは、日増しに増えていった。杉原さんが、ソ連軍に命令された退去の日は迫って来ていた。領事館が閉鎖されるとビザ発給は出来ない。杉原さんは決断し、妻に「ビザを出そうと思うけど、どう考える?」と聞いた。妻はこう言った。

「私達はどうなるか分かりませんけど、そうしてあげてください」その時の杉原さんの決意を記す言葉が残っている。

『ユダヤ民族から永遠の恨みを買ってまで、旅行書類の不備とか公安上の支障云々を口実にビザを拒否してもかまわないとでもいうのか。それが果たして国益に叶うことだというのか。苦慮の挙句、私はついに人道主義、博愛精神第一という結論を得ました』そして7月29日朝、領事館の扉は門の前に立つ全てのユダヤ人に向かって、大きく開かれた。その日杉原さんは、1分間の休みも無く手が動くかなくなるまで、ユダヤ難民の為の日本通過ビザ発給作業を手書きで書き続けたという。以後杉原さんが、領事館を閉鎖する8月25日までに発給したビザの数は2139枚、ビザによって命を救われたユダヤ人は、およそ6千人といわれている。終戦から2年後、杉原さん一家は日本に帰国。杉原さんは外務省から呼び出され、退職の勧告を受ける。その後杉原さんは、貿易会社に勤めたり、翻訳や語学指導に携わるなど職を転々とした。杉原さんは、ユダヤ人へのビザ発給については、自分からあえて語ろうとはしなかったという。そしてある日、イスラエル大使館から杉原さんに電話がかかった。それは杉原さんがビザを発給したユダヤ人の1人だった。ユダヤ人達は外務省を退職して消息が分からなくなった杉原さんの行方をずっと探し続けていたのだった。ビザ発給から45年後、イスラエルのエルサレムの丘に、杉原さんの顕彰碑がたてられることになった。その時杉原さんは病気の為、代わりに息子が出席した。代わって出席した息子から病床の杉原さんに手紙が届いた。

『握手をする手も休めないほどで皆、本当に心から感謝をしている目を見ると、僕はこんなに立派な両親をもらって幸せだと改めて思いました』

その時杉原さんの目には、熱い涙が湛えられていたという。その半年後、杉原さんは息を引き取った。86年の生涯だった。その後、杉原さんを讃え、記念のプレートを設置する式典が、外務省の外交史料館で行われた。

『勇気ある人道的行為を行った外交官 杉原千畝氏を讃えて

杉原さんが命を救ったユダヤ人の子孫は、全世界で3万2千人余りに及ぶといわれている。杉原さんからビザを発給されたユダヤ人たちはこう語る。

「生きるか死ぬかの問題でした。杉原さんは救世主でした」

「私達はとても幸運でした。杉原さんは天使でした」

杉原さんは晩年、こう語ったといわれている。

『私のしたことは外交官としては、間違ったことだったかもしれない。しかし、私には頼ってきた何千人もの人を見殺しにすることはできなかった。大したことをしたわけではない。当然のことをしただけです』

 

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