(本文より抜粋)


2004年某月。

演劇の街として名高い、東京・下北沢。
駅から徒歩一分程の小劇場、『しもきた空間リバティ』では、とある事務所の自社ライブの真最中である。

所属芸人達が入れ替わり立ち替わり芸を披露し会場を盛り上げているが、今は丁度、二人の若者が、センターマイク、通称"38(サンパチ)"を挟んで舞台上に。
人気芸人を多数輩出した当時の登竜門的番組、『爆笑オンエアバトル(NHK)』の常連で、周囲からは、次世代の有望株との呼び声も高い漫才コンビである。

女性に人気があるのか、黄色味がかった笑い声を一身に浴びる彼らこそ、今回の物語の主人公……ではない。

明るく照らし出されたステージ上から、視線を横にズラすと、舞台袖の暗がりに辿り着く。
目を凝らせば、闇の中にぼんやりと浮かび上がる二つのシルエット。
一つは、シルクハットを頭にのせ、もう一つは外向きにカールした奇妙な髪型の持ち主。
共に、ワイングラスを手にしている。

酒盛りではない。
ほろ酔いとは程遠い、緊張の面持ち。
舞台上には目も呉れず、何やらブツブツとネタの最終確認余念がない……と言うより、余裕がない。

本連載、『一発屋芸人列伝』の最後を飾るのは、筆者、いや僕と相方、異端の貴族漫才師、"髭男爵"である。

さて。
余裕がないのも無理はないのだ。
何を隠そう、暗闇の中、出番直前まで稽古しているのは、後に僕達を一発に導く、出来たてほやほやの"乾杯ネタ"。
客前で披露するのはこのときが初めてである。
"ウケるかウケないか"の実戦データは全く無い。


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