学校の勉強と部活、加えて長時間の電車通学・・・中学時代は、とにかく眠気との戦いでもあった。
人間眠たすぎると泣きたくなる。
毎朝、眠たくて眠たくてべそをかきながら学校に行っていた。
当然失敗も多くなる。
ある日、学校に行き、教室に入ると、僕より先に来ていた同級生が、「順三、それ何?」と聞いて来た。
しかも、何故か“半笑い”である。
ちなみに小学校の時は、名字の“山田”由来のあだ名、“やまっち”で呼ばれていたが、中学にあがってからは、何故か下の名前“順三”で呼ばれていた。
大人になった今でも、人を下の名前で呼ぶという行為に抵抗がある。
自分が“順三”と呼ばれるのも何だかむず痒いし、正直嫌だ。
そもそも“順番が三番”という由来であろう自分の名前が嫌いなことはすでに述べたとおりである。
ましてや、他人を下の名前で呼ぶような、ある種のお気楽な厚かましさが耐えられない。
こちらの相手に対する好意と、相手のこちらに対するそれが完全に一致、同じ量だと何らかの方法で計量、算出出来るのならかまわないが、そんな理論は少なくとも僕が生きている間は発明されないだろう。
少しでもその好意のバランスが、こちらの思惑とは違った場合、恥をかくのは自分なのである。
まったく、「血液型が一緒」という一点で盛り上れる人間は本当に馬鹿である。羨ましいが。
とにかく、「これが良家のボンボンのノリか」と少し不快に思っていた。
完全な偏見、ひがみだが。
さて、「それ何?」ってなんやねんと思い、その同級生の視線をたどって行くと、確かに「それ何?」だった。
夏の制服は白の半そでのカッターシャツである。暑い夏の事、汗ばんで少ししっとりしていたが、その白いシャツの下から、はっきりとピンク色が透けて見えていて、カッタ―シャツの下に綺麗なエビが潜んでいるかのようだ。
僕はうっすら“生春巻き”みたいになっていた。
なんだろうと思って、シャツを脱ぐと、それは母のシミ―ズだった。
いつもなら、シャツの下に、白のアンダーシャツを着ている。だが、何故かその日は、母のピンク色のシミ―ズを着こんでいた。
今で言う所のスリップだろうか。要するに、女性の下着である。
今こんなにはっきり“下地”のピンクが見えていると言う事は、電車の中、学校までの道のり、ずっと僕は、生春巻き状態だったに違いない。
洗濯バサミが一杯ついた、洗濯物のメリーゴーランドみたいなやつから、毎日寝不足でボーとしていたので、間違ってむしり取って着てしまったようだ。
男子校の教室に、少々フリフリがひらめいたピンクの薄い生地の女性下着をまとった少年。
池袋界隈の女子がざわつきそうな光景だ。
「うん・・・」
誰に言うともなくそうつぶやきながら、校内着に着替え、その場は誤魔化した。
幸い、この「女装事件」の目撃者は、その生徒一人だけで、やらしい話、クラスでのヒエラルキーは僕の方が格段に上だったので、噂も何も広まらなかったが大変肝を冷やした。
とにかく、毎日眠くて眠くてたまらなかったが、後、引きこもりになり、山ほど寝ることになる。
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