27日、「家庭の日」「少年の日」ポスターコンクール表彰があった。その受賞者の皆さんから数通の手紙を頂いた。

 そこには、「これまで、宮崎のためにご尽力頂きありがとうございました・・・・」とあった。

 また、銀座めざマルシェでも、ある方(女性)に絵画(僕の似顔絵)をプレゼントされた。そこには「宮崎をどげんかしてくれてありがとう」と書かれてあった。

 勿論、こういう意見ばかりでは無いことは承知しているが、やはり、こういう言葉・励ましを頂くと有難いと素直に思う。

 これまで、慣れない世界でギリギリ(限界)のところまで自分を追い詰め、自分なりに精一杯頑張って来たこの4年間が無駄では無かったとつくづく思える。

「少しは、宮崎のお役に立てたのかも知れない」と思えることは、今後の僕の生きる糧・動機付けにもなる。


 先日、ある民主党議員の方と話しをした(その方の名誉のために実名は伏せたいと思う)。

 その方が僕にしみじみとこう仰られた。「知事さんが仰るように、政権交代しても社会や国家、政治は大きくは変わりません・・・・・政権交代が、さもばら色の社会や国家、政治を齎すかのごとく発信したのは間違いでした。あの巨大な行政(霞ヶ関)はそんな柔ではありません・・・」

 勿論、自戒を込めて発言されたのであろうが、何か心に「じ~ん」と来た。


 恐らくその議員さんは、「これまでの政権与党の政策(マニフェスト)」「景気経済対策」「政治とカネに対する政治の自浄能力」「企業献金再開の方針」「国会運営」「尖閣問題を始め日中関係の対応」「事業仕分けの効果」等のことを自省を含め仰られたのだと思うが・・・・・・・思うに、政権交代は負の功績ばかりでは決して無い。

 しかし、この一年の一連の政権与党の政治行政動向を見て、多くの国民の皆様が「結局、どこの政党もそう大差は無いのかな~」と思われているのは事実かも知れない。その議員さんのように・・・・・「つまり、この国の政治体質は根本的には変わらないのかも知れない」・・・と。

 

 政権交代では、多くの国民と同じく、僕個人としても大いに期待していただけに、ちょっと残念ではあるが・・・・・まぁ、政治行政をちょっとでも勉強し接触したことがある人間にとっては、この変化の無さは想定内だと思うが・・・・・

 僕個人的には、政治行政に対してまだまだ諦めた訳ではなく、現政権・政治に期待するところは大きい(というか、もうここしかないのかも)。特に、地方分権(地域主権改革)改革については、期待・希望を失ってはいない。是非、頑張って欲しい。

 口蹄疫以降、「政治や行政って一体何なのか?(その存在価値と存在理由)」「(自分も含め)政治行政の非力・無力感」「人々の政治行政に対する過度な依存(お任せ民主主義)と不信感・不快感」・・・・・・・「この国(既成政党に関わらず)は、国も民も合わせて本当に大丈夫なのだろうか?」とずっと考えている。

 いずれにしろ、今回、自分がこの状態のままだったら、巨大な何かにからめ捕られ、スポイルされ、自分が、輝きの無い政治行政の目、組織の目線になってしまいそうな気がしてならなかった。