2000年12月8日。
書類上は、
「干尽で
散歩中、
行方不明になった飼い犬」
エルを殺処分場から、奪還
当時の
保健所生活衛生課は、、
飼い犬以外、
特に、
野犬の引き取りは、
決して、させなかった。
2000年12月6日夜・・
保健所が、
サンアイの駐車場に、
強力な麻酔剤入りの肉をばらまいた。
役所仕事は、
普通、午後5時で終わる。
それがどうして、
夜に
決行したかというと・・
私が夕方、、
この場所で、
銀達に
食事をあげるのを、
事前に調べていたから。
私は、
干尽町内の回覧板で、
この件を、すでに知っていた。
回覧板には・・
野良犬退治に
12月6日夜、、、
麻酔剤入りの肉を蒔くので、
飼い犬を、、、
この時間帯には、
必ず、
係留するようとの
注意事項が記されていた。
「エル奪還、6周年の記念日♪」より抜粋
http://ameblo.jp/hidukushi/entry-10081070935.html
当時、
世話していたノラ犬は・・
金(エルの父)・
銀(エルの母、未だ現役)・
チャ(エルの姉)・
エルの4匹。
2000年12月5日、
決行前夜、
配食の光景。
この光景が、
消えてしまう恐怖に包まれていた
これが、
最後の一葉になるかもしれない。
手前から、
エル、チャ、金、、、
その辺に銀もいる。
麻酔薬散布前の数日間・・
私とカズは、、、
何とか、
この4匹を、
保護しようと、協議を重ねる。
なついていても、
決して、触らせない
干尽犬達。
保健所の魔の手の前に、
犬たちを眠らせて、
4匹を
連れ去るしか方法がない
人間用の睡眠導入剤は、
犬に効くんじゃないだろうかと、
前日、試みた。
全く、効果なし
なんの手だてもないまま、
12月6日を迎えた。
私がサンアイの駐車場で、
銀達と一緒にいたら、、
強い口調で
私に、
退去を命じる職員達
そのくせ、
私がいないと警戒するから、、、
麻酔薬入り肉を食べるまで、
4匹の傍にいてくれ
今は・・
場数も踏んだ、
対処法も会得している
こんな真似は、
決してさせないのだが、
当時は、
全くの初心者。
抗議のひとつも、反論も出来ない
初心者は、初心者なりに・・
仲間 6人で、、、
麻酔剤で倒れた犬達を、
先に
奪還する作戦をたて、
食堂に待機
保健所のバンは、、、
深夜になっても、
駐車場から、
いっこうに立ち去る気配がない
保健所との根比べ。
子供だった
エルが生け捕られる
金・銀・チャは、
薬で
足下をふらつかせながら、
山へ逃げ込んだ
保健所も1匹を捕獲したから、
対面を保ったのだろう。
エルだけを乗せて、
やっと、立ち去った。
残りの3匹を保護しようと、
6人で、
真夜中の山狩り
見つからない
真夜中に、解散。
倒れて当然の麻酔剤で、
歩くのもおぼつかないはずなのに・・
捕まれば殺される危機感が、
麻酔剤に勝った
翌日、保健所に電話。
昨日、
干尽で
捕獲された犬は、
私の犬だから
引き取りに伺うと。
自分の犬と言い張ること
南さんから、、、
野犬、
引き取りのコツを教えてもらっていた。
「佐賀・長崎保険金殺人事件&崖っぷち犬 」
http://ameblo.jp/hidukushi/entry-10082666722.html
当時、、
私は、
医療法人の事務職。
翌々日の昼休みに、
収容所へエルを引き取りに行った。
収容所では、
他の犬達と、
眼と心を合わせまい・・と、
努めるのに必死・・
眼があうと、
心が押しつぶされてしまう・・
エルは、、、
真ん中の部屋に、
同じくらいの年格好の犬と、
2匹で、
小さく、うずくまっていた。
手続きを済ませ、
登録と宿泊費2日分の代金を払う。
牢屋の中で
エルに、
用意した首輪をつけて、
初めてエルを抱いた
エルを、
連れ出すとき、、
隣の犬に対して、
すまない気持ちで、いっぱい・・
たまらなかった・・
ごめんね、ごめんね、、
11年経った、今でも、、
悔いが残っている。
どうして、
あの子も、あの時・・
エルと一緒に、
連れて帰らなかったのか・・
もっと、
勇気を出していれば、、
あの子も一緒に、、、
この画像の中にいたはずなのに。。
11年前の
あの日、あの時を、共有した・・
(左)銀と(右)エル
家族として暮らしている。
せめて、、
救えなかった命の分まで、
幸せになろうね