『長い道のり』~second 126~   | ”チョイ悪おやじの奮闘記” ♪

”チョイ悪おやじの奮闘記” ♪

ノンフィクション小説? 『 再起にかける! 』


テーマ:
(皆さん、こんにちは!ニコニコ 今日のBGM♪ 矢沢永吉さん〝LONG DISTANCE CALL〟音譜



あの M とのやり取りから、しばらく穏やかな日が続いていた。


N からの見積もりが届き、眼を通してみる。 
店一つ作るのにかかる費用は約350万円。

借りる店舗を考えれば、そんなに高くない値段だ。 

前方1/3程を携帯電話の販売の店にし、間部分に間仕切りをし、後ろを文具通販や、自販機販売の用の事務所とした。

N は本当に金がないのであろうか。

ある日、見積もりの為下見に来た日、昼食に誘ったがうつむいて何も言わないんです。

で、近くに中華の店があったので、T、 U とともに出かけて行きました。

N は食事後、もじもじして、動かない。 
そう、昼飯代を持っていなかったんです。

さてはこいつ、本当にないんだなと思いつつ私は出してあげた。

ここがまた私の悪いところなのか、また情にほだされてしまう。


おそらくこの間、割り引いてやった80万の手形も溜まっていた支払いや借金などに使い残っていなかったのでしょう。

私は言ってしまった。

私 「そんなに困っているのか。」

N 「いえ・・、その・・・・。」

私 「わかったよ、この工事 
      N 君のところでやっていいから。」



N 「え? ほんとですか?」

私 「あぁ、その代わり安く仕上げてくれよ。手抜きは厳禁!」

N 「はい。ありがとうございます!」

T も U も、このやり取りを見て、ニコニコしながら見ていた。



その時は何のわだかまりも、不穏な空気も私は感じなかったのです。

この日から、N は張り切りだした。 何せ、あの手形仕事以来、何も仕事がなかったという。

彼はがんばった。自分のできない部分は、下請けを使いながら、毎日、明け方近くまで仕事をするのです。

その事を聞いた私は、何度か夜中の3時ごろに起きては、差し入れを持っていってあげました。

N もその時はビックリした顔をしていましたけどね。


当時の私は、どーも困って落ち込んだ人間を見ると放ってはおけなかったんですよね、性分的に。

それから、その合間をぬって一度食事に誘ったことがありました。

まっ、安いチェーン店の焼き鳥屋なんですけどね。

そこで一つの提案を私は N にしてみた。

私 「N 君、個人でやっていたら信用があまりないだろうよ。」

N 「はぁ、はい・・・・。」

私 「まわす金はどうしてんの?」

N 「それが・・・・、全然ないのが現状で・・・。」

「私のような個人はツケが効きませんし、
   それで仕事の方もだんだんと減っていっていって・・・・。」


私 「そうか・・・。 じゃあ、今の内装が終わってからのことだけど・・。」

N 「はぁ、ハイ。」

私 「この仕事が、俺の満足のいくものに仕上がったらの話しなんだけどね・・。」

N 「はい、なんでしょう?」

私 「一応、形はウチの工事部として名刺もつくって動いてもいいよ。それで今までの得意先をもう一度廻りなおしてみたらどう?」 

N 「えっ?といいますと?」

私 「材料やその他、金がいるんだろう? それを会社がみるんだよ。」

N 「えっ?」

私 「その代わり利益は少し頂くよ、仕事だから。でも、そうすれば、金に心配なく仕事を取りに行けるだろうよ!」

N 「はっ、ハイッ!」


N は喜んだ。 こんな個人で、しかも一人でやっているような所は、どこかの業者の下にくっついていないと、仕事には呼んでもらえない。

それを自分が仕事を取りに行き、仲間を呼びながらやれば、張り合いも出ると思ったのです。

しかし、これもまた、私の方が甘かった。

この N も、後々には私を裏切り、金をだまし取っていく。

世間では、なんとそこまでツキがないか、
阿呆の hide優よ と、お思いの事でしょう。

しかし、ここまで来る奴、来る奴に、仕事を与えながらも、とことん裏切られていく私というのは、どういう事なんでしょう! 

当時は、まったく意味がわからず、悩んで悩んで、悩みぬいたものでした。

もう自分に人間としての資格がないのかとか、
そんなに俺は騙しやすい人間なのかとか。

ホント自暴自棄に陥ってしまいましたね、この時は。

しかし、何度もお伝えしているように、私にはやはりこれまでの出来事には意味があった様に思えてならないんです。

今、振り返ってみるとその事が、「なるほど!そういう事だったのか!」 とわかったんですから。

しかし、この頃から、体の調子も気づかぬうちに、再び少しづつおかしくなっていくのです。

だんだんと食欲が落ち、ものを考えるのが億劫になりだします。

そして、最後には、右半身 半分がしびれたままになる。

そう、完全に自律神経がいかれ始めたのです。

もし、ここで倒れてしまえば、自身3度目の病。

私の胸の中で、再び不安がよぎり始めたのでした・・・・。





 『皆様に贈る言葉』 

〝カナダ・モントリオール大学 がん研究の権威 シマー元学長

 今、日本は「長寿化」の最先端にいる。
 高齢化の宿命ともいえる、がん・認知症等が立ちはだかる。

 一方、どれほど寿命が延びても、人生が有限であることも、
 厳然たる生命の法則。誰人も死から逃れることはできない。
 
 限りある命を何に使い、どう充実させるか。健康を考えることは
 そのまま、「人生」「生死」「生命」を考える事に直結する。


 シマー学長は語った。

 「科学者は、科学の『国境』の中でのみ知識をもつものです。
 その限界点を越えた先は、哲学者の知の領域になります。
 そこでは、もはや科学者は無知な存在にすぎなくなるのです。」


  I 会長

 「仏法では、『連持色心(レンジシキシン)』と説きます。
 肉体(色法)と精神(心法)が一体である生命が、
 永遠に連続していく姿を言います。心身が調和しつつ働き
 自己の生命の向上へ、充実へと回転していく。
 それが人生の一つの理想です。」

 「私たちの生命には、病気を克服する力が本来的に備わっている」
 



 シマー会長は答えた。
 「率直に言って、私も人体には常に内なる『悪』に対抗する
 新しい何かを作り出すと思っています。」

 「私は I 会長に、ラブレー(16世紀のフランス作家)の言葉を贈りたい。

 〝ただ一分野の専門知識だけでなく、科学や哲学、そのほか
 人間の精神に関するあらゆる分野に秀でた人〟」 と。


 シマー博士と I 会長が人々に贈りたかったのは、
 「知識」よりも「智慧」であった。 限りある人生を生きて、
 生きて、生き抜いて、絶えざる向上を目指すとき、生死を超えて
 生命が輝きわたるという確信である。
 


 博士はフランスの思想家 エルネスト・ルナンの言葉を引いた。

 「すべては人生の総決算にある。 他はどうでもいい。
 全智全霊と行動をもって、もっとも情熱的に愛した者、
 彼こそ最も多くを生きた者だ」〟 






 ダウンクリック!)  

ノンフィクション ブログランキングへ
アップ応援して下さいネ!ニコニコ


アメクリップ
ブログを紹介【アメクリップ】
 


〝hide優〟さんをフォロー

ブログの更新情報が受け取れて、アクセスが簡単になります

Ameba人気のブログ

Amebaトピックス