新年を迎え、昨年末の総選挙の結果(落選)を噛みしめて、改めて、12年間私が国政で何を目指してきたのか、そしてこれから何をなすべきかを考えてみました。



【初心に戻る】

悪い結果が出た時や、でき過ぎの状況が生じた時に、よく「初心に戻れ」との指摘がされます。それにならって、私も、まず「初心」を思い起こしてみようと思います。幸い、私のパソコンには、衆議院議員初当選(2000年6月)から1年2か月後に、政治に対する私の思いとして記述した「新しい時代を築くために」という文章が保存されていましたので、以下にそれをご紹介したいと思います。

『 新しい時代を築くために(2001年9月3日に記述)

1、今の時代は、どんな時代か。

 皆さん、今の時代をどう思われますか。少子化、幼児の虐待、学校教育の崩壊、少年による凶悪犯罪、受験戦争、勉強しない大学生、卒業しても少ない就職先、企業の倒産やリストラとそれによる失業、不安な老後(医療、介護、年金など)、混雑する都市と寂れ行く地方、自然環境の悪化、などなど、今の時代は、とても不安定な時代となっています。

 そして、時代や社会をリードしていくことを期待される人々が、自らの社会的、経済的地位に甘んじていて、このような問題を克服するために真剣に取り組んでいないのも、今の時代ではないでしょうか。

 今の時代を、そのまま我々の子や孫に引き継いでいくことはできません。我々が、子や孫に、「これが、我々が作った日本だよ。」と胸を張って引き継いでいける時代を、今、我々自身の手で築いていかなければなりません。

2、こんな時代にした政治家の責任を問う。

 上記に述べた様々な問題について、それらが発生し、悪化してきた最大の原因は、将来の課題を的確に予見し、それに対処していこうとする政治が、近年行われてこなかったことにあります。それはそうでしょう。日本の政治は、近年、世襲的な政治環境の中でしか行ない得ない状況となっているのですから。

地盤、看板、カバンという3つの「バン」がなければ、国政選挙では当選できないという状況が生じています。3つのバンを持った政治家には、利権を求める多くの人々が群がり、それらの人々は、自らとその仲間の利益を図るためにその地位を維持し、自分達の利権を脅かす人々を排除しようとします。自分以外に3つのバンを持っている政治家がいないとなれば、自分の行ってきた政治の結果についての責任も問われることはありません。

そして、その利権構造を継承していくために最も無難な政治家として2世、3世議員が選択されるという、政治の世襲制が生まれ、益々強まっています。このようにして選ばれた政治家に、果たして、日本の様々な課題に真剣に取り組んでいこうとする意欲が生まれてくるでしょうか。

 困難な課題に取り組もうとしない政治家、そして、自分達の行ってきた政治の結果について責任をとろうとしない政治家、今こそ、そんな政治家に「NO」を突き付けなければなりません。

3、どんな政治家、政治が必要なのか。

 私が大蔵省の課長であった3年前、私は、幾つかの省庁の課長クラスの役人と一緒に、自民党の勉強会に呼ばれました。勉強会の内容は、「不良債権処理を如何に迅速に進めていくか。」でしたが、その勉強会での自民党若手2世議員の言葉に驚かされました。「お前たちは、そんなことで今の自民党政権が保てると思っているのか!」と、その議員は、怒鳴ったのです。今、その議員は、小泉内閣の看板大臣の一人となっています。

 官僚は、特定の政治家を選挙で当選させたり、特定の政党に政権を維持させたりするために、仕事をしているのではありません。国民の幸福や国の発展を目指して仕事をしているのです。自分たちの利益や権力の維持のために政治を利用しようとする今までの政治家には、政治を任せることはできないと思いました。本気で、国民や国のために様々な課題に取り組もうとする政治家が必要です。

 また、一つの政治勢力が、どんなに政策の失敗をしても、どんなに悪いことを仕出かしても、権力を持ち続け得るという政治は、これまでの歴史が証明するように、必ず、腐敗します。イギリスや米国などの議会制民主主義の先進国と言われる国で見られるように、日本にも、選挙で政権が交代することのできる二大政党制(過渡期的には、二大政治勢力)が必要です。今、我々がしなければならないことは、これまで数々の政策で失敗を繰り返し、ヤミ献金問題などの不祥事を惹き起こした政治の責任を問うて、選挙で政権を交代させることです。お互いに競い合う政治が行われることによって、政治の世襲制もなくなります。

4、私に希望を託してください。

 私は、山口県東部の農家の長男として生まれ育った人間です。今の世の中で国会議員になるための条件と言われる、地盤、看板、カバンという3つのバンのいずれも持っていませんでした。あったのは、小さい頃から、「世の中の役に立つ人間になりたい。世の中の役に立つ仕事をしたい。」という強い思いと、努力に耐え得る親から譲り受けた健康な体だけです。

 私は、常に、社会の様々な課題に真剣に取り組み、一人でも多くの人が幸せな生活ができるよう努力していくことに喜びを感じています。今や、若手国会議員の中でも有数の勉強家であると評価してもらっており、私のホーム・ページでも、昨年の12月から1日も欠かさず、「今日の一言」で様々な課題、出来事についての私の考え方をご紹介しています。

 私と一緒に、日本の、いや、世界の様々な課題に取り組んでいきましょう。私が、皆さんの意見を吸収し、そして、日本や世界の様々な課題についてその解決の道を示していきたいと思っています。是非ご支援お願いします。』

 政治の世襲問題については、3年半前の総選挙では国民の関心が集まり、多くの自民党ベテラン議員が「世襲はしない」旨を表明していました。ところが、昨年末の総選挙では多くの自民党議員の世襲が行われたにもかかわらず、国民の間ではあまり批判が出なかったように思います。民主党政権の下で「政治経験の乏しい政治家が、外交問題を含め日本の政治を頼りないものにした」との認識が国民の中にあったのが一つの原因だと思いますが、「世襲」政治による弊害が消えたわけではありません。あれから10年以上経っても世襲問題が改善されないことに、改めて危機感を感じています。

【取り組むべき課題】

 以上の「初心」の下で、具体的に取り組むべき課題と考えていたことは、同じく私のパソコンに、2001年11月16日に作成された以下の文章が保存されています。

『取り組みたい課題は、これです。

(1) 地方分権の推進

 明治維新以後、日本は、先進国に「追いつけ、追い越せ」の中央集権国家でした。地方は、自らが、判断し、実行し、責任を取ることを放棄し、中央に依存してきました。今こそ、地方の発展のためには、「自分たちのことは、自分たちで、責任を持って、やる。」の精神を回復し、地方分権を実現しなければいけません。権限、財源、人間(人材)の3つの「ゲン」を地方に取り戻します。

(2) 安心のできる社会の実現

 子育て、教育など、次代を担う子供たちを健全に育てることのできる社会でありたいと願います。失業、倒産、病気、老後など、色々な不安が現実のものとなったときには、それを乗り越えていくことのできるセイフティー・ネット(安全網)を備えた社会でありたいと願います。努力すればそれが報われる社会であるとともに、不安を取り除き、安心して暮らせる社会を築いていきます。

(3) 自然環境の保護

 人類は、これまで、自然を克服しようとするか、自然環境に無関心のままで、生活してきました。しかし、今や、自然環境は、一方では破壊され、他方では人類のおごりを諌(いさ)めようとしています。人類は、自然と共生していかなければなりません。地域、日本、そして地球の自然環境を守るための行動を皆んなで取っていくことのできる社会を目指します。』

 以上の課題については、依然として課題であり続けていると思います。特に、一昨年3月11日の東日本大震災の中で原発事故が発生したことから、人類と自然の共生については多くの国民が高い関心を持ったと思います。

上記の「取り組むべき課題」の中では、外交・安全保障の問題が触れられていませんが、2002年の「新年の挨拶」(地元紙の「防長新聞」(現在は廃刊)に掲載されたもの)の中では、2001年9月11日に発生した「9,11同時多発テロとその後のアフガン紛争」を踏まえて次のように記述しています。

『米国における同時多発テロに対して、米、英などの諸国は、集団的自衛権の行使として、アフガニスタンのタリバン政権への攻撃を行いました。この活動に対して、我が国も、テロ特別措置法を制定して、後方支援活動などを行ってきましたが、テロ撲滅に向けての国際的協調のなかで、憲法の枠内での、国際的貢献は止むを得ないものと考えられます。しかし、テロ撲滅のためには、テロの原因となっている様々な対立について、我が国が平和を希求する国家として、平和的解決に向けて積極的な役割を果たしていかなければなりません。また、テロの原因となっているのは、世界の中での貧困であるとも言われています。この貧困の撲滅に向けても、世界の経済大国としての日本の役割は、大変重要であると思います。』

 この文章の中に示されている「我が国は、平和憲法を活かした国際的な役割をシッカリ果たしていくべきである」という私の考え方は、今でも変わっていません。

【12年間の回顧を踏まえて】

 以上振り返ってみた、私の「初心」も「取り組むべき課題」も、政治家を目指し政治家となった12年半前と今とほとんど変わっていないと思います。しかしながら、この12年間の経験で新たに分かったことがあります。

 それは、自民党が1955年に誕生して以来、その政権を維持するために確固たる組織作り、支持基盤強化を脈々と続けてきたという事実です。特に、山口県では、その結果として、全国でも有数の「自民党王国」となっています。3年半前の民主党政権誕生の総選挙でも、自民党候補者は、山口県の4つある選挙区のうち3つでは万全の態勢で選挙戦を戦っていましたし、昨年末の総選挙でも自民党候補者は他の政党(民主党、日本維新の会、日本未来の党など)の候補者を圧倒する結果を出していました。

 昨年末の総選挙の前にも色々なことを経験しました。例えば、自民党の候補予定者(現職国会議員)の後援会は、その幹部に、地域の各業界・各分野の名士がたちどころに揃って結成されます。地域の行事があれば、その開催地の周りに自民党のポスターが沢山貼られます。自民党候補予定者が地域の行事に来て自分の名刺を片っ端から配ってもその行事の主催者は止めません(もし、私が同じことをしたら、その行事の主催者は「行事の雰囲気を壊すことは止めて欲しい」と即座に言うでしょう。)。これらのことは、自民党が何十年にわたって、地域で確固たる組織作り、支持基盤強化をしてきた結果ですが、問題は、それをどのようにして実行してきたのかです。見習うべきことは見習い、糺(ただ)すべきことは糺す必要があります。このことにどのように対抗していくのかは、二大政党(二大政治勢力)を目指すものにとって大きな課題だと思います。

(了)