千数百年前、温羅(うら)と呼ばれる一族が朝鮮より渡来し居住したといわれている

堤を築き、内側に貯水池をつくることで、谷川の水量を調節して城壁の保護を図った

屏風折れの石垣の上の台地
鬼ノ城で最もっ著名な高石垣

血吸川の急崖上に舌状に構築されており、内側列石や式石が残っている
写真を撮れなかったのが残念( *´艸`)

一体は、平安時代に新山、岩屋とともに山上仏教が栄え、大規模な伽藍が多数建ち並び西方教化の中心地であったと言われています

どんな建物が建っていたのだろう

手前は絶壁

谷や森は深い

気温39度

日陰はなく歩くてたまらない

石塔

夏の雲

夏雲に向かう

暑さを忘れて撮影に夢中
