20日11:10分、登録有形文化財の「南惣美術館」を訪ねた
東大野の山裾にひときわ大きな茅葺きの住宅閉館していましたが、インターホーンを押したら奥様が出て来られて、開館してくださいました<m(__)m>
「南惣」は、かっての奥能登大野村の天領庄屋で山林の大経営で有名だった南家の屋号
いつも通るのですが、鑑賞するのは初めて
代々の当主が惣右衛門を世襲名としたことから南惣と呼ばれる
文治元年(1185)、左大臣平時忠がこの地に配流された時には奥能登の豪族として繁栄していた
付近一帯の大地主で、档の木(アテ・能登ヒバ)を産出する広大な山林を所有することでも知られている
米、木材、木炭を多く産し、天領農民の労働力と、山林から出る間伐材の燃料は、製塩事業を拡大させ、ほかに製茶、養蚕も盛んにしてきた
それらの産物を、天然の良港である曽々木、名舟、輪島の港から北前船に積んで手広く商い、越中越後の米、会津蝋、小麦なども扱う海運業へと、事業を急速に発展させた
組頭として当地の行政に携わり、能登一円の漁業、築港、製塩等の産業発展に資金を供出してきた
総合商社的な経営をしてきた南惣は、昭和40年頃まで北前船の錨の焼印が押された「家札」を発行、100人余りもいた使用人の賃金として支払われ、随時換金していた
富裕と社会的信用がいかに大きかったかを物語っている
歴代の当主は敬神崇祖の念に厚く、文化の移入を尊び、美術茶道を愛好した
日本、中国、朝鮮を主とする、絵画、書、漆芸、金工など多数の美術品を長年にわたって収集してきた
宮中に新穀を献上し拝領したものや、東本願寺阿弥陀堂再建に大量のケヤキ材を献納したことで受領したものも含まれる
散逸することなく今日まで大切に保存され、昭和46年米蔵を改装して「能登集古館・南惣」を開館した
書蹟では後鳥羽上皇、後花園天皇、千利休、小堀遠州、沢庵、芭蕉、加賀の千代女他
絵画では、俵屋宗達、円山応挙、長谷川等伯、雪舟、与謝野蕪村、狩野探幽他
陶器では、本阿弥光悦、柿右衛門、古九谷、古備前、珠洲古窯、青磁他
工芸では、魚住為樂、前大峰他
その他、仏像、古文書、家札など250余点を展示している
母屋も有形文化財に登録されており、見学することが出来ます
優れた美術品を堪能することが出来ました(^_-)-☆















