大上段に構えた、タイトル、うまくまとまるか、心配。

kappaは思ったことを書くだけですので、皆様は行間を読んでくださるよう、お願い申し上げます。

 

以下、どこかからの引用   【スポーツをトレードに置き換えると、…】

 

1、競技スポーツにおいて
「試合に勝つ、対戦相手に勝つ」
というのは競技目標である。
日大が関学に勝つ、
関学が日大に勝つ、
と目標設定することは当然である。


スポーツには楽しみ方がある。
見て楽しむ、応援して楽しむ、
軽く参加して楽しむ、真剣に競技として打ち込む。

どれもスポーツの楽しみ方だが、
今回は競技スポーツの話である。

競技スポーツの場合は、
それぞれの種目が持っている
特性に触れるとなお楽しい。


例えば、対戦相手や、相手チームと競争して、
勝ち負けを真剣に追及することが楽しい、
これは競争から得られる楽しさという。


また、陸上競技などでは、
自分の決めた記録を目指し、達成することが楽しい、
これは達成から得られる楽しさという。

競争や達成が楽しいのである。

この観点からすると、
事故や体罰があるとすぐに、
競争しすぎ、競争させ過ぎ、
厳しい練習をし過ぎ等の
やりすぎ論が叫ばれるが、それは間違いである。


競技スポーツは「他者や他チームとの
勝負を楽しむ特性を持った種目」なので、
相手に勝つために真剣に、ハードに練習し、
競技することから楽しさを味わえるのだ。


さて話を戻そう。


では何のために勝つのか?
何の為にアメリカンフットボール
という競技をするのか?は設定されていただろうか。


スポーツを行うことの最終ゴールは、
簡単に言うと「自己実現と社会性の育成」である。


また大学での教育の範疇にあるスポーツであるので、
「スポーツを通して、自分の能力を究極まで高める楽しさを体験し、
自己を限界突破させて成長させる可能性を目指しながら、
自他を尊重し、社会や他者に貢献できるマインドと行動を育成する」
ことがゴールである。


このような教育的な目的が
指導者やコーチ、選手に
明確に設定・提示され、
周知徹底されていると、
対戦相手を反則を犯してまで潰す
という考えと行動は生まれない。


仮に思い浮かんだとしても、
自分たちで気付き、否定できるようになる。


人は目的と目標により、
モティベートされるのである。
今回の問題では、「目的なき、勝利のみありき」
ではなかっただろうか。


私ならば、部や個人が競技スポーツを
「何のために行うのか」「スポーツとは何ぞや」
という目的を全員で共有し、理念として掲げ、
そして全力で勝つという目標に進ませる。


多くのスポーツ選手やチームに関わっているが、
目的や理念を掲げ、周知徹底し、
競技に励んでいるチームは少ないと感じる。


やはり正しいゴール設定を教育により指導し、
学習させなければと強く感じたのである。

 

 

 

その後、監督とコーチが辞任し、第三者委員会も立ち上がった。
ある程度真相は明らかにされ、法による見解も得られるだろう。
今後を見守りたい。

5年前に、競技スポーツに属する指導者、部員約一万人にアンケートを行った。
「あなたの部活動の目標は何ですか?」
この答えに、まず出てくる目標は
「〇〇の試合に勝ちたい」
「〇〇の記録を出したい」
「レギュラーに選ばれたい」などの
競技成績や記録の向上等についての具体的な目標である。

しかし、アンケートを続けていくと、選手からは
「キャプテンになり部をまとめたい」
「リーダーシップを発揮したい」
「しっかり活動し、部員から信頼されたい」
「部活動を続けて忍耐力を育成したい」
「無欠席を続けて、体を強くし、自分に自信を持ちたい」
「多くの友達を入部させ、楽しく活動したい」
「お世話になっている先生を優勝監督にしたい」
 (部活動に真剣にかかわってきた私にとって
  「先生を優勝監督にしたい」などは、感動・涙ものである。
  この選手は正確には「先生を僕たちが男にしたい」と書いていた。)
「学校が荒れているので日本一になり、学校を元気にしたい」
「強くなり新聞でプラスに紹介され、地域からの信頼を得たい」
等の目標を書き出した。
学校が荒れると、子供たちは生きがいを部活動に求める。
指導していた私にはよくわかるが、自分たちが部活動を頑張ることで、
子どもなりに学校や友達を勇気づけ、再生し、過ごしやすい学校にしたいと切に願うのである。
子どもを侮ってはいけない。

指導者が書いた目標には、
「未経験で苦手な種目を指導しているので、部員に正しいスキルを学び教えてあげたい」
 (この先生は、ご自身は文化部出身だが、
  指導を受け持ったのは苦手なスポーツであるバレーボールだったそうだ)
「部員から信頼されたい」
「部の人間関係を良くし、仲良くさせたい」
「部員を増やしたい」
「部員を社会で通用する立派な人に育てたい」
「部員を無償で高校に進学させたい」等が書かれていた。

更に進めると部員は
「両親にいいところを見せたい」
「同じ部のキャプテンである兄に強くなって欲しい」
「祖母に活躍している姿を見てもらい、喜ばせ、病気から元気になって欲しい」
「日本一になり、亡くなった父との約束を果たし、両親に喜んで欲しい」
 (この中学生は、責任感の強いお父様が東北の震災で
  水防倉庫を締める途中に津波により行方不明になられた。
  母子家庭になった彼は、お金のかかる部活動を続けるか迷ったが、
  顧問や関係者の支えもあり、陸上競技を続け、見事日本一になった。
  私は今もこの少年を愛し、ひそかに見守っている。)
という目標を書いていた。

また指導者は、
「生徒の競技成績を高め、スポーツを仕事とし、社会で活躍できる人になって欲しい」
「部活動で自信を高め、クラスに登校できる自立心を養ってほしい」
 (この先生はクラスと部活の両方で面倒を見ていた生徒が不登校になり、
  せめて部活だけでも参加させたいと学校と掛け合った。
  その後生徒は回復し、登校するようになった。)
と書いていた。

私は教員時代に、問題を抱えていた中学校に赴任したが、
陸上部に多くの生徒を勧誘し、競技と共にリーダーシップとマネジメントを指導した。
優れた能力を身につけた陸上部員を各クラスや委員会のリーダーに就かせ、
最後は家庭のマネジメントもさせた。
そして学校、家庭、地域の再生に挑戦した。

以上のように部活動の目標は、
深く考えると「競技成績」や結果だけではない。
自分の心の成長、他者に対するいたわり、仲間に対する配慮、両親に対する感謝、
学校や地域社会に貢献できる人間性、社会性の向上などさまざまである。

前回に続くが、
活動の目標・目的を、時間をかけて内省し、考え、アウトプットすることが大切である。
自分やチームの目に見える「競技成績」や「結果」だけを追いかけるのがスポーツではない。
「見えない、見えにくい目標」「活動から得られる他者とのかかわり」
この点を明確にし、掲げることがとても大切である。

あなたの属する組織、チーム、部活動の
「見えない、見えにくい目標」「活動から得られる他者とのかかわり」は何だろうか?
これを考え、掲げることが今回の問題の答えになる。

大上段に構えた、タイトル、うまくまとまるか、心配。

kappaは思ったことを書くだけですので、皆様は行間を読んでくださるよう、お願い申し上げます。

 

以下、どこかからの引用

 

1、競技スポーツにおいて
「試合に勝つ、対戦相手に勝つ」
というのは競技目標である。
日大が関学に勝つ、
関学が日大に勝つ、
と目標設定することは当然である。


スポーツには楽しみ方がある。
見て楽しむ、応援して楽しむ、
軽く参加して楽しむ、真剣に競技として打ち込む。

どれもスポーツの楽しみ方だが、
今回は競技スポーツの話である。

競技スポーツの場合は、
それぞれの種目が持っている
特性に触れるとなお楽しい。


例えば、対戦相手や、相手チームと競争して、
勝ち負けを真剣に追及することが楽しい、
これは競争から得られる楽しさという。


また、陸上競技などでは、
自分の決めた記録を目指し、達成することが楽しい、
これは達成から得られる楽しさという。

競争や達成が楽しいのである。

この観点からすると、
事故や体罰があるとすぐに、
競争しすぎ、競争させ過ぎ、
厳しい練習をし過ぎ等の
やりすぎ論が叫ばれるが、それは間違いである。


競技スポーツは「他者や他チームとの
勝負を楽しむ特性を持った種目」なので、
相手に勝つために真剣に、ハードに練習し、
競技することから楽しさを味わえるのだ。


さて話を戻そう。


では何のために勝つのか?
何の為にアメリカンフットボール
という競技をするのか?は設定されていただろうか。


スポーツを行うことの最終ゴールは、
簡単に言うと「自己実現と社会性の育成」である。


また大学での教育の範疇にあるスポーツであるので、
「スポーツを通して、自分の能力を究極まで高める楽しさを体験し、
自己を限界突破させて成長させる可能性を目指しながら、
自他を尊重し、社会や他者に貢献できるマインドと行動を育成する」
ことがゴールである。


このような教育的な目的が
指導者やコーチ、選手に
明確に設定・提示され、
周知徹底されていると、
対戦相手を反則を犯してまで潰す
という考えと行動は生まれない。


仮に思い浮かんだとしても、
自分たちで気付き、否定できるようになる。


人は目的と目標により、
モティベートされるのである。
今回の問題では、「目的なき、勝利のみありき」
ではなかっただろうか。


私ならば、部や個人が競技スポーツを
「何のために行うのか」「スポーツとは何ぞや」
という目的を全員で共有し、理念として掲げ、
そして全力で勝つという目標に進ませる。


多くのスポーツ選手やチームに関わっているが、
目的や理念を掲げ、周知徹底し、
競技に励んでいるチームは少ないと感じる。


やはり正しいゴール設定を教育により指導し、
学習させなければと強く感じたのである。

 

 

 

その後、監督とコーチが辞任し、第三者委員会も立ち上がった。
ある程度真相は明らかにされ、法による見解も得られるだろう。
今後を見守りたい。

5年前に、競技スポーツに属する指導者、部員約一万人にアンケートを行った。
「あなたの部活動の目標は何ですか?」
この答えに、まず出てくる目標は
「〇〇の試合に勝ちたい」
「〇〇の記録を出したい」
「レギュラーに選ばれたい」などの
競技成績や記録の向上等についての具体的な目標である。

しかし、アンケートを続けていくと、選手からは
「キャプテンになり部をまとめたい」
「リーダーシップを発揮したい」
「しっかり活動し、部員から信頼されたい」
「部活動を続けて忍耐力を育成したい」
「無欠席を続けて、体を強くし、自分に自信を持ちたい」
「多くの友達を入部させ、楽しく活動したい」
「お世話になっている先生を優勝監督にしたい」
 (部活動に真剣にかかわってきた私にとって
  「先生を優勝監督にしたい」などは、感動・涙ものである。
  この選手は正確には「先生を僕たちが男にしたい」と書いていた。)
「学校が荒れているので日本一になり、学校を元気にしたい」
「強くなり新聞でプラスに紹介され、地域からの信頼を得たい」
等の目標を書き出した。
学校が荒れると、子供たちは生きがいを部活動に求める。
指導していた私にはよくわかるが、自分たちが部活動を頑張ることで、
子どもなりに学校や友達を勇気づけ、再生し、過ごしやすい学校にしたいと切に願うのである。
子どもを侮ってはいけない。

指導者が書いた目標には、
「未経験で苦手な種目を指導しているので、部員に正しいスキルを学び教えてあげたい」
 (この先生は、ご自身は文化部出身だが、
  指導を受け持ったのは苦手なスポーツであるバレーボールだったそうだ)
「部員から信頼されたい」
「部の人間関係を良くし、仲良くさせたい」
「部員を増やしたい」
「部員を社会で通用する立派な人に育てたい」
「部員を無償で高校に進学させたい」等が書かれていた。

更に進めると部員は
「両親にいいところを見せたい」
「同じ部のキャプテンである兄に強くなって欲しい」
「祖母に活躍している姿を見てもらい、喜ばせ、病気から元気になって欲しい」
「日本一になり、亡くなった父との約束を果たし、両親に喜んで欲しい」
 (この中学生は、責任感の強いお父様が東北の震災で
  水防倉庫を締める途中に津波により行方不明になられた。
  母子家庭になった彼は、お金のかかる部活動を続けるか迷ったが、
  顧問や関係者の支えもあり、陸上競技を続け、見事日本一になった。
  私は今もこの少年を愛し、ひそかに見守っている。)
という目標を書いていた。

また指導者は、
「生徒の競技成績を高め、スポーツを仕事とし、社会で活躍できる人になって欲しい」
「部活動で自信を高め、クラスに登校できる自立心を養ってほしい」
 (この先生はクラスと部活の両方で面倒を見ていた生徒が不登校になり、
  せめて部活だけでも参加させたいと学校と掛け合った。
  その後生徒は回復し、登校するようになった。)
と書いていた。

私は教員時代に、問題を抱えていた中学校に赴任したが、
陸上部に多くの生徒を勧誘し、競技と共にリーダーシップとマネジメントを指導した。
優れた能力を身につけた陸上部員を各クラスや委員会のリーダーに就かせ、
最後は家庭のマネジメントもさせた。
そして学校、家庭、地域の再生に挑戦した。

以上のように部活動の目標は、
深く考えると「競技成績」や結果だけではない。
自分の心の成長、他者に対するいたわり、仲間に対する配慮、両親に対する感謝、
学校や地域社会に貢献できる人間性、社会性の向上などさまざまである。

前回に続くが、
活動の目標・目的を、時間をかけて内省し、考え、アウトプットすることが大切である。
自分やチームの目に見える「競技成績」や「結果」だけを追いかけるのがスポーツではない。
「見えない、見えにくい目標」「活動から得られる他者とのかかわり」
この点を明確にし、掲げることがとても大切である。

あなたの属する組織、チーム、部活動の
「見えない、見えにくい目標」「活動から得られる他者とのかかわり」は何だろうか?
これを考え、掲げることが今回の問題の答えになる。

 

今日はここまで。
ありがとうございました。

原田隆史