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過食と私

摂食障害のブログです。過食症の克服を目指しています。

とにかく将来が怖いです。
知人曰く
「20年もすれば日本はひどいことになる。
今普通に暮らしている庶民はかつかつの貧困生活になる」

単なる一般庶民の一意見に過ぎませんが、ゾッとしました。

もしそうなったら私は間違いなくその一人になるでしょう。
過食で貯金ゼロだし、今後も収入はかつかつでしょうから。

今までもこれからもずうっとお金のことばかり気にして生きるのかと思うとなんだか面倒になってくる。
自業自得とは分かっていても、いやそれだからこそ、情けなく惨めで目が涙ぐんでいきました。

そうはいってもとにかく生きるしかなく、生きる道を探るしかない。
「病気だったから」と訴えたくなるけれど、それはそれで仕方ないけれど、訴えたところで何が変わるわけでもありません。

だから落ち込んだ気持ちが浮上したらまた次のことを冷静に考えていくだけです。

生理2日目です。
とにかく体がだるいです。

それでも食欲だけはすさまじく、朝食が食べたくて朝起きます。
しかし眠気に耐えられず食べた後に2時間ほど眠ってしまいました。

その後少し気分が回復したので遅ればせながら朝のウォーキングにでかけましたが、20分程度でギブアップ。
いつもの半分にも満たない時間です。
歩きながら、これはちょっと無理だ、と思いました。
後半は足を引きずるようにして帰りました。

悲しくなるくらい体がだるい。

こんな症状がいつからなのか、もとからこうなのか、実はわかりません。
これまで過食嘔吐で常に体調が不安定だったので、何が生理の症状なのかを自覚していなかったからです。
この時々襲ってくる異常なだるさはもしかして生理のせい?と気づいたのもつい最近です。

体重はドンと1キロ以上増えました。
覚悟してはいてもやはりショックです。
食欲と体重はしっかりと増してしまうのに、体力がなくなって運動ができない。
気持ちが焦ります。

しかし、生理というのはこういうものなのでしょう。
こういうときはそれに合わせた生活をすることが、結局は体に良いのでしょう。

生理の時に無理をしないということも、何度か繰り返すうちに納得できるようになるのかなと思います。
今はハラハラしてしまうけど。

それにしても、だるいと何もできなくて辛いですね。
この周期に慣れて、だるい時期に合わせて心の準備ができるようになれたらいいな。



一ヶ月前くらいから体重を記録し始めてその後意識的にダイエットをしています。
目標は一ヶ月にマイナス一キロ。
これくらいは減らしたいのと同時に、これよりも減りすぎないようにという意味での目標です。


やっていることは、ウォーキング、家事、朝起きること、そしてきちんと食べること。
自分に適した生活をつかむために「計るだけダイエット」の用紙を出力して、こまめに体重などを記録しています。

ダイエットを始めた理由は、太ったから。
なんだかんだ言っても、これがやはり第一です。

それと体力と生活リズムを取り戻すため。
働いていないと運動量が極端に減ったり、不規則になったりして足腰が弱ってしまいます。
時間がある今のうちに体力をつけて仕事に備えたい。
また、私は趣味で演劇をしているのでそのためにも体力と見た目のスッキリさは気になるところです。

もう一つは、記録することで自分に合った食生活を身に着けられるのではないかと思った事です。


朝晩の体重を記録してみて実感したのですが、体重というのは本当に上がったり下がったりです。
ときに一日、二日のうちで信じられないくらい増えたり減ったりすることもあります。
その変動をくりかえしながらも、平均的にみるとゆるやかに(本当にゆるやかに)右下がりのグラフを描いている。
これが「痩せる」ということなのだな、と改めて知りました。

一ヶ月でようやくマイナス1キロ程度です。
昔の私ならば絶対に納得できないこと。
測定の都度一喜一憂してしまいますが、グラフを眺めてみることでその焦りがやわらぎ、一日だけの数値で動揺するべきではないことを思い出します。

食事を少なくしすぎたり、激しい運動を課したりと無理をすると一時的に体重がストンと落ちますが通常の量に戻すと体重も戻ります。
あとからグラフを見て、「ああこの3日間は無理していたんだ」などと自覚します。
無理を続けると必ずリバウンドをするだろうし、私の場合は摂食障害という落とし穴もある。
なので体重の減り過ぎにはかなり注意しています。


過食嘔吐を止めて3か月半たちましたが、最初の2ヶ月くらいはとにかく食べること優先でした。
過食衝動をなくすために、きっちり食べてきました。
体重増加にも目をつぶり。

自分の中で、そろそろなりたい体を目指しても許されるのではなかろうか、という思いが芽生えてきました。
今の私なら自分の為になる本当の意味での「ダイエット」ができるのではないだろうか。
自分の健康のための。

そんなわけで実行中です。
過食嘔吐で体重をコントロールしてきた私にとっては、ほぼ初めてに近いまともなダイエットです。
何をどれくらいするべきか、あるいはしないべきか、試行錯誤です。

長い目でやっているつもりが、ときに気をもみすぎて小さな過食衝動が湧くこともあります。
そんな時には思い切って食べたいものを食べたりしてみます。
昨日は気分のモヤモヤがたまってきたので美味しい抹茶のソフトクリームを食べに行きました。
ミニサイズにせずに、通常サイズで。


食べる量や運動量について、状況に応じて臨機応変に対応することが大きな課題です。







嫉妬です。嫉妬。
なんて嫉妬深いのだろう、自分。

昔の友達の兄妹が、アパレル業界で世界に進出する大物になりつつあることを知りました。
その友達も芸術家と結婚して自身も物書きとして活躍中であるらしい。

ブログやフェイスブックで彼女の文章を読む。
幸せの匂いがプンプンしてきます。

イラつきます。


私は昔から彼女があまり好きではない。
まあ、自分とは合わないのです。


文章を読んでもたいして才能があるとは思えないし、内容が浅い。
ああ、彼女らしいきれいごとが並んでるわ、などと悪態をついてしまう私。
それなのに活動力があればそこそこ認められるんだな、と思うと何か納得のいかないものが鬱積していきます。

彼女の周りには華やかな世界が広がっていて、しかも弟がかなりのやり手となると、私の批判など負け犬の遠吠えでしかありえなくなる。
それは嫉妬心という下心があるから。

嫉妬を抱かずに文才だけを批判できる冷静な態度をとれたなら、負け犬とかなんとかは関係なくて、ただ単に読み手の意見として生きることができるのです。
ただ、私は何しろ嫉妬深いものだから、いつもこうなのだ。

朝から彼女の「朗報」を知ってイライラしてしまった。
彼女がニセモノくさくても、弟がホンモノっぽいということに強烈な敗北感を感じてしまった。


私、なにやってんだろう。
全く私の人生には関係ないのに。


自分が「負け組」で彼女が「勝ち組」という図式を心の中で描いているのだと思う。
無意味と分かっていても。

しばらくしたら、また鎮まります。


「フェイスブック」はストレスが多いです。
たぶん私、情報に踊らされているのだと思う。


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(6/17追記)

友達の情報をニュースフィードに表示しない設定がありました。

フェイスブック自体は連絡ツールとしてやめられないので、これにしよう。

気になる気もするけど、自分のためには見ない方がよさそう。


他人の批判を始めると暴走してしまって、あとからイヤな気分になります。
それなのに言ってしまいます。

批判も度を超すと悪意を帯びていき、ただの悪口になってしまったりします。
何を悪口とするかにもよるけれど。
批判をするのも批判を聞くのも嫌いではないし、毒舌もけっこう好きだから、そういう会話自体は悪くないと思っているけれど、私の場合は暴走しすぎなのだと思います。
会話を楽しむ域を超えてしまう。
自分自身に限らず、相手も不快に思っているかもしれない。
そう思うとさらに落ち込みます。
とくに、家族と話すときは暴走しまくります。

「それなら言わなければいい」と思うこともありますが、おそらくそれは現実的な解決策ではなありません。
いつか必ず溜まった違和感を発散したくなる時がくるし、ある程度の発散は必要です。

その時の話し方を工夫すべきな気がします。

思うよりも控えめに、勢いにのせすぎずに、できるだけまとめて、口に出す言葉を選ぶことができるようになれば、自分の気持ちもある程度スッキリするし後でそこまでイヤな気持ちにならなくて済むのかもしれないな。



こんなことを書いているのは、ついさっきも暴走して自己嫌悪に陥っているから。
なんともイヤな気分で涙が湧いてきます。

こういうのを減らしたい。