息子は気管支のチュウブ、尿の管につながれて一般病棟に帰った。

もちろん話せず、身体のどこも動かせない。


現実に死ぬより辛い現実があった。

親として直視できない・・・逃げたい気持ちに駆られる。

私が望んで受けた結果だ、逃げたら卑怯だと自らに言い聞かせた。


リハビリの方たちは、手術前から担当して頂いてて、年齢も近く親しく

なってたのでコミュニケーションは取れていた。

息子の体が棒みたいで扱いにくくなつていた。

リハビリの若い彼らは、懸命に回復に尽力してくれて頭がさがる。


首すら振れないが、眼球の上下が出来るようになり、五十音表で意思

を伝えることが出来る様になった。

五十音表を仲立ちに遅々とした会話がはじまった。


息子は「殺せ」・・・「手術前より悪くなる手術がどこにある・・・殺せ。」を

繰り返した。

説明する医師に「此処で息子を殺してやってください。出来なければ、私

が手をかけます。」・・・と話した。


でも若いリハビリの方たちとの楽しいひと時が、息子を救ってくれた。

術後には、手術に関係した医師とは会えないままになった。