ひぼろぎ逍遥

ひぼろぎ逍遥

http://ameblo.jp/hiborogi-blog/

 

太宰府地名研究会(神社考古学研究班) 古川 清久


はじめに

既に、綾杉るな女史による「ひもろぎ逍遥」というブログが良く読まれ、神社への関心の高まりにまでも貢献していることは良く承知しています。

これに対抗しようという意図はないのですが、華麗なひもろぎ逍遥に対して、緋色のボロ着で、神籬=ひもろぎ(ひぼろぎ)を逍遥=彷徨い歩き、神社を探るというほどの意味で、「ひぼろぎ逍遥」を随時書いて行くことにしたものです。

ただし、「ひもろぎ」も「ひぼろぎ」も同一の意味で、「かむりつく」「かぶりつく」、「ねむたい」「ねぶたい」、「つむる」「つぶる」・・・とM音とB音が入れ替わっても全く意味が変わらない言葉が日本語には沢山あるのです。

これは、基本的には呉音と漢音の対抗を意味しており、これ以外にも、N音とD音の入れ替わり現象、濁音の清音化現象なども認められます。

 現在、ひぼろぎ逍遥とひぼろぎ逍遥(跡宮)との合計のアクセス数は日量10001200件(年間4045万件)まで上がっています。

 同時に、連携する研究者によるblog20近くまで数を増やしており、全体では年間100150万件近いアクセス数を持っているものと思われます。

 当blogには九州王朝論から百嶋神社考古学へと向かわんとする多くの研究者、記録者、bloger…が参集されています。

 年に10回、10年でも高々100回程度の研究会でも大半は教育委員会関係者から学芸員といった利権まみれの方々通説を拝聴し心服するような、研究者亡き研究会は全く何の価値もないものであり、そこら辺りの既存の郷土史会、史談会に行かれ、村興し、町興し、世界遺産登録に尾を振れば良いでしょう。

しかし、私達は真実の探求へと向かう人々への道標と成ろうと思うものです。

 
2018-10

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576 古川という家系について ④ “「橘町の歴史」から”

20180207

太宰府地名研究会 古川 清久


ひぼろぎ逍遥 556557において、古川という家系について ①~② の二本を書きました。

これ自体は自らの家系が橘一族に繋がるのではないかと言う事に気付いた事から、その個人的な家系を探そうしたおり、栄えある橘一族の本流の一流であり橘公業の兄の公忠の流れを汲む宮原 秀範から資料を頂きました。

 宮原 秀範氏はヤタガラス後裔である橘一族について575-1 を書かれていますが、古代史~九州王朝探究のみならず、橘一族の末裔ではないかと思われる方(橘、立花、渋江、牛島、中村、宮原…)は是非ともお読み頂きたいと思うものです。

 同氏から頂いたコメントは当方の不注意による部分的な誤り(公忠と公業との関係)を指摘頂いたものでしたが、それに加えて新しい資料も紹介して頂きましたので、古川という家系について ①~②、③ への追加補足として留めることにしました。

先に、ひぼろぎ逍遥 557 古川という家系について ② において、服部英雄教授の「景観に探る中世」に基づき 古川家のルーツを探りましたが、今回は地元郷土史の「橘町の歴史」から拾う事にしました。

この231pに橘 公業の一族が実際に住んでいた場所が分かる地図が添付されていますのでご覧下さい。


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576-3 災害復旧、河川改修、ほ場整備事業、増改築…などによって昔の地形がそのまま辿れる訳ではありませんが浄土真宗本願寺派の崇専寺(佐賀県武雄市橘町大字片白10536)℡0954-22-3024を目安に渋江、牛島、中村の三屋敷跡は辿れる事になります(勿論、ほ場整備によって現状は全く異なっています)。

私達は戦後馬鹿にされ見向きもされなくなった神社研究を続けている事から、この橘氏の一族こそが、列島本土においては熊本県の八代から宇土半島に掛けて展開した天御中主の妙見信仰=北辰信仰を持ち込んできた渡来系(雲南省昆明~海南島~列島)氏族=白族であり、同じく阿蘇氏(雲南省麗~海南島~苓北~阿蘇)と共に列島の主要民族、最重要氏族となっていった事が見えるのです。

このように言えば何を「とぼけたことを…」との御高説を垂れる方がおられるはずですが、では通説派の皆さんにお尋ねしますが、源平藤橘といわれた大族の一つの橘一族は単に県犬養三千代(橘三千代)、葛城王(橘諸兄)から派生しただけで、それ以前までは何の基盤もなかったなどと本気で考えておられるのでしょうか。それこそ不思議な話であって、山奥の片田舎でしかない奈良県の山の中から突然湧いて出てきたなどと本気で思われているのでしょうか?

 高給を貰い偉そうな話をされておられるならば、もう少し真面目に調べられたらいかがかと思うばかりです。まずは、ひぼろぎ逍遥から 以下の三本のブログでもお読み頂きたいと思います。


5457火の君とは歴代の橘一族だった ①~③ 緊急提言 全国の九州王朝論者に告ぐ!“九州王朝の白族”


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が渋江、中村、牛島の三分家の屋敷が在った辺りになります(以下省略)。

これが全ての渋江さん以下のルーツとまでは言いませんが、鎌倉期に橘一族の本流中の本流の一流が政権中枢への復帰の思いを持って機会を探っていた可能性は相当に高いものと思われます。


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スポット193 行政が引き起こした列島のヒート・アイランド化によって豪雨災害と灼熱地獄が発生した ② 

20180715

太宰府地名研究会 古川 清久


今さら言うまでも無い事ですが、西日本全域を襲った豪雨災害から一転、息をするのも辛いばかりの熱波が被災者と言わず行政担当者と言わず西日本全域の住民を襲っています。

この豪雨災害の大半が国土交通省と農水省によってもたらされているという事を(序)で書きましたが、これからは、何故、「線状降水帯」などという俄仕立ての「新造語」が作られたのか?を考えてみます。

下調べの段階で発見したのは二つの記事でした。勿論、これ以外にも本質に迫るリポートはあるのですが、これは一般にも理解しやすいものを選んだ一部と考えて下さい。

一から書こうとも思いましたが有難く借用させて頂くことにしました。私が書きたいのはこの先の話なのでお許し願います。

お誂え向きにsp193-1
が以下の記事を書いています。



梅雨前線、異例の居座り 大雨を招いたメカニズムは  2018772003


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sp193-3 西日本に停滞し続けた雨雲


西日本を中心とする今回の大雨は、梅雨前線が東日本~西日本の上空で数日間ほぼ同じ位置に停滞したことが原因だ。

梅雨前線は、北側にある「オホーツク海高気圧」と南側の「太平洋高気圧」が、日本の近くでぶつかり、停滞することで生じる。太平洋高気圧の勢力が次第に強まり、前線が北上することで梅雨が明ける。気象庁の桜井美菜子・天気相談所長によると、今回は暖かく湿った空気が前線に向かって流れ込む梅雨末期の典型的な雨の降り方だが、前線が同じ場所に長時間居座ったことが異例だったという。高知県馬路(うまじ)村では3日間で、年平均の4分の1にあたる1091・5ミリの降水量を記録した。

 気象庁は6月29日に関東甲信地方で梅雨明けしたと発表したが、台風7号が日本海を通過したタイミングで、太平洋高気圧は南東に移動。このため梅雨前線が再び南下し、台風7号が運んできた暖かく湿った空気が雨雲の供給源となり活発化。広範囲に雨を降らせた。関東甲信地方でも6日は雨が降り、気象庁は「戻り梅雨」だと説明する。

 さらに、上空を流れる偏西風の影響などで、太平洋高気圧が北上できないまま、オホーツク高気圧との拮抗(きっこう)が続いたことで、停滞が長期間続いたとみられる。

 昨年7月の九州北部豪雨では、局所にとどまり強い雨をもたらす「線状降水帯」が突然現れ、数時間で記録的な雨を降らせたが、今回は広範囲で大雨が長時間にわたって続いた。

 名古屋大の坪木和久教授(気象学)によると、太平洋高気圧の位置は今回、九州北部豪雨に比べて東寄りだったことが、その理由だという。坪木さんは「太平洋高気圧が南東に移動したことで、東日本~西日本にかけて広範囲に暖かく湿った空気が大量に入り込みやすくなった」と話す。


もう一つご紹介しましょう。


湿った空気と上昇気流が積乱雲を作るんだ


森羅万象博士より 梅雨のころ、北海道の北側にある「オホーツク海高気圧(オホーツク海気団)」と南の海上にある「太平洋高気圧(小笠原(おがさわら)気団)」が日本付近でぶつかって、押しくらまんじゅうをしている。暖かい空気のかたまりと冷たい空気のかたまりの境目は線のように延びて「前線」ができる。これが「梅雨(ばいう)前線」だ。北と南の高気圧はがっぷり四つの状態だから、前線はあまり動かず、1カ月以上も雨やくもりの日が続く。

 梅雨が終わりに近づくと、南西の方から暖かくて湿(しめ)った空気のかたまりが押し寄せ、さらに南からも暖かい湿った風が吹きつけてくる。これが大雨をもたらす。よく天気予報で「前線を刺激(しげき)して活発になる」と説明する状況だ。

 このタイプの梅雨の大雨は西日本で起こりやすい。特に、九州や中国、四国地方に多い。約300人の死者と行方不明者を出した1982年の長崎豪雨や2012年の九州北部豪雨など、大きな被害(ひがい)をもたらす災害がたびたび起きている。

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このほか、新潟県などの北陸地方でも梅雨の末期に豪雨が多い。大雨が降るのは「暖かい湿った空気」と強い「上昇(じょうしょう)気流」がそろったときだ。水蒸気を多く含んだ空気が上空へ行き、膨(ふく)らんで温度が下がると、冷やされた水蒸気が細かな水のつぶになる。これらが集まって雲になる。上昇気流が強いと、空気はどんどん上へ向かう。雨つぶが次から次へと発生して雲が上へ延び、大きな「積乱(せきらん)雲」ができる。

 梅雨の終わりには、梅雨前線に沿うように中国大陸の南の方から湿った暖かい空気のかたまりが日本へ流れ込むようになる。この空気のかたまりは天気図で長く延びた舌(した)のようにみえる。「湿舌(しつぜつ)」と呼ぶ現象だ。湿舌が西から延びて東シナ海の上を通る間に、大量の水蒸気を取り込む。

 地上では、高気圧からは時計回りに風がふき出す。夏が近づいて太平洋高気圧が勢力を増すと、西側や北側へ張り出してくる。元気になった太平洋高気圧の西のへりでふき出す風によって、南の海から暖かくて湿った風が日本へ向かってふき込むようになる。もともと、湿舌では弱い上昇気流が発生している。そこに大量の水蒸気を含んだ南よりの風がぶつかると、一気に持ち上げられて、強い上昇気流になる。積乱雲が次々とできて、強い雨が長時間にわたって降り続く。それで記録的な大雨になるんだ。

 湿舌が発生しているとき、大雨が降るのは天気図にある梅雨前線よりも南側になることが多いよ。

 記録的な大雨には地形も関係することが多い。暖かくて湿った風が山の斜面(しゃめん)にぶつかると、強い上昇気流ができる。風がどんどん流れ込んでくると、積乱雲が次々と発生しやすい。

 太平洋高気圧の勢力がさらに強まると、梅雨前線は北側へ押し上げられる。そうなれば梅雨明けだ。梅雨前線がいすわり続けると、今後も大雨となる可能性がある。天気予報を注意して聞いてみよう。


(取材協力=竹見哲也・京都大学准教授)[日経プラスワン201679日付]による


ヒート・アイランド化した災害列島は国土交通省と農水省が造りだした


相当に多くのネット情報を拾いましたが、真新しい「線上降水帯」という奇妙な表現に相当する新現象、つまり、特別に変わった事が起こったという事実は全く得られませんでした。

まずは、一般的なモデルとして考えますが、要は、梅雨の末期に北のオホーツク高気圧と南の太平洋高気圧の接点に沿って南から湿った水蒸気が大量に流れ込み、そこで湿った大気が持ち上げられる事によって大雨が降った(降り続けた)という従来型の「発達した停滞前線豪雨」でしかなかったのでした。

そうなのです。スコール化して激しくはなっているものの、何も変わったことは起こっていないのです。

愛媛で72時間に1,100㎜降ったと騒ごうが、24時間に均せば高々200㎜台の普通の大雨でしかなく、この程度の雨ならば、古くは1957S32)年の諫早大水害や1982S57)年の長崎大水害の降り方には遠く及ばないのです。諫早大水害の降水量は24時間(決して48時間でも72時間でもないのです)1,109㎜なのであり、長崎大水害は、降り始めからの24時間水量が長崎海洋気象台で527mmを観測されているのです。

恐らく、テレビで大騒ぎするお天気おネイさんから若手の気象予報士の方々は、せいぜいアメダス導入後の20年程度の情報しか拾わずに、史上経験した事もないような大豪雨…と好い加減な情報を流しているのでしょう。ただし、降水量それ自体は同じだとしても、一気に降って一気に流れ降ると洪水にはなるため無視して良いと言っているのではないのです。しかし、実はこれが非常に重要なポイントなのです。

当然にも災害対策の遅れは指摘せざるを得ません。その原因は原発事故に伴い全く生産的でも将来を見据えたものでもないただただ意味のない後ろ向きの後始末(これも永遠に続く)のために続く東日本大震災への傾斜配分(しかもとんでもない法外な単価の支出がなされている…)の結果、必要な投資が行われずに全く意味のない工事に手を取られているのです。原発推進に旗を振った馬鹿議員や首長共は腹を切れ。

 さて、始めは東日本にさえ豪雨災害が発生するかのように大騒ぎされてはいたのですが、蓋を開けて見れば、結果として発生した災害は大きかったものの、実際に起こった豪雨の総量は言われるほどのものではなく、行政のために大袈裟に報道はされものの普通に頻発するレベルでしかなかったのでした。

 要はこれからも発生する程度の豪雨であったものの、他の要因、つまり、売れない人工林の崩壊による洪水や水没しやすい所に住宅開発を認めるとか、崩落しやすい崖地への住宅地の開発を認めるとか、全体として山の頂まで三面張りのコンクリート側溝を張り巡らせ、ちょっとした雨でも一気に水が住宅地に送り込まれる構造が造られてしまった事、大型河川の直線化が進んだ結果一気に流れる事(これによっても破壊力は等差級数的に増大する)によって水位は急激に上がり、二級河川以下は水が排出されずに水没し易くなる…と言った具合で、一気に水が吐き出され、所によっては一気に水が溜まる構造が造られてしまった事にあるのです。真備町の小田川流域については上流にダムを造りたい国交省のダム屋(ダム派、河川派の対立も)によるサボタージュもありそうですが(少しぐらい洪水を出す方がダムを造り易い…)。


 笑い話のような“これまでに経験した事もない数十年に一度の大災害”が毎年やってくる 


 問題は、ヒート・アイランド化されてしまった結果、都市部ばかりか農村部も山林までも全ての地表が乾燥化されてしまったために、間断なく上昇気流を発生させる構造(当然海面温度よりは高い)が出来てしまい、フライパンと化した列島の平坦地で上昇気流が発生し続け、あたかも熱帯のスコールのような雨が次から次に降ってくる装置が造られている事なのです。

 国土交通省と農水省が中心となって造り上げられた現在のヒート・アイランド化した列島の国土は南西の海から膨大な水蒸気を含んだ大気を呼び込み、線状降水帯などと名を変えられただけの発達した停滞前線に沿って間断なく上昇気流が発生し大雨が降るという現象が起こったのでした。

 問題はこの現象が頻発するヒート・アイランド化した国土が造り出された事にあるのです。

 この仕組みというか装置が出来上がったことによって、気象庁が声高に叫ぶ“これまでに経験した事もないような数十年に一度の大災害”が実に毎年起こる事になったのでした。

 結局、何のことはない、両省は戦後70年掛かって災害規模を大きくしたのでした。

災害を防ぐと称して国庫から貴重な税金を引出し、実質的にファミリー企業化した関連の受注業者に収賄の先付とも言うべきできるだけ美味しい単価で発注し、後付けの賄賂とも言うべき天下りをしているだけのことなのです。

 国民(住民でも納税者でも生活者…こんな名称など何の意味もない)でも何でも良いのですが、この土木工事に関わる実質的なマフィア、シンジケートが流すデマから独立し、自らの頭で考え行動する以外に自らの家族と生命と生活と財産を守る事が出来ないと言う事が鮮明になったのです。

 事実50年ほど前に起こった真備町の水害でも死者は12人と比較的少なかったのでした。

では、何故、線状降水帯などという恥知らずな呼称を使ったのでしょうか、探索はこれからですが、農水省の拡大造林政策によって生じた土壌流出(巨大な堆砂によってダムの洪水調節機能が消失している)と国土交通省によって河川、末端水路が雨樋化した結果、降雨と共に一気に洪水が起こる国土に変えられた事を知るべきなのです。今や穏やかな日本はありません。自らは自らで守るしかなくなっているのです。


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スポット192(後) 行政が引き起こした列島のヒート・アイランド化によって豪雨災害と灼熱地獄が発生した ① 

20180710

太宰府地名研究会 古川 清久


雨はどうして降ってくるのか


sp192-3 このような表現が地球物理学的に正しいかどうかは一先ずおくとして、単なる公務員上がりの初老人間の話として聴いて頂きたいと思います。

まず、湿った大気が移動し山にぶつかることによって高空に押し上げられた水蒸気は高空の冷たい大気で冷やされ雨や氷に変わり、大半は雨となって山で降りそれが急流となって里の田畑を潤すというのが列島の伝統的な気象現象でした。

しかし、このような湿った大気が横に移動する事によって押し上げられ降ってくるばかりではなく、単に上下に移動するだけでも雨は降って来ていたのです。夕立です。

夏の炎天下で温められた水は水蒸気となって空に上がって行きます。

当然、気圧が下り断熱膨張して温度が下がり細かい水滴として上昇気流の雲の中で浮かんでいるです。

しかし、いつかは飽和し上空に留まる事ができなくなって落ちてくるのですが、それが雨となって一気に降って来るのが夕立だったのです(もはや自分でも過去形で書いているのが情けないですね…)。

これで、日中に熱せられた地表は急速に冷やされ、なんとか快適に寝られる温度となったのでした。

夕立は瞬く間に乾燥した地面に吸い取られました。昔は草むしりをしたくないからとか、蚊が湧かない様にといってコンクリートで固めたりなどされていませんでしたから、地表には土も溝(これも死語になりつつありますが)や家庭菜園があり、それなりの保水力があって実際にも地表にも水があったのでした。

sp192-4 翌朝、再び太陽が昇ってくると、この夕立を受け止めた広い大地から再び多くの水が水蒸気となって高空に上がって行きます。

まず、地表の水が水蒸気となって上空に上がって行く時に、地表の水を蒸気と変え地表から多くの熱を奪う事によって地表の温度を下げますし、上空に持ち上げられた水蒸気が冷やされた水となって落ちて来て地表の温度を下げることによって人々は、「ここらで一雨降らないか…」と夕立を待っていたのでした。


駆逐艦 夕立(帝国海軍は伝統的に「万葉集」なみに優雅な艦名を付けるのです)


フィリピンのリンガエン湾上陸作戦からガダルカナル島、そして第三次ソロモン海海戦まで大東亜戦の緒戦から激戦を闘い抜き最期はソロモン海で海没した白露型の4番艦


こうした水循環によって地表の水は空と往復し、同時に熱循環が起こり、室温4045℃などといった気違いじみた部屋で独居老人が孤独死する事など全くなかったのが江戸、大阪の町屋の風景だったのです。

一方、村では方々に堀が残り、ゴミなど一切ない(あったとしてもプラスチックではないため自然に分解するものだったのです)美しい水路が張り巡らされメダカやタガメなど多くの水棲生物がいたのでした。

勿論、山も戦前までは人工林地は非常に限られた地域に管理された一部の杣山だけがあっただけで、大半は広葉樹の森が広がっていました。このため日本の山は多くの水を含んで保水力が豊かであったことからその面積の大きさからも全体としての列島の気候を穏やかに保っていたのでした。

こうして、この最も暑い時期には田んぼには水が入れられており、夕立の材料となる水はふんだんにあることから、毎夕方決まって雨が降って来たのでした。

このように海辺も街も村も山も間断なく穏やかな雨が降る事によって美しい風土と穏やかな気候と豊かな人情と国土が保たれていたのでした。

簡略化して言えば夏のカンカン照りは地表の水を上空に運び、再び夕立として地表に戻し、翌朝、新たに雲(夏の場合は入道雲ですが)となるという水のキャッチ・ボールのような循環によって、実は同時に熱のキャッチ・ボールも行なわれていたのでした。

この機能を戦後70年掛かって徹底的に破壊したのが国土交通省であり農林水産省だったのです。

そして、一層問題なのは二組織ともこの重要な事実に全く気付いていない事なのです。

勿論、いくら頭の悪い土木系とは言いながらも、高級官庁には賢い人間もいるのですから、当然にも知っていて口を噤んでいる人もいるはずでしょう。しかし、本当の事を口走ろうものなら、当然にも出世が出来なくなるとか、天下り先にも煙たがられるだろうからと口を噤んでいるはずで、組織だった発言、評価に至らないために表面的には気付いていないとしか言えないのです。

つまり、大東亜戦末期に“本当は連戦連敗”と言えなかったと同じ構造の空気に支配されているのです。

都市部は当然ながら農村地帯から山岳地帯まで保水力が事実上存在しない国土と化しているという事実については前述の三本を読んで頂くなりする事にしますが、一応、概略だけを述べておきましょう。


 都市部のヒート・アイランド

まず、都市部ですが、昔の河川は表面が覆われているのは橋の下だけで、今の様に全面伏流化した暗渠になっているような事はありませんでした。

その上に重要なのは、炊事から風呂場に至るまでほとんどの水が下水道とか大型地下水道として浄水場はおろか海に直接捨てられることによって地表には事実上水が消えてしまっていることなのです。

僅かに残された公園も管理が簡単なコンクリートで固められたヨーロッパ式(風)の庭園と化し殆ど水はありません。

仮に雨が降ったとしても三面張りの水路でたちどころに地下(下水道の意味)に吸い込まれ、土の地面は鎮守の森に僅かに残された猫の額ほどの小さなものしかなく、ラーメン屋の駐車場から大店舗の駐車場までもがアスファルトで固められ地表に水がある所を探すのが非常に難しいのです。

もしあるとしたら、小泉竹中改革によって国民所得が半減させられ、瞬く間に後進国並みとなってしまった結果、低開発国並みの比較的安い(OECD最下位の一人当たり国民所得)観光地として多くの外国人が押し寄せる事となった結果、韓国人と中国人と在日が立小便する程度しか地表に水が存在しなくなっている事なのです(こいつらは京都の御所や寺や神社でさえ立小便する)。

熱物理学など分からないのか、国土交通省も農水省もただただ河川を直線化し大型化させ、雨が降ったら一刻も早く海に押し流す事しか考えていないのです。

こうして、都市部は全て水循環が切断され、地表が受け取った太陽熱は蓄積される一方となったのでした。もし違うと言うなら出て来て文句を言え!

最低でも都市部のヒート・アイランド現象が国土交通省以下の行政によって引き起こされた事がお分かり頂けたと思います。最低でも疑問を持っていただければ幸いです。

ただ、CO2温暖化論という国際的な国家的なデマの問題があるのですが、そもそも定点観測が行われている土地の周りがヒート・アイランド化によって軒並み(全国どころか全世界規模で)気温上昇しているのです。つまり、現在の観測網では本来の大気現象が把握できていない可能性があるのです。


 農村部のヒート・アイランド

農村部は大丈夫と思われている方は多いかも知れませんがこれも全く違うのです。

農村部でも地方都市は下水道化が多少遅れているとは言いながらも基本的な構造は大都市と全く同じですので、中小河川と農耕地を考える事になります。

実は、ほぼ二十年前に大半が完了した圃(ほ)場整備事業によって、田圃の構造が大きく変わっているのです。

昔の水田地帯は曲がりくねった水路の端々に沼地や湿田や葦原が広がり多くの生物が棲みかとしていました。

しかし、伝統的な湿地帯から小河川扱いの沼地は色々な方法で地区内に取り込まれ、大半の湿田は消えましたし、公有水面(原則国有地)とされていた面積は数字のマジックによりかなりが失われた上に、二面張りの直線的な水路と化してしまいました。

その上に、田畑の切り替えやハウス栽培などといったものへの転換が可能なように、何時でも仮に隣であっても田畑が切り替えられるようにと、昔は段々畑状に上から下へと水が送られていた水田が各々取水し各々排水できる構造に変えられてしまったのでした。

この結果、ひとたび大雨ともなると雨は土壌丸ごと排水路に流し込まれ土も水も失うことになってしまったのでした。

結果、昔は平地にも見られた上の田植えが終わらないと水が下まで来ないとかいった関係が消えてしまったのでした。いずれにせよゴルフ場のような雨が降れば直接排水路に流し込まれ河川に入る事となってしまったのでした。

斑状に水田、畑、ハウス、駐車場、倉庫…などが相当に増えている上に、数年前まで強力に推進されてきた減反政策によっても全国の水田としての作付面積(夏季に水が入れられる水張面積)は半減しヒート・アイランドへの道をひた走っているのです。

従って、都市部だけではなく、地方でも急速に夕立が降らなくなっている事はどなたも経験的にお分かりになっていると思います。


 山間地のヒート・アイランド

この話は林業による人工林地の実態を把握されていないと全く理解できない話なのですが、山に入らない都市に住む方々には中々理解できない事かも知れません。

まず、戦後の農林省による拡大造林政策の発動とは、本当に必要な時には全く間に合わなかった用材林地(大半は杉と桧)の造成でしたが、平坦地はそれこそ米作推進の真っただ中だったため、大半は工業地帯から外れた兵庫、愛媛、福岡、佐賀、熊本、宮崎(何やら今回の西日本の災害地に重なりませんか?)…などが林野庁から狙われた結果(農家に民有林としての人工林育成を勧めた)、大量の杉山、桧山が急増したのでした。

結果、どうなったでしょうか、既に、少子化、無産化、人口減少(これだけでも住宅は余り続けているのです)の上に所得の半減化によって住宅の需要が激減した上に、相対的に所得を維持している都市住民の住居はマンションと化し鉄とコンクリートとプラスティックスとガラスと僅かな外材(米松)で建てられているのです。

こうして凡そ阪神大震災の頃から需要を失った国産材は急増したパネル工法に取って代わられる傾向が顕著となり、実質的に拡大造林政策以来の人工林は放置されたのでした。

結果、通常の伐期である4045年を大幅に超える人工林地が急増したのでした。

元々、針葉樹は広葉樹に比較して根を張らない上に、腐葉土を全く造らず土地が痩せ続ける上に、木材が売れない事から間伐、枝打ちがされずに間伐したとしても現場の急傾斜地に危険な倒木が放置(売れないからですが)される上に、間伐されない事から陽が入らず昼なお暗い中で下草も生えずに、剝き出しの土壌が一方的に雨に打たれて夥しい土壌が流出し続けているのです。

このため売れない木材が急傾斜地に放置され、年々、体積と重量を増した危険な人工林が支える土壌を失いながら崩れる順番を待っている状態とになっているのです。

また、山の奥までコンクリート構造物が造られ、三面張りの水路で水が奪われている事も山のヒート・アイランド化の大きな原因である事は言うまでもありません。

こうして、人工林の中も著しい乾燥化が進み、かつての広葉樹林の森に見られたスポンジのようなふわふわした腐葉土は全て押し流され保水力のない瓦礫のような砂漠地が広がっているのです。

瓦礫の砂漠からは蒸気は持ち上げられる事無く山にも雨が降らなくなっているのです。

これが山に造られるダムにも水が溜まらなくなっている理由の一つなのです(最近は関東地方のダムに水が無いと言う話は頻繁に聴かれるようになりましたね)。

これで、山岳地帯から里山まで人工林化された山地でもヒート・アイランド化している事が多少はお分かり頂けたと思います。

こうして、列島の全体が乾燥化しヒート・アイランド現象が進んでいる事がお分かり頂けたと思います。


 猛夏とも言うべき列島の高温化傾向は、国土交通省が地表から水を消し去った事によって発生しており、殆ど認識されていない農村から山林に掛けても農林水産省が地表から水を奪った結果発生しているのです。

 この熱物理学を全く理解していない国交、農水の二省を中心に戦後70年掛けて伝統的な列島が破壊され続けて来たことがお分かりになったと思います(詳細は前述の三本を中心にお読み下さい)。

問題はこの列島全体を覆う人為的なヒート・アイランド現象でしかないものを、なにやら亜熱帯から熱帯化している(これは全体の現象の一面の表面だけを見たものでしかありませんが…)とか、CO2温暖化による史上経験した事もない異常な豪雨の頻発と高温化によるものであり、とんでもない異常気象によるものであるとする大嘘にあります(史上経験した事もないような…と馬鹿騒ぎしていますが、気象庁や予報官も実はアメダス導入以来のほんの20年間程度の話を大騒ぎしているのです)。

その一部であるCO2温暖化論といった大嘘は、行政とそれに連動する気象庁などでは今も小声で主張する傾向はあるのですが、35度を超える様なこれほどの高温化傾向が出現しているにもかかわらず、今年は何故か比較的おとなしいのは、ホッケー・スティック捏造以来、CO2温暖化論が国家的な大嘘である事が一般にも理解され、小役人などよほどの大間抜け以外は、この大嘘を真顔で信じている人がかなり減っているからでしょう。

ここではこの問題についてはふれませんが、敬愛する武田邦彦教授が脚光を浴びる前、つまり二十年も前から、エントロピー理論の槌田敦と近藤邦明氏らによってCO2温暖化論が国際的、国家的デマであるという事を主張され続けて来ました。

私は、「有明海異変」を出した後(15年も前の役所にいた頃ですが)彼らと連携し、この「環境問題を考える」“環境問題の科学的根拠を論じる”というHPのサブ・サイトとして下世話な公共事業を取り上げる「アンビエンテ」として足掛け五年程書き続けました。

 このため、CO2温暖化論がデマであることについては…大型サイトの「環境問題を考える」“環境問題の科学的根拠を論じる”をお読み頂きたいと思います。


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川についてはsp192-6 人工林についてはsp192-7

人工林問題については平野虎丸氏のサイトをお読み下さい。

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