シューベルトの音楽は物語。

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「今日はね、このお話にしよう。とっておきのお話だよ。」

期待膨らむ素敵な出だしに、心奪われる。

「これは僕がもう少し若かった頃のお話でね。
冬だったけれど、その日はとても穏やかな日で、透明な空気がキラキラして見えた。
ただ歩いているだけで楽しい気持ちになるような。」

うん、そういう日、あるよね。

「僕は幸せだった。」

「ところがね。」

どうしたの??

「突然真っ黒な雲が空を覆ってしまったかのごとく、恐ろしい出来事が起きたんだ。」

え?そんなに突然??
それでどうしたの?

「迫り来る真っ暗な闇に飲み込まれそうで、それはこんなにもこんなにも恐ろしくて、僕はもう怖くて。」

それは大変な事になったね。

「悪夢のようだった。」

あの穏やかな出だしからは想像もつかない出来事だね。

「うん。まったく。想像もつかない。
でも。だけどね。僕はそんな出来事から抜け出して、あの穏やかな気持ちを取り戻したんだ。」

すごいね~。良かった。

「だけどこれでおしまいじゃないんだ。」

まだ何かあったの??

「さっき、突然真っ黒な雲が空を覆ってしまったかのごとく、恐ろしい出来事が起きたと言ったよね。」

それはさっき聞いたね。

「でもそれだけじゃなかったんだ。実はこんなにもこんなにも恐ろしくて、怖い出来事だったんだ。」

それ、やっぱりさっき聞いた話だよね。

「いや、でもここからが違うんだ。」

どうしたの??

「実は、嵐の前ぶれのような不気味な気配がして、辺りは闇に完全に飲み込まれ、それはもう絶望的だった。」

うん。それは絶望的だね。

「でもね。僕はそんな絶望的な中、あの穏やかな気持ちを取り戻したんだ。」

またもや!すごいね~。

「冬だったけれど、その日はとても穏やかな日で、透明な空気がキラキラして見えた。
ただ歩いているだけで楽しい気持ちになるような。
あれは…夢だったのかな。」

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というように、シューベルトはお話を繰り返すイメージ。
昔は「シューベルトって子供っぽいな~」と思っていた。
子供の目線で、幸せや絶望を何度も「聞いて、聞いて!」と言っているみたい。
シューベルトを初めて弾いたのは小学生の時。発表会で即興曲Op.90-2を弾いた。
小学生の時の私は、「シューベルトって子供っぽい。繰り返しばかり。」と退屈に思っていた。

けれどもピアノを再開してから、改めてシューベルトを聴くようになり、昔は自分が子供だったのだと気付いた。
自分が大人になり、シューベルトの年齢を越えて改めて聴いてみると、その音楽に慰められる。

そう感じられるようになったのは、響きによるところも大きいように思う。
豊かな倍音、表情ある響きで演奏すると、シューベルトの物語は説得力をもってイキイキと語りかけてくる。
そこには、幼さとは違う、純粋で素朴で透明感のある、シューベルトの心が感じられる。