僕はいつか東京に行くかもしれません‼️

まぁ、まだわからないけど。

確定ではありせん‼️

今度、2月14~17日、サイエントロジー東京に行きます‼️

サイエントロジーから送られてくるニュースレターにスタッフに関するアンケートがあり、興味があったので、それに答えて、サイエントロジー宛に送りました。そしたら、また、お話をうかがいたいので、お電話をくれる趣旨のお手紙を頂きました。

なおかつ、今、サイエントロジーの主要な分野のダイアネティクスという分野のオーディティング(自分に影響力を強いている過去の心の痛みに働きかけるカウンセリングみたいなもの)というのを受けているんだけど、カウンセラーの人に、サイエントロジーの技術を通して仕事として関われることに興味があることを話したら、案内してもらい見学し、人事担当の方にも会ってお話をうかがうことになりました。

14日~17日まで、東京に行くのが楽しみです☺️

そんなことを考えながら、自分は東京に行くんかな~と考えていると、何か、奈良に来て約10年。明石で一人暮らしをしてて、仕事を辞めなければならなくなったのをきっかけに、思いきって奈良に越して来てから、本当に色々あったな~って、切なくなったり、思い返したりしていました。

この前、(元彼女とは同じ漢方の勉強会に行ってるので、月1~月2くらいで顔をあわせることがあるのですが)、勉強会の帰りにご飯を一緒に食べて、今自分が興味を持っているサイエントロジーのことを話しました。

彼女は今でも、誰よりも一番本音で話せる人って言っても過言ではありません。
ほんとに多くの過去を共有してきました。人生の誰よりも親密な時間を過ごし、特に辛い時期を共に過ごしてきました。
運命とは数奇なもので、この出会いがなければ、彼女のお母さんは躁鬱病で、その出会いと時間がなければ僕は心を扱うダイアネティクスやサイエントロジーの世界観には間違いなく興味を持っていなく、今でも畑を続けて、川口さんの教えの外の世界にはあまり向かっていなかっただろうなぁ。

そういえば、奈良に来たころのしばらくの何年かが一番幸せで豊かだったようにも思う。奈良に来たばかりなのに、流れるように素麺工場の仕事にもありつけ、そこには小野さんやさだやん、そして便利屋の年の近い仲間たちやユニークな楽しいおじさんやおばさん達。
冬場は素麺工場に行き、夏場は健一自然農園のお茶畑へ仕事へ。広がる青空、広がる広大な茶畑、白い袋一杯に詰め込んだ重たい収穫した香る茶の葉をサンタクロースのように茶山の斜面を汗だくになりながら、いっぱいに積んだトラックの荷台に乗りこんで工場まで運んだり、真夏の太陽の下一面に広げた須ノ子の上に紅茶の葉を広げ、ガンジキで叩きながな混ぜて発酵させ、休憩のアイスと会話が楽しかった。健ちゃんやその家族、お母さんが昼御飯作って持って来てくれ、ここでも小野さんやさだやんや年の近い仲間たちやおじさん達と楽しくおふざけたり、面白い冗談を言いながら仕事をする。
かたや、赤目自然農塾では川口さんが現役で全国から、ほんとに沢山の自然農に興味を持った人達が訪れ、色んな色を持った若者や自然な飾らない雰囲気の仲間たちで、美しい姿をした稲や野菜たちが実る田や畑は大盛況だった。
近くには、みんぴさんっていう素敵な自然食品を扱うお店があって、そこにはいつも人が喋りに集まってきて、流れる温かい時間。
ほんとに豊かな人のつながりに恵まれてて、気の合うほんとに楽しくユニークな仲間たちに、その人達が側にいるだけで、どれだけ知らず知らずのうちに、癒され元気ずけられ、勇気をもらっていただろうか。
ほんとに、これだけのホットスポットが自分の住んでいる場所の車で30分以内のところに、すべて揃っていた。
どれだけ恵まれていたことか。

今では、考え方の違いなどから便利屋の人達はほんの一部の人を残して、別の場所や方向へ散らばり。
健一自然農園も、皆それぞれの方向へ行き散らばりメンバーが変わり。
赤目自然農塾も創設者の川口さんが現役を引退し、それをきっかけに、多くの人達がそれぞれの新たな道に分かれたり進んでいき。
全国から訪れる人達も遥かに減ってきた。

そんな中で、元々どちらかというと寂しがりで、どちらかというとマイナス思考な自分が、ぽっかりと水面に浮かぶように、姿を現してきた。
知らず知らずのうちに、どれだけ救われていたか、今になってつくづく思う。

今では、ここでは、以前ほど色んな物事がうまく流れないように、うまく自然に廻らないような感じがする。

さて、何のつながりもほとんどない、自然の少ない東京なんかにもし行って、自分はどんな人生を歩むんだろう。

もと彼女の躁鬱病のお母さんと関わる時間を過ごし、多くのストレスから元々あった皮膚炎が良くない方に行き、汗をかいた時に肌への影響を考えて、良くなるまで運動することを控えてる。だから、東京でのデスクワークも今の自分にはいいかもしれない。
それに、自分は少し弱くなったように思う。人の何気ない言葉が以前よりこたえる印象がある。
関西の人はわりとはっきりものを言う。
関東の、オブラートに包んだような感じも、案外自分には合うかもしれない。


奈良での10年間の自分をずっーと側で見てきた唯一の存在がある。緑のカビ?も目立ってきて、もう走行距離20万キロも越えてきた僕の車アトレーだ。

遠くは、富山まで自然農の全国大会に彼女と車中泊で行き。黒部ダムにも行き、その足で白川郷、長野の彼女のお母さんの弟のところ。石川の彼女の親戚の陶芸家さんのところ。
時には、彼女と和歌山の自然農梅農家さんのところへ期間アルバイトへ。
富士山の麓の木の花ファミリーにもこの車で行ったっけ?
健一自然農園のあちこちに点在する畑を、仕事仲間を乗せてずいぶん走ったものだ。
大雪の積もる中、凍った山中を毎冬、素麺工場へ。
畑へ、沢山の農具、草刈り機、沢山の収穫した色とりどりの野菜を積んで、畑を数え切れないくらい往復したっけ。

そんな僕の車も今、ひいきの車屋さんにオークションで新しい車を探してもらってる。

時はうつろい、変わってゆくことを、しんみりと今、感じている。