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先日、義母に

美術館にさそわれました。

 

 

入場券を3枚もらったから、

平日の昼間に、義父母と私、

3人で一緒に行かないかと。

 

 

平日の昼間のひとり時間は

私にとって

とってもとっても大事なのと、

 

 

美術館に全然興味がなかったので、

 

 

思わず私の口から、

素直にさらっと

 

 

「私は行かないから、

 楽しんできて。」

 

 

という言葉が出ました。

 

 

義母が一瞬、

びっくりした顔をしたので

私は、はっと気づきました。

 

 

そうだ、これって、普通、

断る場面ではなかったんだと。

 

このあたりの田舎では

「断る=失礼」という根強い風潮がある

 

 

 

続いて義母も

はっと気づいたみたいで

 

 

「そ、そうよね。

 美術館って興味ない人は

 興味ないもんね。」と。

 

 

「うん、そうなの。興味なくて。

 だから私に遠慮せず、行って来て。」

 

 

と言いました。

少しぎこちない空気が流れました。

 

 

 

 

 

 

 

 

このやりとりのあとで私は

自分、変わったな~と実感しました。

 

 

ほんの2~3年前なら、

断れなかったか、

 

 

断っても

ものすごい罪悪感を感じていました。

 

 

ところが今回は、

私の正直な気持ちを伝えることに

何の躊躇もなくてね。

 

 

それがとってもうれしかったんです。

 

 

私が変わったのもありますが、

 

 

「義母はきっと受け止めてくれる人」と

義母が私を

信頼させる人だからでもあります。

 

 

 

昔はただの「断る」ということに対して、

 

 

「義父母が嫌われたと思って悲しむ」

とか

「私は、付き合いも悪いし愛想が悪い嫁ってことになる」

とか

「私は自分勝手で協調性がない失礼な人確定」

とかいう

 

 

「幻」を

てんこ盛りに盛っていました。

 

 

でも、今は、

それらが「幻」だとわかっているし、

もしも「幻」じゃなくて

周囲に本当にそう思われたとしても

 

 

まず「私が私を生きることが大事」

だとわかるので

 

 

私の素直な気持ちを

伝えることができました。

 

 

長く我慢ばかりしてきた私は

自分の素直な気持ちを

言うことができただけで

 

 

とても幸せな気持ちになります。

 

 

そして、それを「そうね」と

聞き入れてくれた義母にも

 

 

ほんとうに「ありがとう」

という気持ちになります。

 

 

断れなかった頃は、

自分が断れなかったくせに

誘ってきた義母を

嫌いになってしまっていました。

 

 

正直に断って相手に感謝できるのと

断れなくて我慢して相手が嫌いになるのと

 

 

どっちがいいかは一目瞭然。

 

 

みせかけの美徳や表面的な善行に

振り回されると

 

 

「自分を生きる」ことができなくなるばかりか

周囲も不幸にします。

 

 

断らなければ

育めないものがあるのですね。

 

 

 

 

 

 

 

 

その後、義母とは

何事もなかったように

普段どおりですが、

 

 

また少しいい関係になったよね!

 

 

と確信している私です。

 

 

 

 


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