つい先日、コンビニの前でタバコを吸っていると、グデングデンに酔っぱらったオッサンが地べたに座り込み、歌っていた。一人で。
どこかで聞いたことのあるフレーズであった。
「ありのまま~の~姿見せるのよ~ありのままの~♪」というフレーズを演歌調にてエンドレスで繰り返すオッサン。
おそらくキャバクラあたりで聞かされ、そのフレーズしか覚えなかったのであろう。
どうやら今、日本のオリコンチャート独走中のディズニー映画「アナと雪の女王」の主題歌「レット・イット・ゴー」を歌っているようだった。
しかし、お世辞にも上手いとは言えない歌声なものの、酒の匂いを漂わせ、赤ら顔の50代位のオッサンが「ありのままの~」という歌声には心を震わす何かがあった。
・・・というのは嘘で、深夜のコンビニ、しかも誰もいない駐車場でオッサンが歌っているという図は侘しさしかなかっ た。
何よりそのありのままはダメだろう、と。
ブラックレインのケイト・キャプショーのような難波のホステスだったら「コレデパンデモカッテ・・・」 と片言の日本語で言うところである。
この酔っぱらいのオッサンを問わず、最近は街を歩けば老若男女問わず「ありのままの~♪」やら「レリゴー♪」 と歌う位だから凄い映画なんだろうなぁ、「アナと雪の女王」は。
これから見る予定はないが!!
それにしても、とりあえずオッサンの歌の続きが気になり、「レット・イット・ゴー」を聞いてみた。
結論から言うと、巷で言うとおり良い歌であった。
俺のような男でもありのまま、つまり全裸で出勤しようかな、と思った。
2秒位。
そして「明日、春が来たら」以来の松たか子の歌声は、俺にある映画を思い起こさせた。
特に以下の歌詞だ。
とまどい、傷つき、誰にも打ち明けずに悩んでた。
それももう辞めよう。
ありのままの姿見せるのよ。
ありのままの自分になるの。
何も怖くない。
風よ吹け。
少しも寒くないわ。
このブログを読んでいる方なら予想はつくだろう。
今回ご紹介する映画はこちらです。
ランボーじゃねえか!!
そう、「レット・イット・ゴー」の歌詞は、俺に「ランボー~最後の戦場~ 」を思い起こさせたのだった。
ついに気でも狂ったのか?と言われるかもしれないが、そんな事はない。
俺は至って真剣に語っている。
「ランボー~最後の戦場~」は、ありのままのランボーの姿をソリッドに見せる、まさに「レット・イット・ゴー」映画である。
というわけであらすじ。
「ランボー3~怒りのアフガン~」から20年。
ランボーはアジアの片隅で蛇を捕まえたり、弓矢で魚を射抜いたり、とウルルン滞在記のようなフリーターライフを送っていた。
そんなランボーの元に人道支援のボランティア団体からミャンマーへの案内をお願いされる。
しかし、ミャンマーは『農民田んぼ地雷爆死レース』を開催する、ハードコアな風雲!たけし城のような紛争地帯。
女子供にも容赦しない残虐超人の集まりのような軍事国家が牛耳っていた。
「行ったら死ぬぞ!」
「人は人を救えない!」
「薬より必要なのは武器だ。」
と、飲み屋で夢に溢れた新入社員に現実を教えるやさぐれた先輩社員のように、実に的確なアドバイスをし、丁重にお断りするランボー。
しかし、帰宅すると、自宅の前で待っていた支援団体の活動家サラから「人を助けるのは無意味じゃない!!あなたの中にも何かを信じる心が残ってるはずよ!!」と、雨の中、ずぶ濡れで説得され、ついに了承するランボーなのだった。
途中、海賊を1人残らず全員射殺するなどして、ボランティア団体にいちゃもんを付けられるものの、何とかミャンマーへ送り届けたが、案の定、彼らが速攻捕虜にされたという話をランボーは耳にする。
彼らを救うためにもう一度、案内を頼まれたランボーは、安めのエクスペンダブルズのような傭兵たちを引き連れ、ミャンマーへ再び向かうのだった。
敵は極悪非道の軍隊。
ランボーの武器は弓矢と鉈だけ。
相手にとって不足はない!!
今、ランボーの戦闘マシーンとして開き直った殺人スキル発揮される!!というあらすじ。
特に「レット・イット・ゴー」要素が強いのが、ボランティア団体を救うと決意してから、ランボーが鉄をハンマーで打ちながら自問自答するシーンだ。
「分かってるはずだ・・・自分が何者か・・・」
いつしか鉄が鉈になり、ランボーは答えをだす。
「闘いに血を燃やす戦士だ・・・認めるんだ・・・国の為に人を殺すんじゃない、自分の為に殺すんだ・・・それが神が俺に与えた運命だ・・追い詰められたら、軽く息をするように人を殺す・・・」
あっちは歌だが、こっちはナタだ。
このランボーの自問自答は「レット・イット・ゴー」の歌詞に通じるものを感じないだろうか?
少なくとも俺は感じた!!
ここから、弓矢で串刺し、鉈で首ちょんぱ、喉笛を素手で抉る、地獄のジャングルフルマラソン、そして、明らかに人に対して撃っちゃいけない機関砲の乱射・・・ などなど…
ランボーが殺人マシーンとして開き直り、戦慄の殺人スキルを披露する。
言うなれば「ありのままの私を見せるの」ですな。
殺伐とした空気の中、敵の背後からヌッと現れる存在感は、ほとんどホラーの領域である。
かつては被虐のヒーローとして描かれたランボー。
ランボー3なんかでは適当に撃てば敵がワーといって倒れていたが、今回は違う。
今作では敵は勿論、ランボーですらも奮われる暴力は容赦なく、えげつない。
とにかく景気よく腕やら首やら足やらが飛び、人体が細切れになる。
そして人体と共に善意や悪意までも細切れになる暴力。
正に最後の戦場と呼ぶにふさわしい、今まで見たことのないランボーの開き直りの壮絶さ。
それに伴い、台詞もかなり景気が良い。
村人が虐殺された村を訪れ、ドン引きしている傭兵たち。
すると、引き返してきたミャンマー軍がお家芸である『農民田んぼ地雷爆死レース』 を開催しようとする。
物陰に身を潜め、手をこまねく傭兵たちだったが、突如現れたランボーが自家製の弓矢で即座に軍人たちを処刑!
ボート屋のオッサンと思っていたランボーの手際に更にドン引きし、傭兵のリーダーが「流石に分が悪い!帰ろう!」と興を削ぐことを言うと、ランボーが弓矢をリーダーに構える。
にわかにランボーに対し銃を構える傭兵たち。
だが、ランボーは動じない。
「俺を撃つなら今だぞ。」
何言ってるんだ、このオッサンは・・・。
とりあえずボート屋のおっさんではない事は確かだ!と確信する傭兵たち。
「こんなところに好んできたがる奴はいない・・・だが俺や、お前たちの仕事はここにある・・」 と静かに告げるランボー。
更にダメ押しの一言を付けくわえる。
「無駄に生きるか、何かの為に死ぬか・・・お前が決めろ!」
今の世の中、やれ「社会が悪い」「親が悪い」などと上手くいかない境遇を何かのせいにして引き込もる、悪い開き直りをする人間が多い昨今。
これぞ正しい男の開き直りとしかいいようがない。
是非、愚痴ばかりの湿った飲み会などで弓矢片手に言いたい、明日から真似したくなる名シーンだ。
そして、ランボーが「ありのまま」を全開にし、遂に最終決戦が終わる。
いつものように戦いの虚しさに襲われるランボー。
だが、助け出したボランティアの面々はすぐに負傷者の手当てに向かう。
今まで虚しさや哀しさしか感じなかった戦場で初めて目の当たりにする光景。
国や人に絶望し、放浪していたランボーの何かを変えたのかもしれない。
もしくは「ありのまま」を全開にして、立ちションを終えたようにスッキリしたのか。
とにかく、ここにきてランボー第一作のトラウトマン大佐に言った「家に帰りたい!!」 という伏線を回収し、ついに実家へ帰るランボー。
このシーンは1,2,3とシリーズを追いかけた者としては涙なくしては見られないシーンである。
思えばランボーはシリーズを通して国に裏切られ戸惑い、傷ついてきた。
しかし、殺人マシーンとしての己のありのままを見せ、何も怖くない、風(弾丸)よ、吹け、少しも寒くないわ(肩に弾丸がかすっただけ)! を体現することによって、「実家に帰る」という希望を見つけたランボー。
やっぱ「レット・イット・ゴー」はランボー~最後の戦場~をイメージして作った曲なんだろうな!という気持ちを改めて抱く。
ともかく、「ランボー~最後の戦場~」は男の「レット・イット・ゴー」映画、明日から真似したくなる漢の映画である。





