コロナcoronaという言葉はもともと「冠」を意味するラテン語の言葉。だから、日食のときに太陽の周りに見える王冠状の光もコロナ。いま問題のCOVID-19を引き起こすウイルスも、顕微鏡で見たときに王冠状に見えるからそう名付けられただけなのに、いま「コロナ」という言葉の風評被害が激しいらしい。

ライムを絞って飲むと美味しいコロナビールも、多くのアメリカ人が「飲みたくない」とか言ってるらしい。日本でも売れてないらしい。もちろんウイルスとは何の関係もないことを多くの人は知ってるんだろうけど、なんか嫌なんだろうな。こういうときこそ、飲みましょう! 

いっとき話題になってた大阪のコロナホテルはちゃんと営業していらっしゃるだろうか? あとトヨタの車にもありましたっけ?

こういう被害を防ぐためにも、かつての「スペイン風邪」みたいに地名をつけて呼んだりすることはやめましょうとWHOでは取り決めているのに、わざわざ中国の地名をつけて呼ぶ政治家(しかも大臣だったり大統領だったり)もいるようで・・。

あとクラスターclusterという言葉も、普通に「集団」とか「塊」とか「群れ」とかを指す英語で、社会学とかマーケティングとか生物学とかあらゆる分野でも普通に使われていた言葉なのに、何だか特殊な意味合いでだけ広まっていて、これもちょっと困ったものだと思います。

出講している予備校もただいま授業休止中。ただし国公立後期日程受ける子などまだ入試の終わってない子もいるので、その子たちの指導だけは最後まで責任持ってやらないといけない。

・・しかしその後期日程自体とりやめになる大学も多いみたいで・・。ほんまに今年の受験生、災難やと思います。どんな状況になってもFight!と言うしかありませんが・・。

で、現在の個別指導・家庭教師、やりにくいことは言うまでもありませんが「マスク着用」の上で行っています。至近距離で互いに面と向き合って言葉を交わすことは、いわゆる「濃厚接触」にあたるらしい。相手がウイルス持ってたら、その口や鼻から絶えずウイルスが飛んでくるからということです。だから「移さないよう」口鼻を覆うマスクをする。(「移されないよう」ではありません。移されないようにしたいならマスクに加えてゴーグルとか今の医療関係者がしているような完全装備をしないとダメ)気をつけてはいるけど、わたしもどこでウイルス拾ってきてるかわからないから・・。

ここは基本的に営業用のブログではないのですが、営業的な記事を一件。
(なお、わたくしへの家庭教師・個別指導などのご用命は、ご面倒でもプロフィールのページをご覧いただき、そこからリンクされているわたくしの会社のページをご一読ください。そこにご指導の概要や連絡先のアドレスがあります。)

中国のニュースなどを見ていて、これは日本でも今後出てくるだろうなと思ったのが、遠隔授業のニーズ。
学校に通う時期のお子さんらにウイルス(やウイルスへの不安)が広がると、学校が成り立たなくなるもんね。
実際、中国では多くの学校が長期に閉鎖されたまま、この子たちの教育どうすんの?という状況みたいです。
東日本大震災のときでもすごく心配だったけど、何か厄災があったときに子どもたちの教育の機会が奪われるのが、本当に心配です。

便乗するわけではありませんが(便乗と取っていただいても構いませんが・・今回は無料でお引き受けするつもりはありませんので・・)、わたくし、普段はあまり遠隔授業やらないんですが、この際ですから遠隔授業も遠隔面接もお引き受けします。(SkypeとかFaceTimeとかね)
(正直言って、国語の家庭教師など、側(はた)に張りついてて鉛筆の持ち方や漢字の書き順、文章の読み方までご一緒しながら見ていきたいんで、遠隔授業は辛いものがあるんですが・・。)

なお、わたくし自前の教室でのご指導は、不特定多数の生徒さんが集まるような大きい教室ではなく、基本的に個人指導または少人数のグループ指導用の小さな教室で、見知らぬ生徒さん同士を同席させることはありませんので、ご安心ください。

3月末の海外旅行取りやめに引き続いて、2月末に参加予定にしていたイベントも主催者の判断で中止になりました。ま、たくさんの見知らぬ人々がひとところに集って何日も共に過ごすイベントだから、それこそクルーズ船と同じ状態。一人でもウイルス持ってる人がいたら、大変だもんね。

3月中旬から4月初めにかけて、いくつかの個人旅行を計画してるんだけど、どうなるか・・?

大学入試、これから本番を迎える受験生も多いけど、全国の受験会場、ホントに無事であって欲しいと思います。みんな健康で受けて、全力を出し切って、健康に帰って来てね〜!!

そのことも影響しているのか? 例年この時期には新たな生徒さんの問い合わせが来るのだけど、今年はまったく・・。中学入試・センター試験の段階でお役御免になった生徒さんも多いので、今はガラ空き状態です。(新学期が始まるまでのこの時期が暇なのは例年のことで、だからこそこの時期に海外旅行とか入れて楽しむのだけど、今年は・・・ただ不安が残るだけ。)

知り合いだから安全、見知らぬ人だから感染の危険あり、なんてことはまったくないのだけど、なんだかこの時期、初めての人に会って至近距離でお話しするのに躊躇する気持ちはよくわかります。

不安&不景気な話ですみません。

どこに書いとこ?ここに書いときます。
(いつも映画の感想は別のブログに書いてるんですが、『パラサイト』については既に書いたので・・)
『パラサイト』がアカデミー賞の作品賞ほか4冠を獲ったことで、「世界一の映画になった!」みたいな言い方する人いるけど、勘違いしてはイケマセン。そもそもアカデミー賞ってのは、アメリカ映画業界の業界人らが選ぶ賞、すなわち身内の賞なんです。ハリウッドというローカルなローカルな地域の賞の一番を獲っただけであって、決して「世界一」ではないのね。
ただ、これって以前も書いたと思うけれど、「普遍」とか「普遍的」とかいう言葉。わたしがこの言葉を生徒さんに説明するときに、必ず使うのが「USJって知ってるでしょ?」です。(知らない子いないもの)。
で、Universal Studioという会社が地球をマークにしてるのも、その名前も、「世界中に通じる(=普遍的な)映画を作りたかったからなのよ」と。
だけど、ユニヴァーサルのその志って、つまりはアメリカはハリウッドで作る英語の映画(しかも男性白人が中心の)が最も普遍的であるという傲りが含まれているわけです。
『パラサイト』がそこに風穴を開けたというのも、ハリウッドが「世界に通じる映画」の意味をいま一度考え直し始めた証左かもしれず、そういう意味ではめでたいんですけどね。
実際、『パラサイト』もそうなんだけど、ポン・ジュノが作り続けて来た映画って、コテコテに韓国土着のローカルなローカルな映画(そうでないのもあるにはあるが)なんですよね。そこに普遍的な創造性が宿るところが、凄いわけです。
受賞スピーチのなかで、「個人的なものこそ創造的」という言葉をマーティン・スコセッシから学んだと口にし、客席にいたスコセッシ(今回は無冠に終わったけど『アイリッシュマン』の監督として)も周囲から拍手を受けてとっても嬉しそうにしてましたよね。
『パラサイト』、見てない方はぜひ見て欲しいです。で、面白いと思ったら、ポン・ジュノの過去の作品もぜひ。結構グロいのが多いけど、グロくて楽しくて笑っちゃうのもあり、ほんまにコテコテに韓国的ながらに創造的かつ普遍的です。

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追記)そいえば、書き忘れてたよ。

ソン・ガンホが「運転手」を務めるくだりで『タクシー運転手』を連想した韓国映画ファンも少なくないに違いない。みなさん、『タクシー運転手』も、ぜひ見てください。そして、お隣の国の現代史を学んでください。光州事件、わたしは同時代で知っていたけど、同時代の韓国はこれをすぐ報道することもできなければ、ましてや映画化することも長いことできなかったんだよね。

こんなふうに隠されて来たこと、タブーだったことが、少しずつ映画化もできるようになって来て、そこに『パラサイト』みたいなすごい作品も位置付けられるのだと思います。

あれ?東京来てること書いたっけ?いや金土日と来てるんですが・・。

生徒さんたち本番に立ち向かってる最中に、わたしは週末のんびりこっそり遊びに来てます。

今日の夕方も偶然某駅から某大学に向かう道を通りかかると、ちょうど入試を終えた受験生の群れが駅に向かう列に出会いました。

すれちがう人びとごとに、入試にまつわるあれこれが耳に入る・・みんなベストを尽くしてくれたかなぁ・・。

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それはともかく、やっぱりこっちに来てまず感じるのはことばのちがいですねえ・・。

久しぶりに会った年下の友人、半年前ぐらいに結婚して首都圏に移り住んだ人なんですが、アクセントがすっかり関東になっていた。

お店の人とのやりとりも、こちらが関西のアクセントで言ったことを、向こうが関東のアクセントで返します。

これがあと2〜3日もいると、わたしも(気弱なもんで・・)関東のアクセントに染まったりするのですな。もう明日帰るけど。

昨日の昼間、山手線の車内で見かけた小学生男子(たぶん3年生ぐらい)二人連れの会話が面白かった。

お坊ちゃん学校っぽい制服を身につけていたけど、二人まるで漫才。しかし言葉遣い聞いてると、「なんだ、てめ」みたいな、関西の子どもなら絶対やらない東京弁のやりとり(ツービートみたいな?)がある。かと思えば「なんでやねん」とか関西漫才のツッコミあったり。たぶん両方テレビとかで覚えるんだろうな。いや、ちゃうか。関西弁はテレビで、東京弁のやりとりは周囲の大人、特に男性の大人から?

近年は関西の子どもでも(たぶん全国的に)標準語で喋る子多いんですが、標準語と東京弁ではちょっとちがうところありますよね。そういうのを耳にするのも、興味深いところです。

 

先日書いた「音楽」は主にクラシックのことを念頭に置いてたけど、これはポピュラー音楽もそうね。

わたしらの頃はビートルズとかローリング・ストーンズとかを後追いで学んでそれで終いやったけど、その後の(ポピュラー音楽のなかでの)いろんなジャンルの展開がすさまじく、こういう流れのあとから生まれてくる子らは、後追いで学ぶの大変だろうなぁとふと思ったことがあります。(もちろんジャズとかつきつめると大変なジャンルもあるし)。

で、現実に今の子見てると、やっぱり落差激しく、好きな子、よく知ってる子はホントによく知ってるのに、知らない子はテレビから流れて来ていると思しいJPOP程度しか知らん・・と。でもまぁ、わたしは逆にある時期以降のJPOPの展開を知らないから、ひとのこと言えないんですが。

でも、その「よく知ってる子」の知り方も面白いですね。ポピュラー音楽史をリニアに学んできているというよりは、あれこれのジャンルや個々のアーチストから好きなところだけつまみ食いしている。とんでもなくマイナーなものを知ってるかと思えば、こちらがこんなもん誰でも知ってるでしょ?と思うようなものを知らなかったりする。こういうつまみ食い的な受容の仕方って、誰かが書いてたっけ?

ま、わたし自身も現在の音楽シーンについてはそうかも。誰かに教えてもらったり、何かのきっかけがあって、聴き始める。と、その周辺を続けて聴く・・きっと知らない範囲はものすごく大きいんだろうけど、あらためて系統的に学ぶとかいうことはしないな・・。

小論文や論文の指導をしてると藝術系の生徒さんもよく来る。去年から今年にかけては、なぜか音楽系の人が多い・・。わたしはあんまり音楽のこと知らないので、こちらが勉強になることも多いです。

ところが、こうした音楽や美術や現代アートや伝統藝能のことなどなど、よく大学入試の国語の課題文にも出て来るのですね。そこで気づくのは、こうした藝術系のことについての素養、教養の格差・・。知ってる子と知らない子の落差が激しいのです。

わたし自身は、阪神間の工業都市の下町の、(両親には申し訳ないけど)あんまり教養的に高いといえない家庭に育ったもので、幼いときの藝術についての素養はあまりなく・・。(お稽古事はいろいろさせてもらったけど)。中学でお嬢さん学校と呼ばれるような学校に入ったとき、周囲との教養の格差を思い知らされ、(大学に入ったときも思い知らされたけど)、音楽とか絵画とかその他のアートとか、自分である程度意識して学び、鑑賞することを学び、そのなかから好きだなと思うものを育てて来ました。美術については高校に面白い先生がいて美術史を楽しく学んだし、音楽については友達が先導してくれたかな。

小さい頃から家庭環境のなかで学んできた子、そうでなくても自分が好きなものを育てて来た子、そういう生徒さんは、わたしも舌を巻くぐらいの知識や見識、また感受性を持っているのですが、そうでない子は、これまでそういうチャンスがなかったのか、誰でも知ってるやろと思うような絵や音楽すら知らない。

知らなくても大学入試の問題ぐらいは解けるのですけど、やっぱりちゃんとその文章に書いてあることがイメージできた方がいいですよね。

それで思い出すのですが、ヨーロッパとか、特にイタリアとか旅行していると、どこでも目に付くのがフランスの小中高校生の軍団。絵画の前にみんなで座り込んで、先生や学藝員さんと一緒に語り合ったりしています。・・ヨーロッパ各国人、そういう遠足や修学旅行をしているようだけど、特に目に付くのがフランス人。さすが藝術の国というのか、そういうのを日本でも積極的にやればいいのになと思います。

もちろん、アンチ・ハイカルチャーがサブカルチャーとなり、それが新しいアートのうねりを創り出していく流れは承知してはいるのですが・・。でもマンガひとつとっても、実はそのなかに(作家とか編集者とかに)いろんな教養が流れこんでいるよね。

新型コロナウィルスのせいで、例年学年末から初めにかけての最も暇な時期にしていた海外旅行がおじゃんになってしまいました。
(「おじゃんになる」ってわかる?と言うとわからん子が多そう)。(しかしそもそも「おじゃん」ってなんだろう?と調べてみると「昔、火事が鎮火したときに打った半鐘の一点打の音からという」とか。とすると江戸時代からある表現?もっとあと?)
中国国際航空の北京乗継便を予定してたので、どうしようかなぁ・・それまでにウィルスが制圧されてればいいけど・・と思っていたところ、航空会社自身がそれまでには終熄しないと判断したか、北京ヨーロッパ便が行きも帰りもキャンセルになってしまったのです。別の航空会社使う手はあるが、お高いし、もしまだ終熄してないとすれば、下手にヨーロッパ行って東洋人の顔してるだけで差別されるのも嫌だしな・・と。ここは素直に天の声に従っておくことにします。
代わりに、青春18きっぷ使って国内旅行しようかなと考え中・・。

この時期の受験対策指導は、これまでの(わたしの本来とする)ホンモノの学力つけるためのじっくりこっくり指導とは打って変わって、んなこと言ってられねー!の即戦力(および本人が本番で「やれる!」と確信できる自信)をつけてもらうための指導になります。

具体的には、それぞれの実際の志望校の過去問にあたり、この大学の問題を効率的に解き合格点を得るための手順を追って解答する手続きを一緒にやっていくわけです。これは大学によって違うし、それぞれの生徒さんによっても違う。ほんまに我ながらあきれるほど違います。(生徒さんによっては志望校かぶることも多いしこれまでもいろんな大学の過去問に当たっているのですが、ほっんっまっにそれぞれの生徒さんによって、違うことやってます。我ながらあきれます。)

で、こうこうこうこうこうこういう手順でやれば、ほら解答見つかるでしょ?書けるでしょ?ってのをやる。

一緒にやって(実はわたしが主導してやって)生徒さんが自分でやったような気分にさせる。

おんなじこと本番でやれば、ぜったい正解書けるから(見つかるから)!と励ます。

「でも・・」と、ちゃんと自分をわかってる生徒さんは言います。「先生と一緒にやるとやれたような気分になれるけど、いざ自分一人でやろうとするとできないんですよね」。

そう、そこに気づくのが大事!

(これなぜか大学入試でも気づいてくれない子もいるし中学入試でしっかり気づく子もいます)。

だから、復習してください。と、口酸っぱく言います。

その、正解を書くことのできた手順を自分で復習してみてね。

そして、自分一人で、それが、試験会場でできるように、シミュレーションしてみてね。

あとは、ホントに、それが、試験会場で心の中に思い描いたとおりに、できるかです。

で、でも・・最終的にはそれがちゃんとできるかどうかは、それまでに積み重ねた実力に依っているところが大きいのですが・・。