幸せをあきらめてくさらない。人生は長い。
いつからでもいまからでも幸せになれる。
どうせ私は無理。今からもう遅いなんて
さめた目で人生を眺めていたら
いつまでたっても幸せじゃない。
自分が幸せになることを考える。
自分が幸せになるためには
何が必要なのか?何が必要でないのか?
自分は何が好きなのか?何が嫌いなのか?
本当にそれでいいのか?
ああでもないこうでもないと
試行錯誤を繰り返し歩み続けたい。
受けるより与えるほうが幸いである。聖書の言葉。
私たちは受けることばかり考えて
私にはあれがないこれがないと文句を言っている。
受けることを待つだけじゃいつまでたっても幸せになれない。
与えることには満足感がある。
受けることの欲にはきりがないけれど
自分ができることにはきりがあるからだ。
自分が与えられることを考えてみたい。
なにも大げさに考えなくてもいい。
私たちができることはたくさんある。
笑顔。感謝。挨拶。言葉をかける。簡単なことでいい。
相手と目を合わすだけでも安心したり親密さを感じるものである。
無理をしなくても頑張りすぎなくても自分ができることをやってみる。
与えれば満足できる。満足できることは幸せである。

誰かを幸せにしようと思う前に
まず自分が幸せになることである。
自分がやりたいからやっている。
自分が好きだからやっている。
自分が幸せだからやっている。
そんなふうに考えられるほうがいい。
自分が幸せでないのに
相手に感謝されたいとか
相手のためにとかで何かをすると
恩着せがましくなってしまう。
それでは相手も自分も幸せじゃない。
なぜ悪い部分ばかりに目を向けるのか?
なぜうまくいかないことばかり考えるのか?
なぜよいところに目を向けないのか?
なぜ明るい面を見ないのか?
自分に与えられたものをどう活かすか。
周りの人間関係も環境も
自分に与えられているものを幸せに考えればいい。
明るく考える。ハッピーに考える。
幸せな人間になりたい。

幸せを感じるには今に目を向けることである。
過ぎたことを後悔しない。先のことを心配しない。
いつまでも怒らない。いつまでもクヨクヨしない。
今、目の前にある幸せを感じることである。
今、飲んでいるコーヒーがおいしいなあと
味わうことである。
今、とりかかっている仕事に集中することである。
何かをしながら他のことを考えない。
何かをしながら他のことを心配しない。
何かをしながら他のことを悩まない。
今、この瞬間に力を注ぐことである。
朝の散歩で太陽の光を浴びる。
ああ、なんて気持ちがいいんだろう。
目を閉じて朝日を眺める。
太陽の光が身体にじわじわしみていく。
身体の中のネガティブが
すべて溶けでるようである。
昨日までのへたれな私なんて忘れて
新しい自分でいこうと思う。
自分以外に自分を責める人間はいない。
誰かに責められていると感じるとき
その言葉を受け入れている自分が
自分を責めている。
アイツのせいだコイツが悪いと考えるけど
それを受け入れる
自分が自分を傷つけている。
自分が自分を不幸にしている。
自分を幸せにするのは自分である。
私を幸せにするのは私の行動である。
他人を見て妬んだりするんじゃなくて
自分が幸せを感じるように行動するのがいい。
他人から見た評価ではなくて
自分が幸せを感じることをするのがいい。
何が自分を幸せにしてくれるのか?
これさえあれば自分は幸せというものはあるのか?
あっという間に時間が経ってしまうのは
どんなことをしているときか?
どんな時間を増やせばいいか?
どんな時間を減らせばいいか?
何かをしているときどういう気持ちを
感じているのか?考えてみる。
仕入先の営業マンが変わった。
おじさんからおじさんへのバトンタッチである。
こんな時いつも思うのは前の担当者のほうがよかった。
である。今回もそう思った。
新しい担当者は頼りなく、いまいちな感じがしていた。
あまり好きになれないと思っていた。
その営業マンがちょっとしたことを謝りに
昨日はひょっこりやってきた。何となく話しをしていると
「今日は謝りに回っている得意先が
こちらで3件目なんですよ。もう心が折れそうです」
とぽろっとこぼした。
そこで何だか急に親近感がわいてきた。
そうかこの人も同じなのかと思った。
私も先日から仕事で悩みを抱えたままである。
その人物への見方が一瞬にして変わった瞬間であった。