吉川聖弓さん インタビュー記事  ~『いつか』を『今』に変えた人~ | 地球が喜ぶ仲間を作る! at 千葉県で自然な生き方の追求と普及

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『1000年先へつなぐ地球家族』をテーマとし、地球人としての理想的な生き方を追求していく活動期


テーマ:

吉川 聖弓 (よしかわ まさみ)さん


仲間作りから幸せに繋がる『ヒーローへの近道』-吉川聖弓さん

パーソナル起業プロデューサー

Link Style株式会社 代表取締役



★ プロフィール


1980年2月誕生。北海道小樽市で生まれ、2歳の頃から東京都目黒区で育ち、小学校2~4年生の頃にはドイツに住む経験を持つ。18歳の時から起業支援をしたいという想いがあり、法政大学法学部卒業後に大手コンサルティングファームに就職。複数プロジェクトを常時兼任する中で管理能力と処理能力に高い評価を得て入社初年度からトップクラスの座に就く。5年間の経験を積んだ後に退職し、起業準備をしながらIT企業の取締役を務めるようになる。28歳の頃に千葉県商工会連合会で史上最年少講師となったことをきっかけに、2009年9月にLink Style株式会社を設立し、多くのファンに囲まれながら起業支援を行っている。


⇒吉川聖弓の自分らしく、美しく生きるブログ

⇒Link Style株式会社


「私、本当に何にもなかったんですよ。経歴だけを見ると、周りからはすごいエリートだったんだと思われがちなんですけど、・・・裏を返せば、エリートだったのに10年間も起業できていなかったって、一番ダメじゃないですか。」


この記事は、

・いつか(できるだけ早く)起業したいと思っている人

・同業他社が多い現代社会で生き残っていきたい人

・吉川聖弓という人物をもっと知りたい人

そんな方にとって、大きな気付き・きっかけとなるでしょう。


2011年2月24日(木)18:00


田原町にあるLinkStyle(株)のオフィス近く、

吉川さんのオススメの喫茶店にてお話を伺いました。


吉川さんは元々、僕がブログで見つけて

「なんかこの人、気になるな~」と感覚的な魅力を感じていた所、


たまたま知り合った人から紹介してもらう事ができ、

インタビューに至ったという経緯なのでございます。


実際にお会いしてみると・・・


やはり、とても素敵な方でした(^O^)/


それでは!


大吟醸あんを召しながらさせて頂いたインタビュー記事を^^


仲間作りから幸せに繋がる『ヒーローへの近道』-大吟醸あん


どうぞご堪能ください♪



★ 吉川聖弓さん ドキドキインタビュー


仲間作りから幸せに繋がる『ヒーローへの近道』-吉川聖弓さん3


Q.今はどんな仕事をされているのですか?


「起業したい!という人のための起業支援と、
ブランディングを主とした事業サポートです!」


起業したいけど、なかなかできない・・・
起業したけど、生き残っていくのが大変・・・
起業をしたら、孤独になってしまった・・・


吉川さんはそんな方々にメッセージを伝え、
起業前後のサポートをされているのです。


若くしてそれだけの実績を出し、
多くのお客様に喜ばれているのには


実は彼女の激動の経験から来る、
強い想いがあったのです。


それは、一言たりとも

聞き逃さずにはいられないほど


引き込まれる内容でありました。


↓  ↓  ↓  ↓  ↓  ↓  ↓  ↓ 


Q.元々はなぜ18歳の頃から起業支援をしたいと思っていたのですか?


「きかっけはあんまりはっきり覚えていないんですけど、

 頼られるのが好きだったんですよね。


 高校では恋愛相談を受けたり、

 大学では人生相談を受けていたりして。


 それと、自由が好きだったんです。


 誰かに指示されたりとか、縛られたりというのを死ぬほど嫌うタイプなので、

 社長になるというのが元々あったんです。


 その中でも、どうせやるなら自分と同じように好きな事を仕事にして

 イキイキ生きていく人たちを支援する仕事をしたいなというのを


 自然の流れで考えたような気がしますね。」


当時はまだ起業支援という言葉は使っていなかったそうですが、


自分がお店などを起ち上げるよりも、

「そういう事をやろうと思っている人たちをサポートしていきたい」と

大学に入った頃から思い始め、


何かやらなければと思っていたそうです。



Q.それで最初はどんな事をしたんですか?


「当時『起業』と言っても全く何も分からなかったので、


 どこの会社でも使うものとして思い付いたのは

 “会計の勉強”だったんです。


 それで法律の学校TACで

 公認会計士を目指して勉強し始めたんですね。


 だからもう大学時代は本当に

 TACと学校の行き来しかしてなくて。」


3年半くらい会計士を目指して

ずっと勉強し続けていたそうです。


しかし、吉川さんは2段階ある試験のうち

なかなか2つ目に受かる事ができず、


そうしているうちに大学も出て、

どうしようかなと思い始めたのです。


そして気付いたそうです。


そもそも起業支援をやるための『手段』として会計を学び始めたわけであって、

『目的』ではないんだと。


もう起業支援やるだけの会計知識は充分に得たのだから、

もういいだろうと。


それで勉強をパッっとやめたのです。



Q.その後ですよね、コンサルティング会社に入ったのは?


「そう、法律と会計は学んだし英語も出来るので、

 あと何が必要だろうと考えたときに、「ITだ!」と思って。


 ほーんとねぇ、、学生の発想なのね(笑)


 当時はITとかシステムとか、そういうものが分からないと、

 なんか起業ができないような気がしてて。


 それで、システム系のコンサルティングファームに入って

 コンサルタントとして修行を積もうと。」


会社の業務機関システム(人事システム・会計システム等)を

一気に入れ替えて業務改善を行っていくコンサル会社で、


プログラマーからシステムエンジニア、コンサルタントまで全てをこなし、

ずっと右肩上がりだったそうです。


入社初年度から一気に一番上のランクを獲得したり、

3ランク一気に昇格したり。


26歳くらいで4LDKの新築マンションを買ったり、

7人目乗りの新車を買ったり。


しかし!


順風満帆のエリート生活の中で、
吉川さんはまたドツボにはまってしまっていたのです。


社内で評価を出す事だけをずっとやってきたがために
会計の勉強のときと一緒で、手段が目的化してしまっていたのです。


「起業するなんて夢は、途中すっかり忘れていました。」


更に、それに気付かせるかのように、


2007年、吉川さんは


全てを失う事になってしまうのです。



⇒つづく「息が、できない!?」



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