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傍流の子育て<アメリカ大学留学編>

中学受験期からブログ開設、2025年都内私立中高一貫校を卒業。8月からは米国大学へ進学。
純ジャパ(日本生まれ日本育ち、海外経験ゼロ)息子の挑戦の軌跡と、知識ゼロから始めた親の受験情報収集のあれこれを綴ります。

2025年3月27日(木)  曇り

 

 

3月27日(米国時間)は、IVY DAY(アイビー・ディ)と言って

主要なTOP大学の合格発表日です!

 

ハーバード大学やプリンストン大学、イェール大学やコロンビア大学など

この日、全部の結果を一気に知ることとなります。

 

家族総出でPC画面に食らいつき、合否を確認する様子は

 

#College Decision Reactions

 

のキーワードで、インスタやYouTubeに

合格発表時の歓喜の様子がたくさん出てきて面白いです。

 

こういう様子を自撮りして、全世界に公開しちゃう感覚って

アメリカ人っぽいというか、なんでもお祭りにしちゃうんですね。

 

 

進学する大学で自分の価値が決まるわけではないけれど

どこの大学で何を学ぶかは

その後の人生を大きな影響を与えていくことは事実です。

 

特に、アイビーリーグ級の大学を目指している子たちにとっては

ここがまさに運命の日。

 

日本のように0.1点差が明暗を分ける、学力のみで戦う選抜ではないので

浪人して翌年に再チャレンジすることも、実質的にはナンセンス。

 

ここで入学を許可された大学に進学するのが、一般的な選択になります。

 

 

2月下旬から徐々に始まる合格発表は

3月後半にピークを迎え、この27日がいよいよクライマックスです。

 

我が家のように「圧倒的な第一志望校」が無い場合は

レギュラー・ディシジョンで複数校に出願し

合格をもらったすべての学校を、この日から改めてじっくりと比較検討するのが一般的。

 

入学の意志は、5月1日までに示せばよい仕組みとなっています。

 

しかもその5月1日までに支払うべき入学金は

だいたい300ドル~500ドル。

日本円で45,000円~75,000円ですね。

 

5月1日以降に、志望順位の高い大学から繰り上げ合格の連絡があった場合は、

すでに入学金を支払った大学へ辞退を申し出ても、なんの問題もありません。

支払い済の入学金が戻ってこないというだけです。

 

 

ということで

レギュラーの合格発表後には、各大学イベントが目白押しになります!

 

「ぜひ、うちの大学に来て~!」という大学からのアピール合戦が始まるのです!

 

アーリーで合格した息子の大学も3月前半まではおとなしいものでしたが

(レギュラーの選考で大忙しだったのでしょう)

21日(金)に合格発表があった後には

オンラインでのイベントがいくつも予定されています!

全部を真面目に参加していたら、1週間に2回くらい、オンラインで訪問することになります。

入学の意志を固めた人も

「どこの大学にしようかな~」と迷っている人も

『合格』した人は事前エントリーで誰でもウェルカムな企画です。

 

 

息子の進学先でも先日、入学を決めた「留学生」のためだけに、オンラインにて

セレブレーション・イベントがありました。

 

最初は、事務職員の方たちの自己紹介とキャンパスの案内が

その後、小グループに分かれて改めて話すという時間でした。

 

真夜中でしたが、私とパパも、画面に映らない外側からそば耳を立てていました。

 

 

息子はありがたいことに、入学審査官と卒業生との三人でのグループ・トークでした。

ほどなくして、日本人である息子のために、わざわざこの卒業生のことを呼んでくださったのだと気づきました。


お母様が日本人だというアメリカ人男性は、22年の卒業生で、冒頭に知っている限りの日本語を使って、自己紹介をしてくれました。

 

息子が大学生活についていくつか質問をすると、それらは英語で答えていましたが、少しでも大学に親近感が持てるようにと、入学審査官の方が配慮してくれた思いが伝わってきて、本当に温かい気持ちになりました。

 

他の留学生は、英語圏かインター出身の方ばかりでした。

自国から出たことがない、英語で学科の勉強をするのは大学が初めてっていうのは、本当に息子だけなのかも!?しれません。

 

この小グループセッションの時間に、入学審査官の方が、息子のエッセイの内容をとてもほめてくださいました。

なにを書いたか、どう表現していたかを細部に渡るまでよく覚えていらっしゃったことに、とても驚きました。

 

出願書類の中でエッセイが最も重要視されるとはよく言われることではありますが、「本当にここまでなのか!」という事実を改めて知ることとなり、驚きと感動が隠せなかったです。

 

さて、共に海外大を目指し、切磋琢磨して来た息子の大親友である純ジャパくんは、複数の名門大学から合格をいただき、どこにするか決めきれないので、来月渡米して各キャンパスを訪問するのだそうです。

そこで、先生方や先輩らと話をして、進学先を決めるとのことでした。

 

自分がどこで、どんなことを学びたいか

入試が終わった後に、改めてじっくり知り、そして考える時間が与えられているのは

本当にありがたいシステムですね。

 

合格したみなさんが、この先ベストな選択を得ることができますように!

2025年3月26日(水) 晴れ

 

 

卒業式を終えて早3週間が経ちますが

息子は相変わらず高校時代の友人と遊びに出かけていて

まるで高校二年生の時の生活に戻った感じ。

 

さて、この羽根のばし生活の軍資金はどこから来るかと言うと…。

 

息子、アルバイトを始めました。

 

 

受験勉強をしている頃から

「高校を卒業したら、お小遣いはなしだよ。自分で稼いでね。」

と言ってきました。

 

留学先でも、学費と生活費は親が出すけれども

お小遣いは自分で稼いでもらいます。

 

その代わり、稼いだお金の使い道について親は口出ししません。

無駄遣い、散財、オッケー。

自分で稼いでみないと1000円の重みは分からないし

また、自由に使える喜びがないと、稼ぐ意欲につながらないし。

 

 

1月下旬に一通りの出願が終わった直後から

さっそくバイト探しが始まりました。

 

私は、飲食店で接客の基本を学ぶことは本当にいい経験になるよ

とアドバイスをしました。

 

そして、インバウンド客ばかりが来るという知り合いの店にお願いし

(なんなら一日中、一言も日本語を使わない日もあるくらい、らしい)

「人生初のバイトということなら、息子さんのめんどうをみましょう!」

と、7月までの短期でも雇ってもらえることになりました。

 

ありがたいことです。

さっそく、卒業式の翌日から働き始めています。

受験勉強で!?すっかり体力も落ちているので、1回5時間程度

週3回の勤務です。

 

時には英語さえも通じないお客様もいらしゃるようで多国籍

日本人客だと想像もつかないエピソードが日々満載で

さっそく世間の荒波にもまれているようです(笑)

 

まあ、数カ月もすればむしろそっち側の世界の住人になるわけで

日本での当たり前が、決して『世界標準』ではないことを今知れたのは

良かったかもしれませんね。予行練習的な?

 

飲食店勤務のお楽しみの一つ、まかない料理は

なんとお店のメニューをそのまま出してもらえるしくみだそうで

「人生で一番美味しいローストビーフ丼を食べた」と

満面の多幸感あふれる顔で帰ってきました。

学生の身分では決して入れない高級店でのお料理の数々、親より良い食生活を送ってます。

 

 

「英語が喋れることを売りにして、もっと他のレストランでも働きたい。」

と意気揚々に別のお店も探したのですが

残念ながらどこも面接で落とされてしまいました。

おそらく、4ヶ月と言う短期限定であることが

お店側の希望に合わなかったのでしょう。

 

飲食店はどこも人手不足だと思っていたので

これらが不採用であったのは想定外でした。

 

 

気を取り直し、本人の希望はやっぱり「家庭教師」「塾講師」

 

人に勉強を教えることが本当に好きで

高校時代にも何人かに教えた経験があります。

 

「進学先が決まった高3生も面接可!」となっている塾がいくつもあったので、さっそく応募してみた!

 

ところが、進学先(海外大学名)を告げると

「国内大学の学生を募集しています…。」との返信が…涙

 

これには本人も少なからずショックを受けていました。

 

そんな数々の落選の中でも

生徒さんを紹介してくださるという企業が一つだけあり

卒業式の翌々日から「家庭教師の先生」として

新高校一年生のご家庭に通っています。

 

ちょっと前まで「高校生」で「生徒」だった息子が

いきなり「先生」と呼ばれる立場になっているなんて、なんだか笑えます。

(o^―^o)

そして、決して勉強ができないわけではないのに、勉強が好きではないと言う生徒さんに手を焼き「まるで昔の自分を見ているようだ」と、毎回ぐったりとして帰って来ます…。

1対1だから、手加減なしの全力投球なのでしょうね。

 

 

今は、毎日が慣れない労働の連続で、めちゃくちゃ疲れるようです。

すごく良く寝ています。

 

時には、ランチに飲食店で勤務、からの夜は家庭教師と言うような掛け持ちの日もあったり

 

昼間に友だちと遊んで自分だけ途中退席してディナーのバイトに行ったりと

 

時間のやりくりをつけて、さぼらず頑張って働いています。

 

これでもまだまだ週40時間勤務には程遠いので

卒業後もバイト探しは続けています。

 

良い仕事が見つかって、次の4ヶ月、充実した日々が送れますように。






2025年3月18日(火) 晴れ

 

 

高校を卒業してからも、親も子も忙しさはさほど変わらないです。

もう少し、ホッとできて

生活も落ち着くのかなと期待していましたが。

 

息子の通う学校では、全員の進路・選択が決まった後

先生と生徒を含めた学年全体での卒業パーティがあります!

結婚式の二次会が開かれるような、ステキな会場で開催されます。

 

生徒たちは正装、先生方も出席し

保護者は不参加という形

子どもたちが中心となって企画し、仲間全員と思い余すことなく

過ごすことのできる時間のようです。

 

そして来週は、卒業旅行×2回

国立大学の受験が終わったら、急ピッチで計画していました。

3月末までは、中高6年間を過ごした友だちと

惜しみなく自由な時間を過ごすようです。

 

 

また、浪人を決めた卒業生たちは先日

学校に全員集合をし、決起大会がありました。

 

彼らは一つのクラスとして卒業後も高校に所属先があり、担任の先生もつきます。

こういうところって、私立高校は本当に手厚いですね。

 

決起大会には、各予備校の職員の方々が来校し

授業内容や特徴を説明、個別の面談もその日に実施してくれるとのこと。

さらには、学校の先生方から、その子の個性と志望校に合う予備校を

提案してもらえるというから、本当に手厚いフォローで驚きました。

 

浪人生の進学先もすぐに発表できる高校の中身とは

実は、こんなふうに

卒業生に対する手厚いフォローのある学校でことの証左なのかなと思いました。

 

 

さて、保護者たちもそれぞれの集まりがあります!

高3の間、なんとなくただよう暗黙の「かん口令」からやっと解かれたような気分で

受験期あるあるのぶっちゃけエピソードで大いに盛り上がりました!

 

中高一貫校、子どもが6年在籍していたということは

ママ友との付き合いも6年続いたと言うわけで

(やっぱり中学時代に同じクラスになったママ友との付き合いが一番深い)

 

つもる話はいろいろあるし、本音を吐露するのにも

ためらいがなくて済み、本当に癒される大事な友人関係です。

 

子どもたち同様、

私たちの関係をこれからも続けて行けたらいいなと思いました。

進路は本当に多様で、学校の教育方針を現わしているかのようです。

それぞれのお子さんの将来が本当に楽しみでなりません。

 

 

考えてみれば

国内の大学へ進学する同級生たちは

もうあと2週間ほどで大学の入学式を迎えるのですよね!

なんと、慌ただしい!

 

息子の入学時期は8月中旬なので、しばらく猶予期間があります。

※それでもこれは、アメリカの大学にしてはかなり早い方です!

 

息子は、次の5ヶ月

かっこよく言えば、ギャップターム中

ふつうに言えば、プー太郎ですね。

 

プーはプーらしく、働いてもらう約束で

なんと、卒業式の翌日から、さっそく働きに出ています。

初めて自分の労働で社会に貢献し、そして稼ぐ日々。

毎日が驚きの連続のようです!

 

英語力の衰えはちょっと心配になりますが

考えようによっては、これも大事な学習機会ですね。

 

留学前に、お金を稼ぐことの大変さと尊さを学ぶことができて

良かったなと感じています。

息子は、また一段大人になった気がします。

 

子どもはどんどん先へ進んでいきますね。

私も立ち止まってはいられない。

子どもに恥ずかしくないよう、私も新しいことにチャレンジしていこうと思いました。

 

 

 

 

 

2025年3月8日(土) 晴れ

 


高校も卒業したし

大学受験も終わったし

と言うことで、ブログ紹介文とブログタイトルを変更しました。


このたびの大学進学先決定には

たくさんのお祝いメッセージを頂戴し、本当にありがとうございました!

そして意外と、将来、海外大学受験をお考え中の親御さんが多いことを知り(❗️)

え?!こんなに?と驚いています!


私も、ここに至るまで情報を得るのが本当に大変だったので

少しずつでもシェアできる機会があればと思い

今後も細々とこのブログを続けて行こうと思いました。

これからもお付き合いのほど、どうぞよろしくお願いします🙇



ニコニコ照れチュー爆笑チュー照れニコニコ爆笑



さて、合格発表があった日の晩

あまりにもサプライズな出来事に、当然何のお祝いの準備もしておらず💦

 

だけどやっぱり今夜、お祝いしたいよねって言うことになり

息子のリクエストで、行きつけの焼肉屋さんに行くことになりました。

 

 

進学先が決まって、久しぶりに見た息子の満面の笑顔。


はしゃいで大喜び!と言うよりかは

 

「本当の意味で、受験は終わったんだ。」という事実を噛み締めるかのような静かな喜びで。

 

戦いが終わり、やっと訪れたこの平安の時を味わっている表情でした。

 

 

まずは牛タンを焼きながら

ポツリポツリと息子が語り始めました。

 

 

「アメリカの大学へ行くぞ!」と決めた中三の2月

さっそく受けた、英語専門塾のレベルチェックテスト。

 

中学時代に勉強をさぼっていたツケが来て

残念ながら、海外大受験向けクラスの基準には到達できず。

 

しかし、1年間も基礎的なことをやっていたのでは間に合わないと

テスト後に、採点してくれた先生(ネイティブ)に英語で直談判したのだそう。

当時、この話は聞いてはいたのですが


どれだけ自分が必死に相談したか

そして後日、塾長と1対1で面談する時間を設けてもらうことができ、

その場では、「どうしてもアメリカで学びたことがある!」という思いのたけを話した時の様子を語ってくれました。

 

今思い返してみれば、この時が、息子にとっては大きな転換期でした。

塾を見つけたのは親だけど

チャンスは、自分で切り拓いていたのですよね。


高一のスタートから

オールイングリッシュで、日本語を介さない英語学習に切り替えられたことが、その後の飛躍的な英語力の成長につながったんだなと、今ならよく分かります。

 

 

しかし、いざ所属したクラスは全員が帰国生かインターの生徒たち

純ジャパは自分だけと言う環境。


休み時間さえ英語で話す彼らに圧倒される一方

自分はそもそも授業内容が聞き取れていないところからのスタートで。

休み時間友だちに話しかけられても、何を聞かれているのかさえ分からない!


テストでは全然点数が取れないし、自分はなんでこんな落ちこぼれなんだろうかと、なんて場違いなところにいるのだろうかと

こんなんで留学なんてホントにできるのかと

落ち込んで焦って、とにかく辛い毎日だったと話していました。


おそらく学校の先生や友達には、順調に英語力をつけていっているように見えていたと思います。

しかし、本人にとっては、頑張っても頑張っても塾でも学校でも帰国生には到底かなわず、そのたびに何度も悔しい思いをして、塾帰りには涙することも度々あったと聞きました。


そして当時、全然冴えない息子の成績に、私も心底ガッカリしていて

「本当に留学する気はあんのか?!」

と、良く問い詰めていたものでした…。

 (余計なプレッシャーだったね!)


 

高2の終わりに受けたTOEFLでは、相当な手ごたえがあったはずだったのに、現実は目標の100点に届かず。

がんばっても結果を出せない自分が情けなく、また、もうすぐ高3なのにと言う焦りもでてきて

駅から家へと帰る道で、溢れる涙が止まらず、たまらず遊歩道にあるベンチに一人座り、しくしく泣き続けた日があったと。

(初耳でした。)

 

そしたら犬の散歩をしていたおじいさんが心配して立ち止まってくれて

「大丈夫です…」と言ってもなぜか涙が止まらなくって

そしたら、そのおじいさんがとなりに座ってくれて、話を聞いてくれたんだとか。

 

 

ある時は、エッセイのアイデアに行き詰り多摩川まで行って、川を眺めながらたそがれていたら

トルコ人の方に話しかけらたと。

いろいろ話しているうちに、「僕の経営しているレストランにおいでよ。」と誘われて

おいしいケバブをごちそうになったそう!(タダで!しかも、お土産までいただいて帰って来ましたよ!)

 

 

親の知らぬところで、実は戦っていたんだと言う息子の様子を知ると同時に

見知らぬ世間のみなさまの励ましもあり

息子はこの困難な道をあきらめずに貫き通すことができたんだなと言うことを知りました。

道を作る人は、いばらの中を切り拓いて行かねばならず

誰よりも傷だらけになり、たくさんの痛みを味あわなければなりませんね。

前例がない中での受験は、想像以上にきつく苦しかったのでしょう。



 

一方で、親に言われて一番イヤだったのが

「浪人になったらどうするつもりなの!?」

と問い詰められた時だと。


いや、聞いてもいないのに、突然のカミングアウト💦

 

ええ、確かに…、何度も言った覚えはありますよ…。

 


息子は

「どこにも受からなかったら、マジでこの家を追い出される。」と

あの時は本気で恐ろしかったと、真顔で話していました。

「覚えてる?メキシカンのお店の個室でさあ!」って。

高三の、ゴールデンウィーク頃の話だそうです💦

 




 


えええ!?脅したつもりは毛頭ないんですけどね。

 

 

親は本当に心配だったのですよ

そして、ただただ知りたかったのですよ

ダメだったらどうする予定なのかと。


親が決めることじゃないでしょ?

あなたの意見を聞きたかったのよ。

 

日本の大学に行くのか

ランクを落としてでもいいからアメリカの大学に行きたいのか


当時の息子は、本当にのらりくらりとしているもんだから、

何を考えているのか、真面目に知りたかったんですよね。

ああ、親の心配なんて、実は何も伝わっていなかったのか…。

 

しかし、親の想い(愛情)って、こんなにもゆがんだ形で子に伝わるものなのかと

これは本当に衝撃の発言でした💦

 

受験生の心理状態って、マジでヤバいですね。

 

まあ、自分もかつては受験生だったくせに

我が子の心理状態を全然わかってなかったんだなと、大反省ですね。

(まあ、話してもらえて良かったです…。ホント、反省します…。)

 

 

自分の英語力に自信が持てたのは、高3の夏休みに短期留学した時だと。

大学の授業も全く問題なかったし、友だちもすぐにできた。

この、「すぐに友だちができた」ことがすごく自信に繋がったと!

滞在中、壁に感じるものがなにもなく

「ああ、自分はこの国でやっていける」と心から思えたことが、その後の出願準備を、自信をもって進められるチカラになったのだそうです。


1ドル=160円以上の頃に授業料の振り込みやらがあって、家計的には大打撃でしたが

行かせる決断は、良かったのかなと嬉しくなりました。

 費用対効果ってヤツですね。


 

「もしかしたら、合格できるかも。」

と確信に思えたのは、エッセイを書き直した時。(12月後半)

11月時点の、最初のアーリーで出願していたら、不合格だったと思うと言っていました。

 

1月まで時間をかけて、粘って準備したことが本当に良かったと話していました。

テストのスコアも、12月に大きく上げることができたことも良かったかと。

 

 

こんな話をしていると、

焼肉屋の方が「おめでとう!」と即興でプレートをプレゼントしてくださいました。

 

 





本当に、周りの方々に支えられて終えることのできた大学受験でした。

自分の努力だけじゃないことを

いつまでも胸に刻んで、留学先でまた苦しくなった時には思い出して欲しいですね。



それにしても、中学受験も十分に大変だったけど


大学受験は親子共々、もっと重苦しくって

期間も吐き気がするほど長く感じられて

家族全員の生活をも巻き込む

それはそれは、本当に大変なものでしたね。


同時に、困難には、そこからでなければ得られない果実があるのも事実。


息子は、ただ「結果」をつかむだけでなく

その工程からも多くの学びと成長があったことを

そして本人もそれを実感しているんだねと確認できた時間でした。


本当に博打みたいな海外大学受験への挑戦でしたが

そしてこれからはもっと大変で苦しいことが待ち受けていると思いますが

この日の喜びと感謝を糧に、どんな困難も乗り越えて行って欲しいです。



2025年3月6日(木) 曇り

 

卒業式の前に進学先が決まったことで

お世話になった先生方に親が直接ご挨拶ができたのは本当に良かったです。

受験を通して、親の知らない一面もいろいろ教えていただき、これもまた思い出深い時間となりました。

 

 

とにかく高校のご協力無しには全く成り立たないのが、アメリカの大学への出願準備。

メールだけでなく直接顔を合わせて、どうしても感謝をお伝えしたかった。

 

 

私が今、思いつくだけでも

1)       海外大進学カウンセラーの先生に推薦状を書いてもらう

 

2)       教科担任の先生(少なくとも2名)に推薦状を書いてもらう

 

3)       課外活動への応募のために、これまた推薦状を(しかも何度も)書いてもらった ←何度も落ちるから、その時々の担任の先生にお願いした

 

4)       奨学金の推薦状を書いてもらう ←ダメもとでも、応募資格のあるものは全部出すから

 

5)       合否に最も影響があるのがエッセイなので、何度も添削してもらう

 

6)       そもそもエッセイを書き始める前のブレイン・ストーミングは日本語で行い、これまた何度も面談してもらう

 

その他、英文の成績証明書(中三から)、スクール・プロファイル(英文での学校紹介文)の作成もお願いしました。

 

 

加えて、国内受験とはスケジュールがかなり違うので

校内で受ける模試を欠席させてもらい、その日はエッセイに集中したり

SATやTOEFL受験のために公欠にしてもらったりと、

担任の先生や学年主任の先生には、個人的な配慮もたくさんいただきました。

 

皆と同じ進路を選ばないということはそれだけ先生方には

個別の対応をお願いしなければならず、ご負担も増えますが

何一つ嫌な顔をせず、むしろこちらが申し訳なくなるくらい親身になっていただいて

 

とにかくストレスとプレッシャーがハンパない高3の1年間を

余計な心配や思い煩いがなく、出願準備だけに集中できたのは

ひとえに学校の先生方の温かいサポートと信頼のおかげでした。

 

 

卒業式後、中一の頃の担任の先生は、私の顔をみた瞬間、満面の笑みで

「でしょう~!」って。

 

当時、全く勉強せず、進路のことも考えない息子のことが心配で情けなく

何度も何度も相談してきていました。

 

そのたびに「中学男子はそんなものだけど大丈夫。そのうちね、自覚が芽生えるから!」と、見守ってくださいと言われてきました。

 

その「(だから言った)でしょう~!(大丈夫だって)」の笑顔だったのでした。

 

そんなふうに息子を信じ続けてくださった先生に、感謝しかありません。

内容は分からないけれど、素晴らしい推薦状を書いてくださったに違いありません。

 

 

進路指導でお世話になったカウンセラーの先生には、エッセイでは相当苦しんでいたが、年末年始本当に頑張りましたねと。その分、妥協なく良いものができたと講評くださいました。

特に、熱望していた街で学べることが(先生の出身地でもある)良かったと、楽しみにしているとエールをいただきました。


 

国内大受験の英語の先生からは

「帰国英語の先生方が、マメ太くんが帰国生におじけづくことなく、積極的に発言していてとても良い。」と職員室で話題になることが多かったと教えてくれました。

やっぱり最後の1年だけだと、お客様状態で終えてしまう子も多いのだとか。

 

家では、勉強している姿を最後まで見ることができませんでしたが、

息子なりに本気の覚悟を持って海外大進学に賭けていたんだなということを、先生方を通して今更ながらに知りました。

 

学年主任の先生からは、高一の研修旅行の際、息子と話した時のことを伺いました。

「そう言う勉強をしたいなら、アメリカしかないよね」と納得できるものがあったと。

早い時期から学びたいことが具体的で、なりたい将来像が明確だったから受験にも成功したのでは、と話してくださいました。

 

 

いろんな先生方から初めて聞くエピソードも多く

改めて、多くの方に関わってもらいご指導いただく中で息子は成長していたんだなと言うことを知る時間となりました。

 

親にとっては感無量、ただただ感謝の気持ちでいっぱいですが

息子自身も、先生方や友人たちのお陰で今の自分があることを忘れずに、感謝し続ける人であって欲しいです。


そして今度は、いつか母校にすんごい恩返しができるくらいの器になっているよう、

これから先も成長を続けてほしいと願う一日でした。

2025年3月5日(水)  雨のち曇り

 

 

今週は、一気に冬へ逆戻り。

寒い日々が続きますが、こんな寒さも吹き飛ばすくらいの

熱くて感動的な卒業式に参列

 

マメ太、高校を卒業しました!

 

いや~、6年間と言うのはあっという間のようで

しかし思い返してみると、本当にいろんなことがありました…。

人間の10代という成長期の6年間の、なんと濃いことよ。

 

 

二転三転と、ドタバタで終えた中学受験。

学校の特徴も様子もよく分からず

不安と期待で迎えた入学式。

 

最初の半年こそは楽しそうに過ごしていたものの

徐々に同級生たちの尋常ではない優秀さと勤勉さに圧倒され

さらには先輩たちの圧におののき

普通に登校することすら危ぶまれた中学一年生。

 

学校に行くことさえ、ただただ辛い時期も経験しましたが

本人も親も

先生方の長い目で見る包容力と、きめ細やかなケアに助けられ

なんとかこの暗黒期を耐えしのぶことができました。

また真の親友とは、ただ一緒に過ごして楽しいだけでなく

心を開いて、辛いこと、恥ずかしいことを分かち合う存在なのだ

と言うことを互いに学び合った時期でもありました。

 

 

そして、コロナ禍による登校規制で始まった中学二年生

学校と少し距離ができた期間は、息子にとっては返って

自分を見つめ直すよい休息期間にもなったもようでした。

 

しかし、遅刻回数は学年2位という不名誉な記録も達成…。

 

時期を同じくして、成績も下降曲線を真っ逆さまに…。

 

 

中学三年生になると

世間一般には高校受験一色の学年だからと

学校の勉強進度はいったん緩まり、代わりに校外学習や職場体験などを通して

将来の進路について考える時間がたくさん設けられました。

まだまだ反抗期特有の扱いにくさは続いたものの

この頃は友だちの存在に本当に助けられ、学校行事に没頭し

いつの間にか遅刻も欠席もせずに誰よりも学校生活を謳歌していました。

 

 

高校一年生になる直前

家族で将来の進路の話をして海外大学を受験することを確認。

国内大受験はしないことも確認し、英語塾に通い始めました。

今振り返ると、これは息子の人生にとって大きな転機となる家族会議の時期でした。

議題が多すぎて、複数回にわたって実施。

これを機に、GPAの獲得、課外活動と言ったアメリカ大学の出願に重視される項目に注力する出願準備を始めました。

同時に、TOEFLとSATへ向けての学習もスタート。

しかしまだまだお子ちゃま、反抗的な態度がやまぬ中で

親が手を差し伸べてやれることは限られていた上に

本人の自覚も依然乏しく、結局成績も上がらず

親の忍耐が最も試された時期でもありました。

 

 

高校二年生になって

勉強に対して少しは本気モードを見せるものの

中高一貫校の中心学年

部活や学校行事での責任が増し、恐ろしいほどに忙しくなりました。

6学年を束ねることの、なんという仕事量!

同時に一貫校の醍醐味でもある中心学年です。

また、海外大受験に必須の校外での課外活動も本格化し

家では寝転がっている姿しか見られないほどに毎日とにかくヘトヘトに疲れ切っていました。

その姿を目にするにつれ、さらに親の忍耐が試される時期でした。

 

 

最終学年、高校三年生になった息子は毎日ストレスフルでプレッシャーを重く感じる日々

本当にただ無口で繊細で扱いにくく…。

焦るは親ばかりでありつつも、もうすでにカウントダウンの時期。あれやこれやの締め切りの確認にあたふたして余計なプレッシャーを与えてしまいます。

そしていよいよ出願校の最終決定

毎週オンラインで大学の説明会に参加したり

都内で開催される留学セミナーに親子で手分けして参加したりする中で

あっという間に時は過ぎていきました。

 

 

卒業式で、先生方の御挨拶のお言葉の中に何度も出てきた言葉は

「この学校で6年間を過ごすこと、卒業することは決して簡単なことではない」

というお話。

 

優秀な同級生ばかりに囲まれた中で、自分の凡庸さを突き付けられる日常は

中学受験という試練を通過した後でも

簡単に受け入れ、消化できるものではない、という意味でしょう。

それは、程度の大小こそあれ、どの子にとっても等しく感じる羨望と焦りだったことでしょう。

 

この、普通に過ごしていれば、自己肯定感がダダ下がりしかねない母集団の中で

息子は自分の強みを見つけるために日々もがき

自分が圧倒的ナンバー1になれる分フィールドを見つけ

さらに自信を持って輝ける進路を掴み取るために6年と言う時間をかけて

己の妥協と劣等感と戦い続けていたのだという事実を

今さらながら親も気が付かせてもらったのが卒業式の時間でした。

 

 

個性の強い同学年の集まりの中で

それぞれの子が居場所が見つけられるようにと

さらにはもっと輝けるようにと導いてくださった先生方の圧倒的な指導力には

ただただ感謝と畏敬の念しかありません。

 

中高一貫校で過ごす6年間は

中学受験の何倍も、親にとっても子にとっても精神的にすり減る大変な日々でした。

同時に、大変だからこそ喜びと感動はいつだって倍増で、人生にサプライズばかり

振り返ってみれば、ありえないくらいに中身が濃くいっぱいに詰まった年月でした。

息子にとっても、私たち親も、退屈でマンネリに感じる日が一日たりともないエキサイティングな日々でした。

 

 

一緒に2019年の中学受験を戦った同級生の親御様

ご卒業、誠におめでとうございます!

この先の子どもたちの未来が、さらに明るいものとなっていきますように。

2025年3月2日(日)  晴れ


みなさま、いつもブログを読んでくださり誠にありがとうございます。

前回記事では、望外のお祝いを頂戴し、大変恐縮しております。
みなさまのやさしさと温かさに触れ、今までの苦労と苦悩が(笑)
一瞬にして癒される時間となりました。

 

いや~、息子の進学のためにどれほどのエネルギーを費やしてきたのだろう…。

3年間は本当に長かった…。そして、いろいろあった…。



息子はさっそく、学校の先生方にメールで報告していました。

一番には、海外大学進学カウンセラーの先生
出願校の選出、エッセイの添削、TOEFL 、SAT対策のサポート
そして「カウンセラーからの推薦状」も書いていただきました。
秋以降は週一回ペースで面談してくださり、出願準備の様子を
フォローしてもらい、受験学年では間違いなく、最もお世話になった先生です。


次に、6年間のうちに2回担任を受け持ってくださり
メインの推薦状を書いてくださった元担任の先生
中一からの息子をよく知る先生には、エッセイのブレインストーミング
日本語で思考を深めていく時間を何度も持っていただき
また、TOEFLやSATで思うような点数が取れず涙した時には
そのやるせない気持ちを受け止めて、慰めてもらっていました。
息子にとっては、親以上に頼りになる存在だったかと思います。


そして、高3の担任の先生
初めて受け持っていただく先生でしたが
国内受験向けの模試が、息子にとって重荷に感じていた時には
受験せずとも大丈夫なように学年内で何度も調整してくださいました。
息子が、海外大専願に集中できるように外野の声をシャットアウトしてくれていたのは

この担任の先生のおかげです。


それから、学年主任の先生
中一からずっと心配ばかりかけてきて
初めて!?先生を安心させるご報告をすることができました。

職員室にご挨拶に伺った時の第一声は

「おめでとう!」ではなく「また、背伸びたな!」だったそうです(笑)


あとは、帰国英語の先生(外国人)
一年だけの所属でしたが、二通目の推薦状をお願いした先生です。
息子の英語力を大変高く評価してくださり
Narrative Writingの技術を惜しみなく磨いてくださいました。

最終学年で英語力が飛躍的に伸びたのは、この先生のご指導のおかげでした。


最後に、教頭先生
初めて英語を学ぶ中一で、授業を受け持ってくれていた先生で
海外の大学に行きたいという息子に、海外の未知の世界をたくさん
見せてくれた先生です。
この先生のおかげで、英語が得意な子たちが多い環境の中で
なんとか英語嫌いにならず、むしろ英語を得意科目にする楽しさを教わりました。


さっそく先生方にアポイントを取り、久しぶりに登校しました。

偶然、エレベーターホールで教頭先生と会い
「おめでとう!よくがんばったね。」と声をかけていただいたそう。
(あらかじめ、メールしておいて本当によかったね💦)

そして、海外カウンセラーの先生が会議室を予約してくれていて
そこで1時間ほどゆっくり話すことができたそうです。


帰宅した際、息子の最初の感想が
「〇〇先生って、あんなにステキな笑顔でお話される先生だったんだね!
初めて見たよ。」

…って

それって、裏を返せば、どれだけ先生に「渋い顔」をさせて
面談してきたってことなんでしょうねぇ。

そして、先生も息子の「まさかの」合格に嬉しくなっちゃったようで

ぶっちゃけ話がすごかった!
実は、学年団の先生方が息子の勉強態度を本気で心配して
何度もカウンセラーの先生の元に来て、出願準備の様子を質問されたらしいのです。


そんなこと、息子は初耳で!もちろん、私もまったく知らなかったです。
全部、カウンセラーの先生がブロックしてくださっていたのですね…。

ありがたいことだったが…、それにしても、やっぱりそうだったか…。

家では全然勉強している様子がなく、「大丈夫なのか?」と

親は心配でたまりませんでしたが
やっぱり学校でも同じく、やっているそぶりがなかったということなのですね。
そうだよな、人ってそんなに変われないよな。


推薦状を書いてくださった元担任の先生には
「やったね~。おめでとう。高3は基本的に毎日顔が死んでたから(爆)
めっちゃ心配してたよ~。」なんていう返信があったと聞きました。

私からの御礼メールには、もうちょっとオブラートに包んだ表現になっていて
「高3では毎日辛そうな顔をしていたから、出願準備が本当に大変なんだろうなと
心配していました。」とありました…。


これを頑張れば、合格率80%とか、目標あと何点分とか
安心材料を最後まで得ることのできないのが海外大学への挑戦。

今の自分にできることを自分で見つけ

それを信じて頑張るしかない道の中で

 

どれだけ多くの方にご心配をおかけし
また、ありえないほど多くのご協力をいただき

そして過ごしてきた一年間だったのか
改めて知る時間となりました。


息子自身にも思うことがなにかあったかな。

「いや~、やっぱね、ちょっと日本語の授業は手を抜きすぎてたわ…。」
って、反省していました💦

好きなことにはとことんのめり込みますが
興味のないことには、まったく努力を示さない性格は
小学生のころから結局何も変わっておらず…。


進学する大学は、幸い履修義務のクラスが少なく
基本的に、興味のあるクラスだけを選択できるタイプのカリキュラムなので

ちょっとそこは安心しています。
今度こそは、どのクラスも手を抜かずに一生懸命勉強してほしいものです。


合格の報を手にしたとき
「大学行ったら、めちゃくちゃ勉強がんばるよ!すごく楽しみだ!」
と目を輝かせていましたが…

高校の先生方から伺った

「今だから言えるエピソード」を知り背中が寒くなった私は、
その決意が本物で、あと4年間、本当に続いてくれるといいなと
心から願ったのでした…。

2025年2月27日(木)  晴れ

 

 

国立大学を受験された同級生のみなさま

本当にお疲れ様でした!!!

 

今は、入試を無事に終えられたことへの達成感と

結果が出るまで、まだしばらく時間がかかることへの焦燥感とが

交互に顔を出す、なんとも言えない複雑な心境の時期かと存じます。

 

 

我が家も、1月15日にいったん18校の出願を終えた後

残された選択肢が「ただ待つしかない」という身のつらさをひしひしと味わっていました。

 

 

そして、迎える合格発表の日。

 

 

首を長くして待っていたはずなのに、なんだかまだ知りたくない気持ちもあり…。

 

なんという恐ろしさ!

 

息子の(と言うより家族全員の)圧倒的な第一志望校には

ダメ元、玉砕覚悟のアーリー・ディシジョンで出願しました。

 

そうなのです、合格発表の一発目が、いきなり第一志望校なのです。

 

 

さて、日本で言う合格発表というのは

当たり前のように、日時が宣言されますよね。

 

 

○月△日 午後××時 発表

 

と言うように。

 

 

どうやらこれって、世界標準ではないようです…!

 

 

第一志望校のアーリーの合格発表日は

 

By Feb.×× とありました。

 

え?Byってなに?

 

※日本語訳: 2月××日までには

 

 

 

そこはせめて、On じゃないの!?

 

※日本語訳 2月××日に

 

 

時間指定がないだけでなく、なんと日程すらも、あいまいなのです💦

 

 

これは、待つ身にとっては、つらいですね…!

 

 

 

「合格発表は、アメリカ時間だろう。だとすると、早くても明日の夜中か…。」

 

日本時間で言えば、「その日」は明日という日の前の晩

 

つまり、アメリカ時間で考えればまだあと二晩も先のことなのに

その日を迎える夜は、私がまったく眠れなくなってしまったのです。

 

 

昼間の疲れが身体を襲い、うつらうつらと眠気は訪れるのですが

すぐにハッと覚醒してしまう。そしてなかなか寝付けない…。

いつの間にか寝落ちするも、また目がさえてしまうの繰り返し。

身体中が、極度に緊張しているのが分かります。

 

しまいには謎の吐き気に襲われ、もう胃がひっくり返りそうな気持ちの悪さでした。

 

結局、まったく休まらない一晩を過ごし、朝を迎えました。

子どものこととなると、親というのはめっきり弱いですね。

 

 

「いやいや、今日じゃない。

日本時間で言えば確かに今日は、2月××日だけど

あれは、アメリカ時間での2月××日のことだろう。」

 

By~の意味するところが気になりつつも朝の支度を進めていると

なんとなく「虫の知らせ」を感じました。

スマホを開けると

 

すでに10分前に大学からの新着メールがありました!

なんと!やっぱり「日本時間の今日だったのね!」

 

メールには

 

Application Update

 

のタイトルが!!!

 

 

 

慌てて開くと

 

Dear Mameta,

 

An important update regarding your ○○大学 application has been posted online.

You may access your decision letter by logging in to the applicant portal where you tracked your application documents.

 

Thank you very much for your interest in ○○大学.

 

 

あなたの○○大学出願に関する重要な最新情報がオンラインに掲載されました。

申請者ポータルにログインすると、決定通知にアクセスすることができます。

 

この度は○○大学にご関心をお寄せいただき、誠にありがとうございました。

 

 

 

 

いや~、こわい、こわい、こわい!

 

息子はまだすやすやと眠っています。

起こすべきか、

それとも彼のタイミングを待つべきか

 

私はあと30分で出かけなければなりません。

 

 

もう結果が出ていると分かった中で

一日中モヤモヤしながら外で過ごすことは、もうできない!

どちらの結果でも構わない

結果を知ってから出かけたいと思い

 

むりやり息子を起こしました。(;^_^A

 

 

「□□大学から、メールが来てるよ!」

「結果通知が、届いたよ!」

「ねぇねぇ、すぐに開けてよっ!」

 

 

息子は、少し目を開けて私の存在を確認したのち、また目を閉じてしまいました。

 

「今じゃない」と言わんばかりに…。

 

 

「ママ、もう出かけないといけないからさ

結果、今確認してほしいんだよね。

そうじゃないと、一日中気になっちゃうからさ。」

 

息子は

「え~、二度寝したいのにぃ~。」とでも言いたそうな、めんどくさそうな顔で

しぶしぶ起き上がり、自分のスマホでメールの着歴を確認

 

 

(あ~!今はみたくないっ!)

と言う声が聞こえてきそうな勢いで再び頭から布団をかぶってしまい

しばらく動かないままでした。

 

「今はまだ無理なのか…」

と思い、私が立ち去ろうとしたところ

息子はゆっくりと起き上がりスマホを眺めていました。

 

そして、何かを思い直したように

今度はPCを立ち上げ、ポータルサイトにアクセスしました。

 

 

ポータルサイトは 

 

今までには見たことのない画面に変わっています。

トップには、

 

Mameta, your admissions decision is ready.

 

の文字が!

 

 

STATUS UPDATE

 

その下には

 

View Admissions Decision

 

と言う新しいボタンが現れていました。

 

 

息子は何度もため息をつきながら

いよいよ覚悟を決めて

 

なかなか、クリックができません。

 

 

このボタンを押したら、もうその瞬間から今までとは同じ世界線にはいられなくなります。

それが、合格であろうと不合格であろうと

昨日までとは違う別の道が現れ、そこをたどる人生の始まりです。

 

第一志望校のなんたる重みよ…。

 

 

怖くて画面が直視できない!

 

息子は、ゆっくりと

 

View Admissions Decision

 

のボタンをクリックしました。

 

 

遠めから眺めていた私の目に映ったのは

PCの画面上部から降り注ぐ、落ち葉のアニメーションでした。

 

 

花火や大学のロゴが舞う華やかな合格画面は先輩方のブログなどで見たことがありましたが

落ち葉とは、正直初めて見る映像です…。

 

「落ちた人の画面にも、アニメーションってあるのか…。」

 

息子は、しぶい顔のまま画面に見入っています。

私の位置からは、画面の文字が読めませんでしたが

息子のしぶい顔からすべてを読み取りました。

 

いや、読み取ったつもりでした。

 

 

しばらくして、息子は相変わらずのしぶい表情のまま

「受かってる…。」と、つぶやきました。

 

 

 

 

え!?

 

えええ!?

 

ええええええ!?

 

 

 

 

私も、PCの画面に近づき確認すると

落ち葉だと思っていたあのアニメーションは

なんと大学のキャラクターたちだったのです。

 

(なんとも紛らわしい色だ!!!)

 

そう言えば、なんかよく見えないなあと思っていたら

私はまだ朝起きてからコンタクトレンズをつけていませんでした💦

それすらも忘れるほどの、慌てっぷりです。

 

 

 

息子がしぶい顔をして画面を見つめていたのは

合格レターがとても長い文面だったからなのでした。

眉間にしわを寄せ、目をしばしばさせていたのは

涙がにじむのを、こらえていたのでしょうか。

 

そこには、これまでの努力と勤勉さをねぎらう言葉と

才能と将来性への賛辞が述べられ

これからの成長とキャンパスへの貢献を期待する言葉がつづられていました。

 

この合格を掴むまでに大変だった数年間の苦労のすべてをくみ取ってくださる

慈愛と寛容に満ちた文章でした。

これらの表現はいかにもアメリカっぽくて、なんだかこそばゆい感じです。

 

本当に、入学審査官からの愛が詰まった「お手紙」でした。

 

 

ここに至るまで、常に不安と恐怖がつきまとう出願準備の数年間を過ごしてきましたが

それらすべてが報われた瞬間でもありました。

 

 

もちろん、息子は二度寝をしませんでした。

そして、これまでにお世話になった方々は、数知れず!

 

さっそく、合格の報告をしたい方々の一覧表を作り一件ずつ丁寧に連絡を始めていました。

 

 

本当におめでとう!!!

 

我が息子ながら、すごいことをやり遂げました。

 

合格と共に、収入に基づく給付型の奨学金も、大学側から提示いただきました。

私も書類づくりをがんばりました。(^▽^)/

 

 

そして、ここまで本当に長かった💦

この長い文章も、最後まで読んでくださったみなさま

ありがとうございます!

 

 

みなさまからのたくさんのサポートと励ましのおかげで

息子は8月から、念願の大学生@アメリカです!

 

4年間、がんばってこいよ~。

 

 

2025年2月8日(土) 晴れ

 

 

私は、自分の人生において

自信を持って他の方にお勧めできることを

それほど多くは持ち合わせていません。

 

 

人生とは、常に選択と決断の連続。

その中でも、子どもの人生を左右する決断は

自分自身のこと以上に緊張し、悩み、葛藤するものでした。

 

高校三年生の息子、

あと半年もしないうちに、親元を離れて自分で自分の人生を歩み始めます。

 

かけがえのない、愛する息子に与えたものの中で

「中学受験という経験」と、「私立中高一貫校での6年間」は

この道を選んでよかったと心から言える

何にも代えがたい貴重な宝物となりました。

 

 

中学受験をさせて、本当によかった。

この学校に合格できて、進学できたのは

我が家にとって幸運以外の何物でもありませんでした。

 

 

中学受験は、決して万人向けの選択肢ではありません。

なおかつ、ほとんどの方にとっては

当初に欲しかったものとは違うものを手に入れる結末が待っている

イベントでもあります。

 

それでもなお、少子化の時代においてこの道を選ぶご家庭が増え続けているのは

私と同じようにこの道に特別な価値を見出す親御さんが多くいらっしゃることの

証左なのでしょう。

 

 

息子が受験勉強を始めた9年前よりも

今の方が、中学受験における学習環境が多様化していますね。

 

スタート時点から大手塾には入らずに、家庭学習と個別指導だったり

クラス替えのない小規模塾のみで学びを進めたり。

 

子どもの性格や、家庭事情に合わせて学習環境を選べると言うのは

とてもよい傾向にあるように思います。

 

子どもの性格や個性は変えることができないので

子どものことを一番理解している親御さんが

お子さんに一番合う学習環境を見つけてあげて欲しいです。

 

息子は、小3の2月に大手塾にて中学受験の勉強を始めました。

一番上のクラスには行けたものの、勉強が楽しそうではない姿が心配で

結局やめることにしました。

そして、半年ほどの家庭学習のあと、クラス替えのない小規模塾に入りました。

 

 

中学受験勉強をする中で

時間を気にせずにじっくり考える学習環境を与えることができたのは

のちの中学高校での自学姿勢に生かされたような気がします。

 

進学した中高では

少なからず、鉄緑会や東進などで先取り学習をする同級生たちがいる中で

英語以外は通塾しなかった息子の学内の成績が

それなりに満足できる立ち位置をキープできたのは

自学の姿勢を中学受験時代に身に着けることができたからかなと思います。

 

ちなみに、アメリカの大学受験で必要となったSATの数学は

「中学受験の算数の知識でほとんど解けた(笑)」と言っていました。

 

 

6年前、息子がお世話になったIINA算数教室の榎本先生。

ただ単に、算数が好きになる、得意になる、というだけでなく

 

中学受験を通して、実は親が子に対して一番願う

自学の姿勢を身に着けることを子どもたちにご指導してくださいます。

勉強合宿とか、テストの時間とか、宿題さえも工夫されていて最高でした!

 

新4年生からじっくりご指導を受けられるご家庭をとてもうらやましく思います。

 

先生の授業は、何と言っても親も一緒に教室で座って学べるところ!

授業料から考えると、二倍美味しい!?

親同士にも学習仲間が増えて

子どもが学ぶ姿を間近にみることができて

子どもがこんな難しいことに取り組んでいるんだと、子に対する尊敬が増して

ついでに親もちょっと賢くなれて

 

中学受験を通して子育てをさらに楽しみたいご家庭にはすごく向いています。

 

算数の指導法が独特で、神がかっているのはその通りなのですが

それだけでなく、算数の学習を通して

自分で調べ、自分で考える力を、親にも子にも身につけさせてくれる指導内容が

一番お勧めしたい理由です!

 

 

という流れの中で、うちの息子は

他の人がめったに選ばない進路を選ぶことになりましたが💦

中学受験を、ただの受験勉強だけに終わらせたくないご家庭にとっては

一見の価値ありの授業です。

 

さっそく、親子でGO!