俺が以前勤めていた某百貨店。
新卒採用ということもあり
見るもの聞くものすべてが新鮮だった。

おじぎの角度がどうの、包装の仕方がどうの
伝票の切り方がどうの、研修は死ぬほどダルかったが
何とかやりとおし、いざ配属・・・。


知的な俺としては汚れ仕事の少なそうな
販売計画とか人事とかスタッフ系が志望だったが
持ち前の運の悪さでしっかりと「食品部」に配属され、
白い帽子に白衣を身にまとい
「今日はリンゴが安いよ~と大きな声で
夜の献立に悩む奥さんに商品を売り込んでいた。


仕事はスーツ姿でするもんだと
白衣の自分の姿に違和感を感じていた
まだ青臭い頃の俺。


その時に出会った職場の1コ上の先輩、
島村さん(仮名)のことは今でも鮮明に記憶に焼きついている。

俺が浪人をした関係で
島村さんは年下だったが職場では先輩という
いびつな関係だった。

はっきり言って年下を「先輩」と呼ぶのも
抵抗があった。最初は。若い頃ってそんなもんだろ?

しかも島村さんは小中高とサッカー部のスポーツマンで
筑波大学卒業、大学では合気道部で
性格も男らしく、ルックスも良く、ユーモアのセンスまである、
何ていうかパーフェクトな人だった。

俺と言えば大学時代
講義にほとんど出席せず、卒業もギリギリで
パチンコにのめり込み、パチスロのサクラのバイトをし
サークルなんて一日で辞め、寮の仲間と麻雀に勤しみ
ダラダラと食っては寝の生活を繰り返していたグータラぶりで
ルックスは勿論のこと、性格まで悪いと言う
ヘレンケラーも真っ青の3重苦、どころか6重苦の
ダメ人間だった。

そんな訳で新人と言ってもチヤホヤされることもなく
女性の多いのが唯一の役得の職場であっても
社内、社外の目はすべて島村さんの一挙手一投足に集まり
俺は昼間の星のごとく
全く誰からも関心を持たれることはなかった。

実際に島村さんを見込んで
「ウチの娘と会ってくれないか?」と
近くで数店舗のブティックを営むおっさんから
見合い話まで来たほどだ。


食品部の生鮮部門の朝は早い。
10時の開店までの準備は本当に大変だ。

職場の近くにアパートを借り
通勤もチャリンコで10分ほどの距離のくせに
むくんだ顔をして遅刻を繰り返していた俺とは違い

遠方からの電車通勤にもかかわらず
俺が来る何十分も前から出社し
凍えそうに寒い朝でも笑顔を絶やさず黙々と
アトピーでボロボロになっている指先にバンドエイドを貼り
冷たい氷の張ったシンクの中の野菜を手際よく
処理していた島村さん。

弱音とか愚痴なんて聞いたことがなかった。
23歳の分際で。それはもう立派なもんだった。

世の中にはスゴイ奴がいるもんだ。
俺もいつの日か「大人の男」と呼ばれたい。
マジでそう思った。

長い前フリだったが、社会人になると
年なんて関係ない。
年下でもすんごい奴は沢山いるし
年上にもダメダメな人間はあまた存在する。



昨日俺の携帯に来たメール。


『韓国からだよ!ブログのアドレス教えろ!』


『韓国の○○だよ!無視せず、ブログのアドレス教えろ!』


と立て続けに2件同じ人物からメールが来ていた。
帰りの新幹線の中でやっとそのメールに気づき
「いやピョン」と一言だけ返信したら



「これだけ待たせて返事はそれかい。
ひど~。嘘つき~。サイテ~。な男」

と言う幼稚な文章のメールが速攻返ってきた。



「「送って下さい」は?」と返信したら
気分を害したのかそれっきり返信はなかった。



今年36歳になるこの男 、みんなはどう思う?
俺、かかわり合いになるの嫌なんだけど。