『あったねーそんな問題。
中学生の俺はあの問題を解いた菅田をちょっとすげーとおもった。
今となっては奇妙な問題を解いたことを
自慢したかっただけなのかなって思うけどね。
しかしブログのなかのネタふりもかなりのものになってると思う。
俺は俳句のときのネタふりが好きだな。
俺なんてただ単にガイジンの俳句みてもそのまま素通りしてしまうと思う。
それにしても菅田は今も生きてんのかね。
あれからもう20年近いからね。』
俺のブログの熱烈なファンサコッペからのメールだ。
(『今日も生ブログ 』参照)
・・・それとは対照的に・・・
「久しぶりに読んだけど、お前のブログおもしろくないで
」
自分は一向に更新をせず
しかも俺の1000倍は、つまらないブログを垂れ流しているのは
見事なまでに棚上げだ。
「ネタ尽きてきたんちゃうんか?
」
電話の向こうでニヤリと笑うのが目に見えるようだ。
どうせ2秒後にはすべて忘れる鳥頭のくせにぃぃ。ウガ━。゚(゚≧皿≦*゚)゚。━ァァッ!!!
なぁ、タカシ。凸(`⌒´)ノ
俺のブログは別に笑いを取る為のモノではなく
日記をつける習慣のない俺が
「今」という時間を掴み取り整理し
未来で過去を偲ぶために作成しているものだ。
よって明確なテーマはなく
日々の出来事や思い出したことを
ダラダラと書きなぐっているに過ぎない。
だから「ネタ」と言われるエンターテイメント的な要素というのは
俺の周りに変人が多い事で生じる副次的なものだ。
よってタカシの存在と同様に俺のブログも
×笑わせている
○笑われている
という捉え方を俺はしている。
俺のような人間にとってブログとはそんなモンだ。
ネットで友人や彼女を作ろうとするという
現在の風潮が理解できないアナログ人間が
「日記」代わりにつけている記録だな。
ただ一方的に発信する以上
書いてもいい人、悪い人というのは存在するわけで・・・。
俺のブログに登場する変人たちは
手を伸ばせばフォローできる距離にいるというのが大前提である。
またユーモアを解するセンスと度量の広さも必要だ。
彼らはそれを満たしている。
「本にしようと思う」と言うと
「調子に乗って・・・」と誤解を受けてしまう。
別に「商業ベースに乗せて大儲け!」と画策している訳ではない。
そんなおもしろい事を書いているはずは無いし
俺のクソブログにそんな価値など1ミリたりともないのは自覚している。
自惚れもそこまでいけば大馬鹿野郎だろう。
そうではなくて現在ドリコムで書いているが
もしもドリコムが無くなってしまったら
俺の苦労して書いたこれらの日記も永遠に消滅してしまう。
だからと言って
パソコンからわざわざプリントアウトして保存もウザイし。
本にしておけば保存も楽だ。
そこまでの過程もおもしろそうじゃないか?それだけの事。
しかも2冊あればいい。
1冊は自分用。
もう1冊は「ヨッシー用」で(笑)
そんな俺の深謀遠慮も理解することなく
自分も散々楽しんでたくせに
職場ではブログなんてとっくに廃れているし
ブログ?なんですかそれ?状態である、ということを
何故か自慢げに語るタカシ。
最後に、こう言った。
「お前、自分フェチか?」
イヤン(*ノ∇)ゝ
中学生の俺はあの問題を解いた菅田をちょっとすげーとおもった。
今となっては奇妙な問題を解いたことを
自慢したかっただけなのかなって思うけどね。
しかしブログのなかのネタふりもかなりのものになってると思う。
俺は俳句のときのネタふりが好きだな。
俺なんてただ単にガイジンの俳句みてもそのまま素通りしてしまうと思う。
それにしても菅田は今も生きてんのかね。
あれからもう20年近いからね。』
俺のブログの熱烈なファンサコッペからのメールだ。
(『今日も生ブログ 』参照)
・・・それとは対照的に・・・
「久しぶりに読んだけど、お前のブログおもしろくないで
」自分は一向に更新をせず
しかも俺の1000倍は、つまらないブログを垂れ流しているのは
見事なまでに棚上げだ。
「ネタ尽きてきたんちゃうんか?
」電話の向こうでニヤリと笑うのが目に見えるようだ。
どうせ2秒後にはすべて忘れる鳥頭のくせにぃぃ。ウガ━。゚(゚≧皿≦*゚)゚。━ァァッ!!!
なぁ、タカシ。凸(`⌒´)ノ
俺のブログは別に笑いを取る為のモノではなく
日記をつける習慣のない俺が
「今」という時間を掴み取り整理し
未来で過去を偲ぶために作成しているものだ。
よって明確なテーマはなく
日々の出来事や思い出したことを
ダラダラと書きなぐっているに過ぎない。
だから「ネタ」と言われるエンターテイメント的な要素というのは
俺の周りに変人が多い事で生じる副次的なものだ。
よってタカシの存在と同様に俺のブログも
×笑わせている
○笑われている
という捉え方を俺はしている。
俺のような人間にとってブログとはそんなモンだ。
ネットで友人や彼女を作ろうとするという
現在の風潮が理解できないアナログ人間が
「日記」代わりにつけている記録だな。
ただ一方的に発信する以上
書いてもいい人、悪い人というのは存在するわけで・・・。
俺のブログに登場する変人たちは
手を伸ばせばフォローできる距離にいるというのが大前提である。
またユーモアを解するセンスと度量の広さも必要だ。
彼らはそれを満たしている。
「本にしようと思う」と言うと
「調子に乗って・・・」と誤解を受けてしまう。
別に「商業ベースに乗せて大儲け!」と画策している訳ではない。
そんなおもしろい事を書いているはずは無いし
俺のクソブログにそんな価値など1ミリたりともないのは自覚している。
自惚れもそこまでいけば大馬鹿野郎だろう。
そうではなくて現在ドリコムで書いているが
もしもドリコムが無くなってしまったら
俺の苦労して書いたこれらの日記も永遠に消滅してしまう。
だからと言って
パソコンからわざわざプリントアウトして保存もウザイし。
本にしておけば保存も楽だ。
そこまでの過程もおもしろそうじゃないか?それだけの事。
しかも2冊あればいい。
1冊は自分用。
もう1冊は「ヨッシー用」で(笑)
そんな俺の深謀遠慮も理解することなく
自分も散々楽しんでたくせに
職場ではブログなんてとっくに廃れているし
ブログ?なんですかそれ?状態である、ということを
何故か自慢げに語るタカシ。
最後に、こう言った。
「お前、自分フェチか?」
イヤン(*ノ∇)ゝ
