『東京人は冷たい。』


『道を聞いても教えてくれない。』


巷でよく言われることだ。


19歳の秋、東京は中野で浪人生活を送っていた俺も
東京人の冷たさはハッキリと感じていた。


日本で一番乗降人数が多いとされる新宿駅を
利用していた俺。


「すみません、京王線の乗り場ってどこですか?」

田舎モノなので「どこ」「こ」にアクセントを置いて聞いてみる。



「あー?、ちょっと分かんない。」


こちらに興味を示すわけでもなく
言い捨てて足早に去っていくサラリーマン風の男。

「悪いこと聞いたのかな?」
意味もなく自分を責めてた純朴な当時の俺。



とは言え、地方から鬼のように人が押し寄せる
東京だけに変な奴も多い。


浪人時代の知り合いも街頭で
「アンケート取らせてください」
って言われて断ったら、張り手をされた、って言うし
都会は恐いし、いちいち知らない人に構ってはいられない
と好意的に解釈することにした。



自由な時間だけはたっぷりとある浪人生活。
ついついパチンコに興じてしまい
次の仕送りまで「サッポロポテト」と牛乳で過ごす極貧生活を送る
懲りない俺の生活の足は自転車だ。


俺のアパートは貴花田・若花田のいた藤島部屋も近くにあり
仮面ノリダーの撮影にも使われた商店街もチャリンコですぐだった。
(商店街の中にあった250円のタコ焼きは最高だったなぁ~)


夜になれば新宿の高層ビル群が燦然と輝く
俺の4畳半のアパート(風呂なし)、
「孤独は山の中ではなく街にある」(三木清の人生論ノート)

俺は孤独だった。


そんなある日、自転車でいつものように
フラフラしていると、やけに進みが悪い。
ペダルが重い・・・。


「あれ?タイヤの空気が抜けてらぁ~」


困った。


近くに自転車屋も見あたらないし
かといって「自転車屋はどこですか?」って聞いても
東京の人が教えてくれるとも思えない。

19歳の俺は、そこから更にあてどなく彷徨い
ようやく一軒の自転車屋さんを見つけた。


良かった(^^)


しかし・・・せちがらい大都会東京である。


全くの見ず知らずのこの俺に
快く自転車の空気入れを貸してくれるだろうか・・・。


当時、今とは違いウブだった俺のハートは少し震えた。


「すみませ~~~ん」


「はい。」


「あの~~~、自転車の空気入れを貸して欲しいんですけど・・・」


「いいですよ。これを使って下さい」


おお!!


東京の自転車屋さんで渡されたのは
俺が地元で目にしていた足で固定して
手を使ってヨイショ!ヨイショ!てぜいぜい言いながら
空気を入れるタイプ、ではなく
     ↓  ↓  ↓






ガソリンスタンドのような取っ手を握ると
空気がすごい勢いでタイヤのチューブの中に収まる
本格的なものだった。




この都会で、一見の客であるこの俺に・・・
こんな施しを・・・

うぅぅぅ~~~~。

慣れない一人暮らし
都会での孤独な浪人生活で心が荒んでいた俺に
そんな親切でさえ、身にしみた。


「ありがとうございました!




渡るい世間に鬼はなし!
やっぱり人間って素晴らしい

都会に咲く一輪の人情の花!

東京とは言え
中野には心と心の触れ合いが確実に息づいていることを感じ
感謝の気持ちで一杯だった。

都会も捨てたもんじゃない(涙)









そんな若者の感謝の意に
温かい瞳で「うんうん」と応えながら
穏やかな口調で店主は言った。














「はい、50円ね。」












田舎のみなさん、東京は恐いところです。

自転車の空気入れるのに金取りまっせ~~~~!!!






50円という金額に打ちのめされた俺。



俺の人生の中でも一番せつない出費だった。







  あれから14年経った今なら言える 「タダにせぃ!」と。