家事の賽の河原。親世代の呪縛。 | へにょへにょ日記[ゆるゆる田舎暮らしブログ]

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カメラ、写真、本、アート、ペット、犬、家電、料理、ハンドメイド、医療、健康…。なんとなく過ぎてゆく日常のあれこれ。スムースチワワの小太郎と過ごした日々。

 

家事とか雑用とか事務仕事とか、ひとつ片付けたら終わり、じゃなくて、終わったところからまた始まって、ぐるぐると、エンドレス。お皿を洗ってもまた使って、また洗って、また使って…。賽の河原か。

 

父は使った食器(湯のみとかお皿とか)をシンクの橫に放置するだけ。置いておけば自動的にきれいに洗われて、自然に棚にしまわれると思っているようです。むしろシンクまで運んでやってるんだから、感謝しろと言わんばかり。

 

なので、私は自分の分だけ洗って父の分はわざと洗わずに放置するのですけど、後からやってきた母がきちんと洗って拭いて棚にしまってしまいます。

 

父に「使った食器(せめて湯のみだけでも)は自分で洗って」と言っても、母に「わざと洗わずにおいてある父の食器を洗わないで」と言っても、全部無駄です。何度言っても、父は食器を洗わないし、放置した食器は母が洗ってしまいます。

 

食器を洗うのが嫌というわけではなく、食器を洗っている人の存在を父に知ってもらいたいだけなのですけどね。もちろん父は、食器を洗っているのが私と母だということは知っているけど、「それが当然」だと思っているところが大問題。

 

たまーに、私も母も留守のときなどに、父が自分の食器を洗うことがあるのですけど、そういうときには、私と母のやるべき仕事を自分が「やってやった」感満載です。自分のことを自分でしただけなのに、なぜ私たちが父に感謝しなきゃいけないのか、ナゾ。

 

そして、こういう考え方を、父も母もまったく疑問を持たずに当然だと思っているところが、とても不思議です。SNSなど読んでいると、若い人でもこういう人が多いみたいで、祖父世代、親世代の価値観を子どもも受け継いでいるんだろうなぁと、絶望的になります。

 

もちろん、その逆の人達も多くて、その点は救いを感じることも多いです。

 

我が家の問題として、父と母への対処法は難しいのだけど、言いたいことは言って、あとは気にしないという方針をとってます。父の食器は洗わずに放置、それを母が洗うのも横目で見て放置。たまに、文句言って(当然それは届かないけど)あとは気にしない。なるべくストレス溜まらない方法で乗り切るしかないです。(食器洗いは一例です。一事が万事)

 

 

男性には男性の呪縛みたいなものがあるらしく、この本読みたいのだけどkoboの電子書籍版がない(Kindleはあります)。というか、むしろ紙版で買って父にも読ませたほうがいいのかとも思いつつ、紙版も楽天ブックスでは品切れ中(Amazonにはある)。

 

 

【今日の撮影機材】

カメラ:Canon EOS 9000D →価格.com

レンズ:EF-S60mm f/2.8 Macro USM → 価格.com

date:2021/1/21

※写真は縮小しています。

 

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