お空組を想いながら生きること | へにょへにょ日記[ゆるゆる田舎暮らしブログ]

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カメラ、写真、本、アート、ペット、犬、家電、料理、ハンドメイド、医療、健康…。なんとなく過ぎてゆく日常のあれこれ。スムースチワワの小太郎と過ごした日々。

 

チワワの小太郎、生きていれば17歳のお誕生日です。写真は2年前、15歳の誕生日。おじいちゃんなのにかわいい。(元記事→Bluetoothでスマホと繋げるミラーレス一眼/へにょへにょ日記)

 

 

先日載せたように、1年前はもう、こんな感じでくったりしちゃってました。これは母のひざの上で垂れてるところ。こんなんでも、くにゃくにゃしてかわいかったです。(元記事→クタクタの人間とクタクタの老犬/へにょへにょ日記)

 

おかゆ生活とはいえ、元気だったので17歳までは生きられるかなと思っていたけれど、16歳と3日目で力尽きた小太郎おじいちゃんでした。お誕生日と命日がほぼ一緒にやってきます。

 

別になにも変わらないのだけど、なんとなく、1年経って、気持ちの上で一区切りつく感じがします。人間もそうだけど、四十九日とか、一周忌とか、段階的に少しずつ、悲しみから思い出に変わってゆくのだと思います。亡くなった人の法要だけど、残されてこれからも生きてゆく人たちのための区切りの儀式でもある(むしろそっちのほうが大事)のかなと思うようになりました。

 

 

身近な人や友人知人でもすでに亡くなってしまった人たちがいて、気がつくと自分だけが年を取っています。亡くなった方はそのときの年齢のまま。あの頃、すごく年上だと思っていた人の年齢に近付いていたり、または追い越してしまったり。

 

病気を抱えている私がダラダラと生きていて、元気だった方が短い闘病の末に先に亡くなってしまうこともあって、運命の不思議さを感じます。生かされている不思議さ。そこに意味なんてないんだろうけど、とりあえず、生きてる間はがんばって生きよう、と思ったりするのでした。

 

未来が、よくなるのか悪くなるのかわからないけれど、死ぬまでは生きるしかないのです。マイペースに、できることを、できる範囲で、できるだけ。

 

 

※チワワの小太郎は2018年9月11日、16歳と3日目に永眠しました。過去写真を載せてます。

 


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