最初に会った飲み会でそう告げた、つもり。
それはこんな感じで。
「おめえの書いてるブログはよお、ダラダラダラッダラダラ10行くらいガマンして読ませといてよお、おいここらでケツロンが出るんだろうなあ、おいっ!って思わせておいて、あんのじょう、措く。それは措く。、、なんだよ、長えんだよお」
そんな意味のことを言ったところ後日のキクチヒロシブログに「おめえの文は長えんだよ、とにこやかに言われた」と不満たらしく書かれていて、そうかよ、不満かよ、コレはキチンと言わなくちゃだな、だな、うん、と決意して、3年くらいが軽く過ぎた。
俺なら三行半でキクチヒロシブログを書いてみせる。
キクチヒロシブログは言いたいことを書かない。書きそうになると措いて避けるか、本質をカスル独自のたとえを取り出しソウとは書かない。暗喩。アンニュイ。桃井かおり。もう頬杖はつかないのテイで。
ぜんたいが未完のジグソウパズルみたいなもので、読み手は置かれているピースから措かれたまんまの要旨ピースの絵柄を予想して、もしかしてパズルの完成形はココかいな?と想像する不親切な、、、コトによると予想する刹那が文學的、藝術的で他に類をみない。さあさルイルイ、まるでゴキケン、ルイルイだんす、なのかどうか。
要旨ピースをあえて置かないことをキクチヒロシはあまのじゃくを転じた「ジャクリーヌ」、と呼んでお茶を濁してる。濁し過ぎだから苦い。
三行半じゃムリですた。
笑、wwww、爆、(笑)
最近の「記事」を引用すれば分かりやすいかも、
たとえば、これ。
「ぜったいあいた…」いやいやいやいや、やっぱ書かない。措く。
んな解説し始めたらつまんない。ジャクリーヌ発動からのパターン回避にかかるかも知れねえから自分で分かってくれくれたこら。
ただその「記事」に「マラバカ」ことゆうさんが実に秀逸な、適切な、らしい、タイムリな、コメントを入れていた。
秀逸に過ぎるのでそのコメントだけ紹介しとく、が、、ちと措いて、ゆうさんのことを少し。
ゆうさんは
とゆう感じの、本人と嫁さんがゆうなら間違いないよね、、、「バカ」で、とにかく頼もしい「バカ」で、もう古い記事、検索すんの面倒くさいからそのまま書くが、エアマラソンとゆう言葉が登場する以前にフルマラソンの距離をジョグしてどうしたんだろ?脚が痛え、とかあったりまえのことをゆってたマラソンバカだからサブ3.5のあとひとめはばからず泣く「バカ」で、そのはなもものレースですれ違うたびに俺はサイレンのように「ゆうさーーん」と泣き叫んでいたが、前後に聞こえぬ声で「バカ」を入れていたのは本人にはナイショにしてくれよなっ。
んで、その、ゆうさんたけしさん主催の皇居でのランイベントが次の日曜にあるす、「プレエアリアル柴又・奥武蔵・飛騨中山50k走」、、という長い、長すぎるぞ、距離もそうだが、イベント名が!、、、があります。
でO-TO-NA-ああ、入力めんどくせっ!
ゆうさんの秀逸コメント。
このコメントが入ったキクチヒロシの「記事」。
俺的にはキクチヒロシ文体に慣れない人が読んだら紆余曲折独自読解半身浴換骨奪胎されやしないか心配してたんだがこのゆうさんのコメント。
どこが秀なのかぜったい書かない。
が、
よきブログはよき読者、、、俺みたいな、、、がいてこそのキクチヒロシブログ、と知れい。
でもでもひとつだけジャクリーヌな、持ち出されてイヤだろうな、の書かないキクチヒロシブログの事例をあげとかねえとこの記事、終われない。
あるゴルデンウィク、にょうぼうさんと手をつないで歩きたい気運がたかまったキクチヒロシ。
にょうぼうさんとジョグからの…