プロフィール | 元CAキャッシュを生み出す女性起業家応援熊谷留美子

元CAキャッシュを生み出す女性起業家応援熊谷留美子

今の収入にプラス5万円以上あったら・・・、その仕事を提案しています。 


テーマ:

【幼少時代】

鹿児島県霧島市の山の中で誕生
今度こそ男の子に間違いないと期待されて生まれたのが三女の私。

父が「ほんとうは女の子が欲しかったんだ」
と言ってくれたことが心の支えだった。


【小学生時代】

小学校の教師の父と同じ学校に通う。

当時自転車は各家庭にない時代、父は我が家の子供用の黄緑色の自転車を学校に置いて、放課後暗くなるまで児童たちに懸命に教えていた。

その姿を教え子の一人として見ていたのが、私の教育の原点。 
まわりの児童たちの好奇心にあふれたキラキラした眼が焼きついている。

小2からピアノのレッスンを始める。

テレビもまだ普及していない頃、母はお金をかき集めピアノを購入してくれた。 
山の中なので車が途中までしか通らず、丸太を数本引いてゴロゴロとピアノを移動。

小4で転校。

1学年20名くらいの学校から1学年3クラスある学校へ。
井の中の蛙を初めて経験。

山猿と呼ばれていて、何をやっても成績を上げても「山から来た」と言われた。
だが、ピアノが弾けたことでだんだん友人たちもできた。

小6の時に父を突然病気で亡くす。


【中学時代】

日本が世界にその力を魅せた1970年の大阪万博に、地元の南日本新聞社が母子家庭の中学生を20人招待

私は中2のときに招待され、「世界って、すごい!」を体感。
アメリカ館 アポロ12号が持ちかえった月の石も展示された。





万博で世界を身近に感じた1ヶ月後に始まったTBSドラマ「アテンションプリーズ」に魅せられ、スチュワーデスになると決意。弁論大会で夢を語ったら、「あの顔でなれるわけない!」と指までさされた。






【高校時代】

担任が夜遅く勉強をしているかを見回りにくるくらいの厳しさのある高校だったが、私はイチョウの葉っぱに詩を書いたりする夢見る夢子だった。

後年、NHKの「ようこそ先輩」の番組を見て、私もなにか恩返ししたいと思い、

母校で「あなたの夢はなんですか? 夢は叶います」のタイトルで授業をした


とノートに書きくわえた。
すると、数年後、母校から90周年の記念に先輩の公開授業をお願いしたいと電話があった。

すぐに「はい、喜んで」と返事したら、びっくりされた。
3学年7クラスの授業をする21名の先輩方は、有名な位置にいるかたばかり。 
鹿児島県から遠く離れた宮城県に住む、そのころ主婦の私に連絡があったことは、やはりノートに書いていたおかげ。  

ローカルのテレビ放送で私の授業が5分ほど放映された。
400字の原稿用紙にいっぱい書いてある生徒からの感想文が、30数名分送られてきた。 
その言葉に後押しされたこと、また伝わった喜びを知って講師の道に入った。




【短大時代】

鹿児島県立短期大学英文科に入学

進学をしなかった姉は、私に教育を受けるチャンスを後押ししてくれた。
英文科は英文学を学ぶところで、英会話の授業はなし。
レコードを薄くしたソノシートと呼ばれるもので英会話を学ぶ。


【会社員時代】

JAL入社

英会話の面接で何をきかれているのかさっぱりわからず、「えっ?」と聞き返したら、面接官がびっくりして日本語で質問をしてくれた。

後に自分が教官になったことでわかったのだが、私がつい日本語で聞き返してしまったような、素直で正直な突発対応ができる客室乗務員を必要としていることがわかった(笑

訓練時代、英語の授業で、質問そのものがわからず答えられない私に同期がやさしくフォロー。みんなで居残り勉強をして20人の同期が全員合格。
そんな私をよく採用してくれたと、懸命に働く

教官、パーサーとして20年間勤務

ファーストクラスにて、搭乗された本田宗一郎氏をはじめ、たくさんの経営者から謙虚な姿勢とユーモアを学ぶ。

写真はアメリカ人の子供に漢字のサインをねだられ、代わりに日本の印鑑を押す私。




在職中、35歳のときに、右脳トレーニングに出会う。

明日のことも未来なので毎日明日のことを時間をノートに書いていた。
たとえば

○時○分出発、健康に安全に和やかにお客様を目的地までご案内でき、○時○分定刻通りに着陸できた

というように、事細かに書いていた。

右脳トレを使って37歳で結婚、 嫁ぎ先の宮城県仙台市から成田空港まで3年間通うが、このノートのおかげで雪など天候がおかしくなっても定刻に着く。
一度も遅刻なし。

40才で自然妊娠。
これも右脳トレでイメージし続けていた。
出たアイディア10個をすべて実践。

このときに
イメージする →アイディアが出る → 行動する

まずは行動することの大切さを体感。


妊娠中は本社の広報部報道で全世界からの電話の問い合わせを担当。
ここでも英語が聞き取れずトイレで泣いていた。
スピードラーニングの音声を右脳にいれる方法で、1ヶ月後質問が聞き取れ、返答ができるようになった。

出産後、退社。


【起業するまで】

退社時に、JALの名刺を捨てられない自分に「寄らば大樹の陰」の意識があったことに気がつき、びっくり。

いっぱい見て、いっぱい感じてほしいと3歳までは子供と一緒に全国を旅。
前だっこしたり、おんぶしたりと紐は便利。



銀行のATMでお金を引き出せずに、もたもたしている自分に
「これではいけない」と奮起。

数々のセミナー参加が始まる。

毎週1回は東京、大阪に仙台から通った。
いわゆる「セミナーおたく」になった。


【プライベート】

ニックネームは、ハイジ。
いつも応援してくれる主人の妻
男の子の母

自分では一所懸命に妻としてやってきたつもりだったが、主人が4回家出。
そのことを通して、自分が何を醸し出しているかがその人を形成することを体感。
後に「本物のモテ女講座」につなぐ。

息子の出産は自分の意思で産まれてきてほしいと願って、自宅のお風呂で主人と二人きり。 

赤ちゃんのおしりがいつもすっきりしている方が脳にいいとのことで裸育児実践。
これもまわりの応援なくしてはできなかった。



息子が中1のときに不登校を経験、無理やり学校に行かせようとしている自分にびっくり。
すべて世間体だったと気づく。 
息子はカドカワ・ドワンゴのN高校の一期生。
地方自治体と組んでの職業体験がいっぱいあるので私が入りたいくらい。

義父との同居で慈しみのある子育てをしてもらうことが出来た。



義父77才の古希のお祝いの願いは、

イタリアのピサの斜塔にいきたい

イタリアでの工程表を作って上の4人一緒の写真を貼り付け、




毎日みていたら、なんと
行けるはずのなかった主人までが10日間4人一緒に旅行できた。
「誰が」が重要で写真などのイメージが必要だと体感する。


母は91才、電話の声は70代。
お世話してくれている姉たちに感謝しかない。


【個人事業主時代】

息子の幼稚園時代、「お金がない、時間がない、体が疲れる」という話をまわりのお母さんたちからきいて、「よし!」 と立ち上げたのがハイジ企画。
「子供たちにたくさんの有意義な経験をさせられるお父さんとお母さんをつくる」というのがミッション。

数々のセミナーに参加してきたことで、むしろ頭でっかちになっている自分に気づけていなかった。
結局、私が間違ったリーダーシップを発揮し過ぎてしまい、自立する人ではなく依存する人を作ってしまった。

「あなたの利益が上がる右脳トレーニング」のDVDを発案、応援してくださる方に制作をしていただいた。
この方法で、OGとしてJALの再建案を3つ出し稲盛和夫名誉会長に直接届く方法のアイディアを生み出し、再建案に対する4通の返信をいただいた。 

右脳トレがプライベートだけでなく仕事にも通用したことを体感。
誰にでもできることを、講座や企業研修で行なう。


【法人立ち上げ】

2011年東日本大震災で 仙台の自宅が被災。
2012年 エグゼクティブクルー株式会社を設立。
現在の事業内容
・右脳トレをベースにしたモチベーションアップに特化したコーチ
・月5万円プラス収入を可能にする「商品」の卸し

他に、電話カウンセリングの「ボイスマルシェ」で専任コーチを担当。

【発信しているもの】
モチベーションアップに特化した13項目のコーチのHP
http://ex-crew.jp/

月5万円プラス収入を可能にする「商品」のHP
http://bihada-keiso.jp/

人生を豊かにするもう一つの収入の提案
http://.hhttps://ameblo.jp/heidi-k/entry-12239011939.html

Facebook 女性が活躍しやすくなるための情報を配信 


エグゼクティブクルー株式会社に「いいネ!」を押していただくと私が記事を投稿するたびにあなたのタイムラインにも掲載される。


・個人のFB はこちら



ふとした日常の楽しいことを書いている。


メルマガ発行
◆起業して自分らしい人生を作り上げると決めている女性たちを応援するメルマガ

 →女性起業家のあなたへ

 →朝1分右脳トレーニング

 →CAになると決めているあなたへ


◆私がコーチする誕生日コミュを受講された方対象に復習のメルマガ

◆弊社が卸す商品「水溶性ケイ素」を購入された方対象のメルマガ



最後に・・・・

私がまだ一歩を踏み出せずにいた頃、私のコーチや尊敬する方に
後押しをしていただきました。
恥をかくのが嫌な自分に、コーチから「失敗してもいいんだよ、失敗したら人の痛みもわかるんだ」と教わり、するつもりのなかった失敗を実際にいっぱいしてしまったことで学びを得られました。
自分が傲慢で鼻高々だった時期、迷惑をかけてきたことすら気づけなかった時期もありました。

私自身が、どれもこれも、まだまだ進行中です。

私も元気をいただきつつ、ご一緒に新しい一歩を踏み出していただければ、こんなうれしい事はありません。

元CA魅力発掘とキャッシュを生み出す女性起業家を応援さんをフォロー

ブログの更新情報が受け取れて、アクセスが簡単になります