何度か取り上げたことがあるこの演奏。

ブルックナー 交響曲第5番

シューリヒト&ウィーン・フィル

1963年2月の楽友協会での定期演奏会のライブ。


シューリヒトはついにこの曲を商業録音しませんでした。

ライブでは、このウィーン・フィル盤の他に、シュトゥットガルト放送響とヘッセン放送響との録音が残されてますが、このウィーン・フィル盤があらゆる点で最高。

このCDは、1991年に翌年のウィーン・フィル創立150周年を記念してDGから発売されたシリーズの1枚ですが、その中でも最も反響の大きかったものてす。


白眉は第4楽章。


ブルックナー・ファンには耳タコかも知れませんが、一応この楽章の構成を書いておくと:

巨大かつかなり自由なソナタ形式。


第1楽章とほぼ同じアダージョの序奏から始まり、ベートーヴェンの第九の第4楽章と同じく、それより前の楽章の主題が登場して、そして否定される。

ここまでが、俯瞰で見ると序奏となるでしょう。


続いてVcとCb→Va→2.Vn→1.Vnとバトンタッチされていくフガートによる第1主題が登場します(31小節~)。

次に、第3楽章の第2主題、いわゆるレントラー主題を、4拍子に変えた第2主題が登場します(68小節~)。

そしてブルックナーのソナタ形式特有の第3主題が登場します(137小節~)。
これは第1主題を変形させたものと見ることもでき、管楽器が主体です。

ただでさえ他の作曲家に比べて主題が1つ多いブルックナーの作品でも、さすがにこれで提示部は終わり展開部に入るのが普通ですが、この曲はさらに第4主題とも言える金管楽器主体の荘重なコラール主題が続きます(175小節~)。

これでようやく提示部が終わり(笑)


経過句とブルックナー休止を経て、211小節から展開部が始まります(これは私見で、始まりをもう少し後と見る見解もあろうかと思います。後述)。

この展開部は、第4主題に当たるコラール主題のフーガで始まります。

そして270小節からは第1主題のフーガも加わり、いわゆる二重フーガが始まります。
従って、ここからを展開部の始まりと見なす見解もあり得ます。

この二重フーガも秀逸で、2つの主題の反行形も巧くはめ込まれています。

ただ、興味深いのはこの270小節から373小節までを、つまりは展開部をカットしてもいいとの指示もあります。

なお展開部には、第2主題と第3主題は出てきません。


そしてそのカット可の終わりからが、再現部の始まり(374小節~)。

第1主題は簡単に済まされるのに対し、展開部では顔を出さなかった第2主題はかなり忠実に再現されます(398小節~)。

そして経過句を経て第3主題も再現されるのですが(460小節~)、単純な再現ではなく、なんと第1楽章の第1主題がこれに絡んできます!

これが、本当にうまい具合に嵌まっていて、ブルヲタとしてはカタルシスを覚えます。

本来なら3つの主題が再現されたのだから、これで再現部は終わりでいいはずなのですが、ブルックナーはさらにしつこく今度は第4楽章の第1主題と第1楽章の第1主題を絡ませます!!(496小節~)


そして長く素晴らしい再現部の後に、聴く者全てを圧倒するコーダ♪

564小節から始まり、まずは第3主題が主体となり、583小節からはコラール主題が凱歌を奏でます。
もちろんブルックナーのこと、ただそれだけで済ませるわけはなく、低弦には通奏低低音の様に第1主題を弾かせ続けます。

しかもこの箇所には「コラール。ビス・ツーム・エンデ fff」という恐ろしい指示。
つまりは、曲の終わりまでfffで吹けという、80分近く吹いてきた管楽器奏者にトドメを刺すような指示。

なので、この箇所は補強部隊を入れる演奏にも、よくお目にかかりますね。


そして最後は第1楽章の第1主題で締めくくります。


音楽の喩えで「大伽藍のよう」というのがありますが、まさにこの曲にこそ相応しいもの。


さて、あまりに前置きが長くなり過ぎましたね(^_^;)

このシューリヒトの演奏、よくテンポが動きます。

よく、シューリヒトのブルックナーはインテンポでサラッとしてる等と評価されますが、恐らくはEMIへのセッション録音を聴いての感想だと思います。

彼はかなりの数のブルックナーの交響曲のライブ録音を残してますが、実演では相当にテンポを操作してます。

多分、ヴァント命の人が聴いたら、発狂するだろうなぁw



シューリヒトがテンポを動かしながらも、ブルックナーの音楽を壊さないのは
、その操作の仕方・タイミングによるものだと思います。

前置きで、この楽章の構造について書きましたが、この交響曲はまるでドイツ語の枠構造のように、各ユニットが主題ごとにかなりはっきりと分かれています。

シューリヒトはその各ユニットの中でテンポを動かすようなことはしません。
その代わり、経過句等を巧く利用してあるユニットと別のユニットとの間に、かなりテンポの差をつけて、音楽の表情を豊かにしてます。


この辺りの巧さが、やっぱりヴァントなんかには真似できない芸格の差なんだよなぁと私は思います。

経過句のような、構造物でいうところの「あそび」の部分の使い方が抜群に巧いんです。
これはヨッフムのブルックナーにも共通するところ。


今のところ、個人的な同曲のベスト盤は、このシューリヒト盤と、ヨッフムの死の前年のコンセルトヘボウ管とのライブです♪


いやぁ、連休中に素晴らしい音楽と演奏を、自宅にいながらにして楽しめるとは、なんという贅沢&安上がり(爆)




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