ワーグナー演奏のメッカ・バイロイト音楽祭

今でこそ世界で一番チケット入手困難なコンサートで知られてますが、戦後の再建時はかなり混乱しました。
1944年を最後に中断した音楽祭は、ナチスと関係が深かった大ワーグナーの息子の嫁・ヴィニフレートを追放し、その息子のヴィーラントとヴォルフガングの下で1951年に再開されました。
1951年は、フルトヴェングラーの指揮する第9で開幕し、クナッパーツブッシュとカラヤンが指揮を担当。
フルトヴェングラー以外は、バイロイト初登場であった指揮者陣と同様、歌手陣も一新されました。
戦前・戦中のバイロイトで歌ったマックス・ローレンツ、 ルートヴィヒ・ズートハウス、 セット・スヴァンホルム、 フランツ・フェルカーという錚々たるヘルデン・テノールは排除され、若いヘルデン・テノールが起用されました。
1951年の「指環」では、「ワルキューレ」のジークムントを
ギュンター・トレプトウ「ジークフリート」と「神々の黄昏」のジークフリートを
ベルント・アルデンホフ両者とも、バイロイト出演歴のない歌手でした。
この時のクナッパーツブッシュ指揮の「神々の黄昏」は録音が残され、ほぼ半世紀後に、初めてディスク化されました

こうして無事に船出をしたかに見えた音楽祭ですが、翌年には早くもトラブルが… (続く)