コートのお直し | First Chance to See...

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エコ生活、まずは最初の一歩から。

 私には愛用のコートが3着ある。秋用と冬用と真冬用。いずれも一目惚れして買ったもので、偏愛の度合いが強すぎてお付き合いの年数は10年をはるかに超える——というより、いつの間にやら20年くらい経っている。我ながら怖い。

 

 毎年、今くらいの季節になると、いい加減、新しいものを買ったっていいんだけどな、と、百貨店をぶらついている。でも、今のコートをしのぐほどの愛を感じられるものに出会わないんだから仕方がない。根本的にオシャレに関心が薄いせいで、自分が来ている年代物の服がどれほどイマドキの流行からずれていようとまるで気にならない——というより、ずれているかどうかの区別すらつかない。我ながらマジでヤバい。

 

 が、しかし。先日、そろそろ肌寒さが増してきて、そろそろ秋用のコートの出番だな、と、クローゼットから取り出してみたところ、背中の部分の裏地が裂けていることに気がついた。小さな裂け目くらいならこっそり縫い合わせちゃえ、とも思ったが、何しろ20年モノである。裏地そのものが相当弱ってて、素人が強引に処置したらますます裂け目がひどくなりそうな気配が濃厚。

 

 しようがない。プロのお直しに頼ろう。

 

 ということで近所のチェーン系の店に持ち込んでみたところ、私が気づいた背中の裂け目以外にも、袖の付け根とか、裾とか、裏地のあちこちに綻びができていることが判明する。最初のうちは、「部分直しで」と言っていたお店の人も、「これは裏地を全面的に取り替えたほうが……」と言い出す始末。

 

 うう、恥ずかしい。気分はすっかりアカーキー・アカキエヴィチだ。

 

 ゴーゴリの短編小説『外套』の主人公アカーキー・アカキエヴィチは、古くてぼろぼろよれよれの外套を近所のお直し職人のところに持ち込んだところ、「これはもはや修繕不可能」と言われ、外套を新調する決意をする。一方の私は、裏地の全面取り替えで愛用のコートの寿命を引き延ばすことを選ぶ。

 

 え、ひょっとして私、アカーキー・アカキエヴィチ以下ですか?

 

 ……ともあれ、裏地の全面取り替えにかかる費用は私が20年前に一目惚れして買った時の値段の倍以上だった。秋用だし、もともとそんなに高価なコートじゃないのだ。

 

 たとえ裏地を直したとしても、表地だって十分弱っているだろうから、この先そういつまでも着続けられないことはわかりきっている。そういう意味でも、今ここでお直しに大枚をはたくよりその金額で新しいコートを買うほうが理にかなっている。が、これはもはや「モノを大切に」的な節約精神の問題ではない。先に書いた通り、偏愛に理屈は通らない、という話である。