生老病死

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4月14日
母86才、天寿を全うしました


「生老病死」、、、

母には
とくに「病」はありませんでした


「認知症」でしたが
最期まで娘を娘だと
「認知」していたと思います

ほとんど、いつも、うつらうつら、
するようになっていきましたが

でも、声掛けすると、目を開けて
必ず小さく、うなづいていました


人の死って
こんなに穏やかなのだ、、、
と、意外なほど穏やかだったのです

でも、正直なところ
母は、まだ眠ってるだけ
また起きるんじゃないかな
と思いたい気持ちも少しありました

そんな中

先生の診断、エンゼルケア、
お葬儀屋さんの迎え
など、周りの時間だけが
バタバタ過ぎていきました

けれども、わたしの心の中は
静かで穏やかでした

なぜなら、母の表情が
静かで穏やかだったからです


石飛幸三先生の「平穏死」に
あるとおり

「食べなくていい、飲まなくていい、
眠って、眠って、さようなら」

正に、その通りでした

そして、ほんの数日前
病院での治療ではなく
施設での看取りを選んだことを

石飛先生の朗読を拝聴しながら

「これで、よかったのかな」
と思いながら、見た朝日でした


母が亡くなった早朝の、お日様は
真っ白で、まん丸で、眩しくなく
空にポッカリ浮かんでいました

朝日を見ながら、わたしは
「これで、よかったんだよ」
メッセージを受け取り

ほんとうに心穏やかになりました

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生まれて老いて

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母は、3月に入院してから
だんだん食べることができなく
なってきているとの連絡があり、

3月29日(木)に
主治医の先生の話を聞きに行きました。

〜2回目の入院の時に書いた記事〜
https://ameblo.jp/heavens-icecream/entry-12359710837.html

3月29日(木)は、
病院の主治医の先生より

「一日に栄養ゼリーを1個
食べるか食べないかというくらい」

「1個のゼリーを食べるのに
1時間位かかることもある」

とのことで

原因としては
喉の筋肉が痩せているため、、、


淡々と説明してくださる先生に

淡々と返事を返しながら、

わたしは、もう

「ああ、この意味を理解してしまった」

と思いました


口から食べられないなら
胃瘻をするかどうか
選択を迫られる

答えは、決まっていました


母が、まだ少しでも
意思表示できていた頃、、、

2年位前にも、1度
認知症病棟に入院中

「食事を拒否するようになった」

ということで

「胃瘻するかどうか」の
話し合いの場が持たれた時に

母に
「ごはん食べないんやったら
胃に穴開けて栄養入れるんやって」

と、告げると

「そんなん、いやや」
と、ハッキリ言っていたのです


あの時は

退院して
グループホームに入居したら
あっという間に食欲が回復して

元気になっていったのです


人は、本当に
「環境」からの影響が絶大だと
感じました

(この時のことは、
また別に書きたいと思います)


3月29日、
「胃瘻はしない」という選択を

母に成り代わって
主治医の先生には
母の意思を伝えました

意思と言っても
2年前に聞いて以来のこと

けれども、母の意思は
変わっていないことを
信じるしかないと思いました


ひとつ、違っていたのは

2年前の時は
環境による精神的な影響とはいえ
あくまで本人の意思表示による
食事拒否だったのですが

今回

食べられないということは
本人の意思による食事拒否ではなく
身体的な「老い」による変化だった
ということ、でした


本当の意味するところは
胃瘻するしないの選択ではなく

「看取り」という
「命」に関わる「選択」


胃瘻に限らず
経口摂取に替わる栄養摂取をしない
という「選択」をしたことにより

母の命の進む「方向性」か
決まったのです


生老病死という「自然現象」に
反することはしたくない

けれども

寿命というものはこんなふうに
「決める」ようなものなのだろうか?

止まったままの「思考」が
頭の片隅に、へばりついていた


そして
4月5日(木)に再度
「看取り」に関する方針の
話し合いをする

ということになったのです


3月29日から4月5日までの
1週間は短くて
1日1日は長くて、、、


どのような心持ちで
いたらいいのか
わからなかったけれど

長年、離れて
暮らしていた母の命に対して

なぜか

冷酷なほど冷静でもあり

離れていた時間のすべてを
埋め尽くしたいくらいの
衝動的な想いもあったような
気がします


過去からこれまで
のことについては

また、振り返りながら
綴っていこうと思いますが

今は今のことを
少しずつ
綴っていこうと思います


4月5日には

さらに小さくなったような
母の姿を見ました

(続きます)

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素直に

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ずっと
気になっていた件で

今日やっと
ご祈祷に行きました


ご神符を
いただく時に

箱に貼ってくださっている
わたしの名前の紙が
少し斜めになっているのを

お渡しくださる時に
神主様が気づいてくださり、、、

「貼り替えますので、、、」と


そして

控え室で待っていると

真っ直ぐに貼り替えてくださった
新しい箱を、直々に
手渡してくださったのです

神主様の
お人柄と細やかな御気遣いに
心が温かくなり感謝しつつ

神様から
「真っ直ぐ生きなさい」
との、お教えかと、、、

背筋が伸びる思いでした♪

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三輪明神〜大鳥居

ステージが変わる時

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ずっと気になっていたこと
なぜか気になってしかたないこと

永遠に続くように
思われた悩み

けれども

宇宙の法則は
「変わり続けるということが真実」
なのです



階段の下にいる時と
階段を昇ったところでは
見える「景色」が違います

永遠に続くと思った階段も

階段を昇って昇って
止まりさえしなければ
だんだん見える景色が変わってきます

それは
見る視点がかわったからですネ

見る視点が変わると
見えていたものが見えなくなり
見えなかったものが見えるようになります



それと同じように
人生のステージが変わる時

気になっていたことが
気にならなくなる

気にならなかったことが
気になって仕方ない

それが
ステージがかわるサインです



ステージが変わると
それまでの悩みが
うそのように
スルスル解決したりするのです

なので

悩みがあっても
立ち止まることなく
目の前の階段を昇り続ける
ことが大切なのです♪

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あなたが

これまで経験したこと


経験してよかったこと

経験したくなかったこと

も含めて


すべてに

価値があります♪



けれども


こんな経験したくなかったのに

こんなこと望んでなかったのに


というようなことがあった時


「それは試練です」

「それもあなたが引き寄せたのです」


なんて言われても

なかなか納得できない!


、、、ですよね



自己啓発などでは

よく

経験とは〇〇だ

と言われています


たとえば


「学びだ」

「成長だ」


みたいなこと言われても


いやいや( *`ω´)別に

学びたくないし

成長しなくてもいいし

、、、


本当に

苦しい時には


そんなふうに

思ってしまうかもしれません



そんな時


こんなふうに考えてみるのは

いかがでしょうか?



〇現れたものは消える〇


時間は刻一刻と過ぎ去っていきます


そして

「現象」として現れていることも

同じように見えて

瞬間瞬間に移り変わっています


まるで現実が

変わらないように思えたとしても


実は

まったく同じということは

ないのです


昨日の自分と

今日の自分は

同じでしょうか


鏡をみて

まったくおんなじ!

ということは


まず、ないと思います


その証拠に


「今日は、

お化粧のノリがいいわ」

とか


「今日は

髪の毛がまとまりにくいわ」

とか


言ってますよね?



では、


今の自分と

一時間前の自分では

いかがでしょうか?


一時間前は

バリバリ仕事してたけど


今は

少し、お腹もすいたし

休憩したいな


みたいに

変化しています



ふだん

意識していないだけで

すべては

変わり続けているのです


一秒前の自分と

今の自分でさえ


髪や爪が

ほんの一ミクロンでも

伸びているかもしれません


1秒前は「過去」です♪



「経験したこと」

「経験したくなかったこと」


と言っているのも


それは、もう

過去形なんです


過去に起きた現象は


現れた瞬間

消えているものです



つまり


今、在るのは


「けいけんしたくなかった」

と「思考」している

自分だけ、なのです


自分の頭の中で

勝手に過去のことを

今のことのように

してしまっているんです



わたしたちは

そうやって


「あれは経験したくなかった〜泣」

と考えながら


実は、

自分で

その経験したくなかったことを

考える、そのたびに


経験したくなかった過去の経験を

「追体験」

してしまっているのです



だからこそ


ツライ経験にも

良い意味づけする

という自己啓発系の教えも

出てくるのですよね


それは、それで

ある面では

効果的なのですが


万能ではないのです



過去の経験に

とらわれずにいるには


「現れたことは消える」


このことを

意識しておくことです♪



そうすることで


とらわれのない

自分に変化していることに

気が付くことでしょう


そして

そんな自分になれた時こそ

「すべての経験には価値がある」

と言えるのです♪



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最後までお読みくださり

どうもありがとうございます。


あなたの夢が叶いますように♪