ママとベビーの教室ハートノート 

明石市にある赤ちゃんマッサージ・小児タッチケア教室。赤ちゃんを専門にケアしてきた看護師がインストラクターです。


テーマ:

ハートノートの教室にかける想いを綴ってみました。

 

 

ハートノートができて9年目にはいりました。


私が赤ちゃん(こども)のサポートをはじめてからは、30年が経ちました。

 


こどもが元気になるお手伝いがしたい。

 

こどもの笑顔がみたい。


そう思ってこどもの専門の看護師になりました。

 


10数年、小児専門病院に勤務し、

 

さまざまな症状・病気をもつこどもにかかわり、

 

親御さんと過ごしました。


その中で結婚・出産・育児をしながらずっと働き続けてきました。

 

 

 


保育園にこどもをあずけはじめた頃、

 

泣きながら手を振った日、

 

何日たってもなかなか保育園になじめず、

 

お迎えに行くと、声を枯らしていた息子もいました。
 


そのたび、「もう仕事は辞めたい」と思い、

 

何度か職場にも伝えた事があります。


あと1週間、このままこどもの様子がかわらないなら、

 

辞めようと思っているうちに、

 

どんどんこどもは保育園に慣れていき、

 

楽しく過ごすようになりました。

 

 

 


その後の10年は看護学校の教員として勤務、

 

思春期から成人期のかたと過ごしました。


その頃は、息子たちが小学校・中学校に通っている頃です。


母子分離の辛さはなくなりましたが、

 

いろんな悩みはつきません。


仕事中に、誰もいない校長室に閉じこもって

 

大泣きしたこともあります。


看護学校には、

 

学生さんの中にすでに子育ての先輩もおられます。

 

そんな先輩にも励まされたり、

 

相談にのってもらったり、

 

時には学生さんと一緒に息子たちも連れて遊びにいったり・・・


たくさんの人に助けてもらいました。



フルタイムで働いていると、

 

息子たちと過ごす時間が少ない。

 

話をする時間も少ない。


お風呂の時間は、こどもたちとゆっくり話ができる時間。


小学生になったこどもたちは、

 

私の働いてきてる姿を間近でよく見ているので、

 

私の仕事の悩み事にもちゃんと自分の意見を言ってくれます。


「仕事を辞めたい、他のことをしたい」と考えている事を伝えたときも、

 

小学校3年の時の息子が

 

「おかあさんが今までやってきたことが生かせる仕事なん?」

 

「今まで一生懸命やってきたことを生かせるところに行かなあかんと思うで」

 

と言ってくれたこともありました。



そんな3人の息子たちも18歳を超え、

 

そろそろ親のもとから旅立とうと羽をひろげているところです。

 

 

 


看護学校を退職してからは、

 

小児のクリニックや大学の保健室、

 

中学校での授業、市の子育て訪問にて、

 

たくさんの方と接してきました。


そこではさまざまな親子の姿をみせてもらい、

 

お母さんたちの育児不安に寄り添い、


中学生たちをみながら

 

反抗期真っ只中にいた息子の姿と重ねることもありました。


大学では、恋愛相談や、交友関係の相談、

 

親との葛藤や、自分自身との対話、たくさんの学生さんと話をしてきました。

 

 

 


ダウン症の赤ちゃん体操指導員となってから7年、

 

歩くまでの赤ちゃんのサポートをしながら、

 

こどもの育ちを親御さんと一緒に喜びあってきました。

 

 

 


ハートノートの教室は立ち上げてから9年が過ぎ、

 

のべ約8,000組の親子にかかわってきました。


たくさんの親子の方たちから多くの学びをさせていただきました。

 

 

 


「医療的ケアが必要なタッチケア教室」を開いてからは、

 

さらに学びを深くしてきました。


赤ちゃん(こども)の発達・脳のしくみや身体の発達、

 

感覚のこと、感覚統合や、

 

発達障害などについてもさらに研鑽を積み上げてきました。

 

 

 


50歳を前にした頃、体調が悪くて、自分の身体に不安を感じました。


とてもしんどくて、不安な症状があって、毎日


“今日私がいなくなるんじゃないか”


“寝てしまったら朝、眼が覚めないんじゃないか”


“おはようって言えないんじゃないか”


“明日もこうして夫やこどもたちの顔を見ることができるんだろうか”


という思いで数ヶ月過ごした事があります。



明日は○○しよう・・・来月は○○しよう。


いつか○○に会いたいな・・・と

 

当たり前のように今まで考えてきた事が、

 

明日がある保障なんて誰にもない。


確かなのは今、ここに生きていることだけ。


そう考えると、今この時を大事にしよう。


ここで命がなくなっても後悔しないように生きよう。


大切な人たちが、私がいなくなってもちゃんと歩けるようにしておこう。


そう思ったのです。



その頃の体調不良は今でも、

 

なんだったのかわからないのですが・・・


命があることの大切さを教えてくれるために

 

やってきたメッセージだったのかも・・・と言ってくれた人がいました。



「生きてるだけでまるもうけ」・・・さんまちゃんの言葉だったかな。


ハートノートの教室は、ママたちに伝えたい事がいっぱい。

そんなハートノートの教室にみなさまおこしください。

 

 

赤ちゃんのマッサージはもちろん、

 

0歳時期の子育てで大切にして欲しいこと、

 

赤ちゃんの成長のおはなしをたっぷりとさせていただきます。

 


おはなしのテーマは


赤ちゃんの新しい世界 


触れることと脳の関係 


愛着 


赤ちゃんの反射 


赤ちゃんはなぜ泣くの 


抱っこ


スキンケア 


おちんちんケア


ママのからだとこころ 


離乳食とことば 


イヤイヤ期


(多少の変更・追加もあります)



参加しやすいように4回のレッスンを3回とし、

 

1時間半の時間を2時間に延ばします。

 

3回のレッスンが終了したあとも、

 

おこさまが大きくなるまで、ずっとサポートさせていただいています。

 


赤ちゃんとの生活がはじまったママにお伝えしたい事がたくさんあります。


出産前は、赤ちゃんができるとキラキラした育児生活が始まると思っていたママ、

 

でも現実はそんなことばかりではない・・・


ママは、誰かに聞いてもらいたいことが山のようにあります。



ただ、話を聞いて欲しい・・・


知らないことを教えて欲しい・・・


こんな時どうしたらいいの?


赤ちゃんってみんなこうなの?


どうやって赤ちゃんと遊んだらいいの?


今の私の育児はこれでいいの?
 


楽しいこともいっぱいだけど、

 

不安なこともいっぱい、

 

時には逃げてしまいたくなることもあるでしょう・・・


そんなママのそばで、

 

あたたかな太陽みたいなところで

 

話しを聞いてもらえてサポートしてくれたらいいなあと思いませんか?



ふふふ・・・それがハートノート 

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ママと赤ちゃんがすこやかに過ごせるお手伝いをしているみやいふみですラブラブ

私が看護師になってから、30年がたとうとしています。

高校3年生の時に、入院しているこどもたちの姿を見る機会がありました。
その姿を見たとき、この子たちに何かできることはないかと思い、看護師の道を選びました。

看護学生での実習で一番心に残っているのがNICU(新生児集中治療室)での実習です。

1,000gにも満たない赤ちゃん、そんな赤ちゃんが保育器の中で、点滴をして、モニターのラインをいっぱいつけて、人工呼吸器をつけて、とてもしんどい状況の中で、一生懸命生きている姿を見ました。とても大変な状況なのに、指を吸ったり、おててを動かしたり、あんよを動かしたり、そしてときには笑顔をみせてくれたりするんです。声をかけるとおめめをあけてくれることもあります。

その姿を見て、看護師になったら、いつかこういうところで働きたいなあと思っていました。

看護師になり、学生の頃から行きたいと思っていた兵庫県立こども病院に就職、そして乳幼児病棟、NICUをメインに仕事をしてきました。

重い病気であっても、その時その時を精一杯生きているこどもたちの姿に毎日心を打たれながら過ごしていました。

ある日は、自分もしんどいのに、私が夜勤をしていると「かんごふさん、眠たくなったやろ。私のベッドに一緒にはいって寝ようよ。あったかいよ」と4歳のこどもが言ってくれたことがあります。
ある夜勤の日には、私の手技が下手で痛い思いをさせたのに、朝、起きたときに私が「おはよう」と言って抱っこをするとギューッと抱きしめてくれて笑ってくれた2歳のこどももいました。
命があとわずかしかない4歳のこどもが、きょうだいのことを気にかけていたり、パパやママの身体のことを気遣ってくれたりする言葉を言ってくれることもありました。

こどもの純粋な気持ちにいつも涙を流していたように思います。

こどもが持ってる力ってすごいなあとも思いました。

こどもたちが笑顔で毎日を過ごせるような仕事にずっと関わっていきたいなあと強く思ったのも、この頃です。


看護師として働きながら、その間に結婚をして出産をして、産休育休をとりながら、仕事を続け、3人の息子たちの親にもなりました。

3人目を出産した時に、12年いた臨床現場を離れ、教育のほうにすすみ看護教員として仕事を始めました。

たくさんの学生さんと出逢い、一緒に笑ったり泣いたり、そして多くのことを学ぶこともできました。

学生さんたちと話をする中で、生きにくさをかかえている人に出逢いました。

この生きにくさはどこからくるんだろう、と考えた時にそれは小さい頃にさかのぼるのではないか、小さい頃に包み込んであげられる環境があれば少しは楽だったのではないかと思いました。
 
そんなこともあり、教員になって9年目、やっぱり私はこども、特に小さな赤ちゃんに関わる仕事がしたいと思いはじめました。

赤ちゃんとママに関われる仕事はなんだろう・・・と考えていた時にこの仕事に出逢ったんです。

国際インファントマッサージ協会認定インストラクターの資格をとり、2007年に兵庫県明石市で赤ちゃんのマッサージ教室を開くことにしました。
その後も、日本ダウン症療育研究会認定 赤ちゃん体操指導員や日本タッチケア協会認定指指導者、国際リドルキッズ協会・JABC日本ベビー&チャイルドケア協会認定 医療が必要な子どものための小児タッチケア上級セラピスト、BPプログラムファシリテーターなどの資格をとり、活動を続けています。

2014年には「タッチアワード」にて大賞をいただくことができました。

今は、その他、明石市の子育て支援事業として、子育て支援センターや保育園での赤ちゃんのタッチケア講座、タッチ&エクササイズの講座、中学校での「未来のパパ・ママ事業」、乳幼児への家庭訪問事業、ダウン症の赤ちゃん体操指導員として、兵庫県立塚口病院・ゆたかこどもクリニックでのダウン症の赤ちゃんの体操教室での指導、看護学校での小児看護学の講義を担当しています。

赤ちゃんを育てるのは、大きな仕事です。ママひとりだけでできる仕事ではありません。

いろんな人とのかかわり合いの中で子育てができていけばいいと思っています。

孤独にならない子育て、しんどくなった時に「助けて」と言える環境作り、子育てをしながら自分らしく生きることができるように、「○○ちゃんママ」という存在だけでなく、一人の女性としての生き方も考えることができる、そんな子育て生活を目指しています。
今だけでない、思春期をみこした子育てをママたちに伝えていきたいと思っています。


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