こんにちは!

 

 

最近、笑っていますか?

 

 

 

 

コロナ禍に突入してからというもの

世の中が不安と恐怖、陰鬱な空気が漂っています。

 

その影響は私の周りにも出てきています。

 

精神疾患を持つ利用者さんが自殺したり

過剰内服などでの自殺未遂が増えています。

 

 

心の病気を持っていない人でも

うつ状態の人が増えているようで

いわゆる「コロナうつ」が懸念されています。

 

 

影響は社会的弱者と言われる方を先頭に

社会全体に蔓延する恐れがあります。

 

 

これに関して、私も他人事ではないので

自分に何ができるのか、最近ずっと考えています。

 

具体的な解決策を出すためには

やはり論理的枠組みで考える方が

私には性に合っているので

「魂の光 パタンジャリのラージャ・ヨーガ経典」を基礎に考察してみました。

 

 

結論から申しますと

コロナうつを乗り越えるには

ゆめみる宝石正しいと思っているものは間違っているかもしれない と思うこと

ゆめみる宝石たとえ間違っていたとしても自分と他者の存在を肯定すること

ゆめみる宝石たとえ間違っていたとしても自分と他者の自由意志を尊重すること

 

でしたニコニコ

 

一応、下に論理的に解説してみたので

ご興味のある方は読んでみてくださいハート

 

 

マインドマップ的なものを書いたので

こちらも貼っておきます。

 

以下、この図の解説となります下矢印




 

まず、3つのステップで

コロナ禍における人々の不安・うつ・自殺願望の原因を

考えていきます。

 

ステップ1:外的に現れている現象

ステップ2:1を生み出すもの

ステップ3:1と2の原因となるもの

 

(魂の光 p.109)

 

まず、ステップ1として今起きている現象は

「コロナ禍における人々の不安・うつ・自殺願望が高まっている」

となります。

 

これは不安、恐怖心という感情(アストラル)が関わっています。

おそらく、マスコミの過剰な報道や

政府の対応のまずさも相まって

不安や恐怖が強まっているように思います。

 

 

次に、ステップ2は

ステップ1を生み出している要因についてです。

 

私の周りで聞かれた言葉としては

「自分はこのまま生きていていいのか」

「迷惑をかけながら生きていて申し訳ない」という

自己の存在意義への疑念というものでした。

 

生きているだけ他者に迷惑をかけたり

悪影響を与えているのではないか。

 

人の役に立つことができていない、つまり

生産性のなさに対する罪悪感のようなものが

自己の存在意義への疑念に繋がっています。

 

もし、自分がコロナに感染して

誰かにそれを移して殺してしまったらどうしよう

という不安も、これに拍車をかけているでしょう。

 

人の命を差し置いて自分が生きることに対する

罪悪感というものがあります。

そこまでして自分に生きる価値があるのか

という疑念もあるでしょう。

 

これらは、生きる意味への問い・

自分は何のために生きているのか、という

「意味」の探求になるので

思考(メンタル)が関わっています。

 

 

 

アストラル→メンタルときたら、ステップ3は「魂」ですね。

 

ステップ3は、感情と思考の原因となっている

魂に関するものです。

 

人間とは本来「魂」の存在であり

肉体、感情、思考は魂が自らを表現するための媒体でしかない

と秘教では言われています。

 

ラージャ・ヨーガについても同様です。

 

魂が自らをありのままに表現できない時

人は、肉体・思考・感情にトラブルを抱えます。

 

魂は一人一人の個性があり

肉体・感情・思考を道具として活用しますが

現代人はまだ魂として生きられている人は少ないようです。

 

 

魂そのものである本来の自分は何をやりたいのか。

どうすれば歓び・至福を得られるのか。

自分の使命は何なのか。

どうすれば魂そのものとして生きられるのか。

 

それを探求するのが「生きる」ことだと思います。

 

 

残念ながら、現代人はなかなかこういった探求に

意識が向きにくい生活を強いられてきました。

 

仕事が忙しかったり

物欲を煽られるような情報に埋もれてしまうなどです。

 

 

ある意味では、コロナ禍は

人々を生きる意味への探求へと

意識を向けさせる絶好の機会であると

私は思います。

 

 

では、ここまでの中で

問題となるのは何か考えてみます。

 

私はステップ2における

「他人に迷惑をかけたくない」

という思考なのではないかと考えました。

 

もちろん、他人に迷惑をかけるべきではないのは確かですが

生きているだけで誰かしらの足を引っ張ってしまうのは仕方ないことです。

 

まさか、自分は今まで誰にも迷惑をかけずに生きてこられた

なんて人はいないでしょう。

 

日本では子供を叱る時

「人に迷惑をかけちゃダメだよ」と言いますが

インドでは

「迷惑をかけてるんだから人の迷惑も許してあげなさい」

と言われるという話を聞いたことがあります。

 

誰一人、他者を傷つけずに生きることはできない

ということを自覚せねばなりません。

 

しかし、「他者に対して無害でありたい」

という価値観は日本人の良いところでもあります。

 

思いやりの精神はとても大切です。

 

 

であるならば、誰かが無自覚に過ちを犯したり

他の人に迷惑をかけていると思った時に

「お前は思いやりのないやつだ」と敵意を向けるのは非合理的です。

 

いわゆる「自粛警察」の言説は、このように非合理的です。

 

正しいことをしていない(と勝手に思っている)相手に

敵意や増悪を感じるのは

自分自身に敵意と憎悪の種子があるからだと

魂の光p.202でも語られています。

 

それを回避するためには

「自分や他人に対する敵意を生む原因に対処する」

ことにあるようです。

 

そうすることによって、自分自身の中に平安を感じ

他人との間にも平安が生まれる、と続きます。

 


では

「自分や他人に対する敵意を生む原因に対処する」ために

改めるべき考え方は何でしょうか。

 

それは、「正しいことをしない人を許さない」

というメンタリティにあるように思います。

 

許さない、とは言わないまでも

「よく思わない」も含むでしょう。

 

これは「世間的な正しさを

“実は間違いかもしれない”と疑っていない」

ことによるものです。

 

特に新型コロナウイルスは

まだわからないことがたくさんあります。

 

何が正しいかもわからないのに

今現在言われている感染対策をしていない人を見て

よく思わなかったり、敵意を向けたりするのは

「自分、世間、政府、科学者の言うことが間違いであるはずがない」

という思考に立脚しているように思います。

 

 

ここはとても重要です。

 

本当に正しいことなど、誰にもわからない。

自分だって間違っているかもしれない。

 

ということを受け入れる必要があるのでしょう。

 

これを受け入れ難いのは

日本の学校教育が影響しているのではないかと思います。

 

正解は一つしかなく、他は全て間違いであるという

単純化された正誤の判断基準は

学校の試験では求められたとしても

社会では、そんなに簡単に割り切れるほど

単純なのもではありません。

 

 

科学的な正しさはある程度まであったとしても

それをすべての人が守ることなど不可能ですし

守らせようとすれば独裁、優生思想へと向かうことになります。

 

そんなことを誰も望んでいないとしても

今の現状がその方向へ向かっていないとは言い切れません。

 

それで良いのか?

私たちが向かおうとしている未来は

その方向で良いのか?

 

もし違う未来を望むなら

自分には何ができるのかを考える必要があります。

 

 

それを考えるためにまず最初に受け入れることは

「自分は間違っているかもしれない」ということでしょう。

 

そして自分と他者の間違いに寛容になること。

 

それが、優しい社会をつくる最初の一歩ではないのでしょうか。



自分の考え、価値観と

他者の考え、価値観は違います。

 

自分の信じているものと

他者の信じているものは違います。

 

その事実を受け入れられるかどうか。

 

 

誰しもが、自分の考え、価値観、信じているものは

正しいと考えています。

 

誰しもが、最善であろうとしているはずです。

 

その在り方までをも否定しないことこそが

思いやりと呼べるのではないでしょうか。

 

つまりは、自他ともに「自由を尊重する」ことです。

 

自由な考え、自由な価値観、自由な行動を

法律に反しない限りにおいて尊重する。

 

たとえ、それらが後々本人にとって痛手となるとしても

その時点で本人が正しいと信じているなら

痛手はいずれ学びになります。

 

もしその考え、価値観、行動が

他の誰かの気持ちを傷つけることになったとしても

傷つけた本人に悪意がなく意図すらなかったのであれば、傷ついた人自身の中にある問題に光が当たるのであり、そこから傷ついた人が自己成長を遂げるきっかけになります。

 

魂そのものである人間にとっては

傷つくことなど起こり得ません。

 

傷ついたとしたら、何らかの抑圧があります。

 

 

 

何が正解かは一人一人異なります。

 

それぞれの正解とは

「それぞれにとって平安が生まれるもの」。

 

その意味で言えば、自他の肯定と尊重を基本としたものであれば

何が正解でも良いのだと思います。

 

 

以上より、コロナうつを乗り越えるには

・正しいと思っているものは間違っているかもしれない と思うこと

・たとえ間違っていたとしても自分と他者の存在そのものを肯定すること

・たとえ間違っていたとしても自分と他者の自由意志を尊重すること

 

つまり、「無条件の肯定と自由意志の尊重」であり

それは思いやりであり、愛なのではないかと思います。

 

さらに、他者に肯定と尊重を求めるのではなく

自分から「無条件の肯定と自由意志の尊重」を進んでやることが大切だと思います。

 

何事も自分からしか世界は変えられないからです。


言葉で言うほど簡単なことではないので

絶えず意識的でなければなりませんね。

 

 

人は何かしら理由をつけて否定したがります。

それは、自分に対しても他者に対してもです。

 

しかし、理由などなくても肯定し尊重することから

すべての良好な関係性は始まります。

 

コロナで人々の間に距離が取られていますが

人間とは関係性の生き物なので

関係性なしに平安でいることは困難です。

 

こんな時代だからこそ

他者との心の距離を近づけて

お互いに肯定・尊重を基調とした

良好な関係性を育んでいき、

未来の子どもたちのためにも

優しい社会を作りたいですねウインクキラキラ



 

 

 

皆さんこんにちは😊

メディアではまだまだ
新型コロナの恐怖を煽っていますが
いかがお過ごしでしょうか。

私自身は、コロナは茶番だと思っていたのですが
免疫学において詳しい
メカニズムが分かってきたため、
勘は正しかったのかなと😅

なんで、ここ最近になって
PCR陽性者が増えているのに
死者、重症者がまったく増えてないのか。

そしてなぜ、メディアはそれを報道しないのか。

その答えを提示してくれた
免疫学、集団免疫のプロが解説している
動画をご紹介します。

今の騒ぎの中では
中々信じられないという人も
いるかもしれませんが
ぜひ、偏見を横に置いて見てみて下さい😊

どちらの動画も長いので
話の内容を下にピックアップしておきます👇👇


【日本では既に集団免疫が達成されている】





【新型コロナウイルスの第二波は来ない!】





まじかるクラウンコロナウイルスは感冒ウイルスの15-50%を占めるので接触制限、行動制限では収束しない

まじかるクラウン世界でも新型コロナは収束に向かっていることを示すデータがある

まじかるクラウン集団免疫を獲得すると急激に死者が減り収束に向かう

まじかるクラウン今の感染対策は「頭隠して尻隠さず」

まじかるクラウンウイルスは机の上、手すり、どこにでも付いている。免疫があれば発症しないし免疫がなければ発症するだけで、接触制限や密を避けることは何の意味もない

まじかるクラウンメディアの恐怖の煽りは恣意的である

まじかるクラウンエクモ(ecmo )の装着台数は減少している。人工呼吸器装着が最近少し増えているのはコロナ感染以外のを計上している可能性あり

まじかるクラウンPCR陽性者数は増えているが死者数はまったく増えていない

まじかるクラウンPCR検査数が増えたころからPCR陽性者数も増えている

まじかるクラウン死者数が増えず陽性者数が増えているのは、集団免疫を獲得した人がPCR検査をして粘膜についたウイルスを検知しているだけ

まじかるクラウンインフルエンザでも3月に収束するのは集団免疫を獲得しているからである

まじかるクラウンなるべく犠牲者を出さずに抗体保有者を増やしていく戦略を考える必要がある。

まじかるクラウン抗体はミサイル、免疫(T細胞)は軍隊。コロナウイルスはT細胞免疫を強化する。軍隊を検査することは難しい。

まじかるクラウン日本人の抗体価に関する研究が近日発表される

上久保特定教授の理論
まじかるクラウン予測とその後のデータがほぼ同じ

まじかるクラウン日本は今年のインフルエンザ感染者数が抑制されたのは、昨年末から日本にコロナS型が流入(ウイルス干渉)したためインフルエンザ感染が阻害された。

まじかるクラウンインフルとコロナは反比例している

まじかるクラウンダイアモンドプリンセス号は水際ではなく、その前に何十万人もの中国からの入国があった

まじかるクラウン無症候性が多い新型コロナ感染症において、3月9日まで中国より入国制限はなく184万人が入国していた

まじかるクラウンゲノム解析により入国制限の前に中国からK型(先祖の変異型)を持った方が入国していた

まじかるクラウンS型の集団免疫に必要な罹患率=54.3%

まじかるクラウンK型の集団免疫に必要な罹患率=54.8%

まじかるクラウンSとKは少し変わった軽い風邪で致死率が低い

まじかるクラウンG型は重症化しやすい変異型で武漢と欧米で流行

まじかるクラウンG型の集団免疫に必要な罹患率=85.7%

まじかるクラウンK型は細胞性免疫(T細胞免疫)を強化するためG型に暴露しても免疫力によりサイトカインが出て感染せずに済む

まじかるクラウン死者の多い武漢・欧米ではK型が流行する前に入国制限・ロックダウンしたため細胞性免疫を獲得しておらずG型感染で死者重傷者が増えた

まじかるクラウンさらにインフルエンザが流行した地域ではウイルス干渉によりK型に感染できず細胞性免疫を獲得できなかったためG型が流行し死者重症者が増加した

まじかるクラウン日本にはS型とK型において集団免疫をすでに獲得していたため、G型が入ったあと死者重症者はいるものの他国に比べ抑制されており、現在は全く増えておらず、おそらくG型に対しもすでに集団免疫(G型=85.7%で集団免疫獲得)を獲得している。


だから陽性者が増えても死者は増えない!





全てを鵜呑みにする必要はありませんが
論理の整合性があるか考えてみると楽しいです✨


私は仕事以外はマスクをしませんニヤリ

マスクは二酸化炭素が体内に溜まり
頭痛や体の痛みになる低酸素血症や
熱中症、脱水などのリスクもあります。

ソーシャルディスタンスが免疫学上
意味が無いことも
動画を見ればお分かりいただけるでしょう。

みんなが周りの目を気にせず
マスク着用をやめられたら
ストレスが減って
みんなの免疫力も上がりますよ〜💕



先日、ホリスティック医学協会のホリスティックヘルス塾をオンライン受講させていただきました😊

講師は我らがホリスティックナースの田中奈々美(ななみん)さん✨


感想文をお願いされたのに、小論文になってしまいましたが😅とりあえず備忘録として残しておきます。
・・・



ホリスティックヘルス塾 講座

ホーリズムと個人の自由・自立について考える
ホリスティックという言葉は「ホーリズムholism」の形容詞であり「全体はそれを構成する部分の総和以上のものであり、部分に分けてバラバラに理解しても決して全体を捉えることはできない」という考え方であるという。

これを人間社会に当てはめて考えてみる。個人の集まりを集団としても、その集団が調和して社会を作って循環していかなければ、構成員である個人のうちに優劣が生じたり、疎外されたり、貧富の差が出てしまう。つまり、ホリスティックとは単なる個の寄せ集めではなく、自立した個が調和、統合した状態になることと言える。

では、個々が集まりながらも調和していくための繋がりは何かと考えると、それは愛ではないかと思う。愛はお互いを引き付ける力である。それはお互いを思いやる愛であり、押しつけでもなく、あくまでも自由を尊重することであろう。
では、自由とは何かといえば、自分が思ったことを誰の強制や抑圧も受けずに考え、実行することであろう。自由に生きるには、自分の考えや想いをとことん追求していくべきだし、他の人の自由も同じように尊重していくことが大切である。そこに集団が調和する力が生まれる。考え、思想が違うからと言って、集団から疎外しても全体としての調和を取ることはできない。「みんな違ってみんなよい」の精神である。

自由であるためには、誰かに意思決定を委ねることではなく、自分の決定に責任を持つこと、つまり「自立」が必要である。自分とは何者であり、どう生きたいのか、どう死にたいのか、そういった人生に対する哲学をしていくことが「自立」した「自由」な生き方につながる。とはいえ、意思決定をするにも情報がなければ判断が難しいこともある。そのためにサポートしてくれる人や専門家の知識は大いに活用していくのも良い。しかし、最終判断はその人個人の決定とその決定に対する責任を負うという自立した考えが必要である。

ホリスティック医療の中で重要なのは、自主性、主体性を持つことだと考える。これは講座の中の「がんを生きる12カ条」の第4条、自分の病気は自ら治そう、にもある。『医者や治療家はサポーター、アドバイザーにしかすぎない。自分の病気の治療には自分で責任を取る心構えが必要。治療家に責任を押し付けても「自分に都合の良い」治療家を求めても、病気はよくなるわけではない。』
しかしこれには、上述の通り、人生の哲学を持って自由に自立できていることが前提となるであろう。日本人は周りへの気遣いや迷惑をかけてはいけないという集団心理が根付いており、和を持って生きることを良しとする文化がある。もちろん、調和するという意味では重要だが、その前提である個人の自由・自立があまりにも軽薄で、同調圧力や忖度により自分の意見を持ち深めることすらも難しい。その中の最たるものは「死は忌むべきもの」ではないだろうか。
死について語ることがタブー視されているため、話しにくくなり、話せないから考えも深まらず、自分の意見が持てなくなってはいないだろうか。東日本大震災では死について考える人が増えたが、それは死への恐怖の上に立脚したものであり、長続きせず、また今回の新型コロナ騒動で死が身近に感じた人は増えたであろう。「コロナ恐怖」には死への恐れが背景にあり、相変わらず私たちは死についてもっと深く考えようとはしていないのではないか。

ホリスティックに人間の命を考えるには、まず死について語ることをタブー視するのを止めるべきである。そのためには「死を忌むべきもの」というマインドセットを一旦壊すべきではないか。
人間の命は永遠である、ということをもっと共有していかなければならない。
私には前世記憶はないが、子どもが生まれる前の話をしたり、読めない文字を読んでその時の記憶を語ってくれたことがあり、それがきっかけで「生と死」を外れたところにも命には居場所があるのだろうと思えるようになった。また、その後に臨死体験の研究や秘教治療を学び、死後のs世界、死の意味、メカニズムの論理立った知恵を知り、死への恐怖は消えた。

生と死を外れたところにある命の記憶について語ってくれる人たちとの交流と死後の世界の理解を深めることは、死への恐怖を手放し、今を前向きに生きることを後押ししてくれるのではないか。そして、個人個人が魂の視点で自分の人生を本当の意味で自由に生き、魂の視点で他者と調和していく世界こそ、今の危機的な世界の状況を自分たちの手で救うことになるのではないかと思う。

以上より、今回のホリスティックヘルス講座を受講して感じたことは「ホリスティックナースとして人々の死への恐怖を取り払い、人生の意味を考えもらい、個人としての自立を促し、今を前向きに生きることを促すような関わりを社会に対して行なっていきたい」ということであった。

以上

…………


ここ最近、死生観と自由について考えることがおおかったので、それらを一気にまとめられて良かったです✨


今、ホリスティック看護が熱い٩( 🔥ω🔥 )و


今週末にはホリスティックナースの会も開催です✨


…………


(趣旨)ホリスティックナースとの繋がり
 ホリスティック看護を知る

 前回好評に引き続き国際ホリスティック看護協会の代表中ルミさん、大阪支部代表田中奈々美さんを交えて、実際のホリスティック看護とは?ホリスティック看護をどう始めていくか?などのお話をしていきます🎶
 日々感じていることや抱えている想いを、みんなでシェアし合いながら、ナースである私たち一人一人の癒しと創造の時間となりますように!

🌟日時 2020年7月25日  20時〜22時(自由退出ok)
🌟場所  zoom参加 出来たら顔見せにてお願いします
🌟参加費 無料
🌟定員 15名まで
🌟申し込み 参加ボタンとともにコメントかメッセージを下さいませ
 
※内容 
・はじめのご挨拶 司会・進行(川口)
・自己紹介 (お一人1分程度、PR可能)
・国際ホリスティック看護協会概要・現場での様子
(中ルミさん)
・ホリスティックナースの活動について
(田中ななみさん)

・質疑応答&交流会

https://facebook.com/events/s/%E3%83%9B%E3%83%AA%E3%82%B9%E3%83%86%E3%82%A3%E3%83%83%E3%82%AF%E3%83%8A%E3%83%BC%E3%82%B9%E3%81%AE%E4%BC%9A-%EF%BC%93%E5%9B%9E%E7%9B%AE/304711710909733/?ti=icl


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ご興味ある方はぜひお気軽にご参加ください😊💕