またまた久しぶりの更新になってしまいました。

 

よく親が子どもに、「人に迷惑をかけてはいけない」という教育をしていることを耳にします。

しかし、そういう考え方をしている人ほど、自己中心的であったり、利己的であったりする傾向が強いように感じます。

また、そういう教育を受けて育った子どもたちもそうなりやすいように感じます。

 

そもそも何故そういう傾向になりやすいのか。

「人に迷惑をかけてはいけない」という思考は、「人に迷惑をかけなければいい」という考え方につながり、「誰にも迷惑をかけていないのだからいいじゃないか」という思い上がった考え方につながってきてしまう可能性が強いからだと感じます。

 

では何故そういう考え方が、思い上がった考え方なのかというと。

そもそも私たち人間は、この世に生を受けた瞬間から、周囲に迷惑をかける存在だからです。そして周囲に迷惑をかけながら成長していくのです。呼吸をしている、それだけでも地球に迷惑をかけている存在だというこたを忘れてはいけません。

 

どうしても迷惑をかけてしまう存在。ならばどういう思いで生きていけばいいのか。

申し訳ないという思い?それは違います”!私たちは、この地上に生まれ学ぶ必要があるから生まれてきているのだから、それを申し訳ないと思うのはおかしいですね。

 

ではどうすれば?

 

簡単な話、迷惑をかけながら生きさせて頂いていることに感謝すること。感謝の気持ちを忘れずに生きること。

そうすれば間違っても思い上がることはないのではないでしょうか。

 

ちょっとそちらの方向に思考を向ければ、日々周りには感謝することが溢れていることに気付くことでしょう。

 

そして、そのほうが幸せを感じれることも多くなります。

 

誰しもこの世で生きていくことは楽ではありません。

 

ならば、少しでも幸せを感じる生き方をしたいですね。思い上がらず。

 

 

 

 

 

 

一部の単純な症状(軽度の頭痛や腹痛など)を除いて、スピリチュアルヒーリングのヒーリングエネルギーは、人間の霊に作用して肉体や精神の回復に繋がります。

それは、肉体と精神と霊は、繋がり合っていて相互に影響しあう関係で、その関係の内容は、肉体は精神の道具であり、精神は霊の道具であるというものだからなのです。

殆どの病気(肉体、精神)は肉体と精神と霊のバランスが崩れた状態にあります。

スピリチュアルヒーリングはその三者のバランスを回復さるために、その三者の中でも主になる霊に働きかけることで治癒に繋げるもので、それに使用される霊界からのエネルギーは実に多種多様なものと伝えられて(様々な霊界通信)います。

 

さて、タイトルの「スピリチュアルヒーリングと魂の進化」についてですが、まず私のようなスピリチュアルヒーラーは、霊界の高級霊から送られてくる様々なとても精妙なバイブレーションの治療エネルギーを地上の人間に適合する粗いバイブレーションのエネルギーに変換するコンデンサーの役割を担っているのですが、ひとつには、依頼者の魂の進化の程度が低く、あまりにもそのバイブレーションが粗いために、ヒーラーが変換したエネルギーでも、その依頼者の魂が吸収することができず、効果が現れないことがあるというもの(かなりある)、もうひとつには、依頼者の病気がカルマ(因果律)に起因しているもので、まだそれが解消されていない場合いくらエネルギーを注ごうとしても、魂がそれを受け入れられず効果が出ない(これもかなりある)ということがかなりあります。

 

つまり、スピリチュアルヒーリングは誰にでも効果があるというものではなく、病気の原因となっている魂のカルマが解消されていること、魂の成長度がそれなりの段階に達していることが大きな条件になってくるものなのです。

 

もちろん私たちヒーラーにも条件はあります。より高いところの精妙なエネルギーを受けろれる(通せる)よう自らの魂のバイブレーションをより精妙に保つための生き方を努めていかなければなりません。

 

魂の話は奥が深く簡単に理解し、話尽くせるものではありませんので、また折を見て私の認識している範囲に限られますが、投稿していければと思っています。

 

 

 

 

実に半年ぶりの更新になってしまいました。
私が霊界から授かったお役目。
それは、ときには霊界から送って頂いたヒーリングエネルギーをご縁を頂いた方に注ぐためのコンデンサーの役割の道具となり、霊的エネルギーや霊界の存在を伝えたり、会話を交わす中で、霊的心理に沿った生き方を伝え、その方の魂を刺激することによって魂の目覚を促し、奥深くに存在する神性を育て魂の成長に繋がる生き方に目覚めていただくことにあります。
しかし、それは途方もなく困難で険しい道のりであります。
たびたび挫折を繰り返し、というより、ほぼ挫折ばかり、なかなか成功したというところにたどり着くことができません。
でもそれこそが私の今生の地上での学びなのでしょう。
伝えきれず方向性が変わりバイブレーションのずれを生じてしまうことが殆どですが、シルバーバーチもその交霊会の中で、参加者のヒーラーやミディアムに対して、あなた方が一生のうちにたとえ一人でも魂の目覚を促し、霊的心理に沿った生き方を伝えることが出来たなら、あなた方の仕事は成功したと言えるでしょうというメッセージを伝えています。
その言葉は、私に対しても大きな勇気を与えてくださっています。
めげない力を与えてくださっています。

そしてなにより、私の霊的な活動を上から支えてくださっている高級霊の方々に対する感謝の思いが溢れてきます。
私の頭の上で絶えず聴こえる高級霊の方々が発する高周波の音を意識するたびに、この活動を続けていく勇気を頂いています。
挫折しそうになったときほど、高級霊の方々の有り難さが心にしみます。そして、できる限りこの活動を続けていくことへの誓いを新たにします。

この地上を去って霊界での活動をするための準備のためにも。

半年ぶりの更新になってしまいましたが、改めて高級霊の方々、そして大霊への感謝の祈りを捧げます。

 

 

 

 

霊能力と言うと、多くの人が、俗に霊能者と呼ばれている人たちが身につけている、特別な能力だと思っているのではないでしょうか。

でも実は、霊能力は例外なく誰しもが当たり前に身につけているものなのです。

何故なら、私たち人間の本性は「霊」だからです。霊界からこの地上に生まれてきて、地上で生活していくために肉体というアイテムを身につけている霊なのです。

だからすべての人間が(動物も)霊能力を身につけているのは、当たり前のことなのです。

しかし、私たちは肉体という、霊からしたら実に煩わしいものを纏っているために、本来の霊能力をほとんど発揮することが出来なくなってしまっているのですが、インスピレーションや予感といった形で僅かですが、それを発揮してはいます。

 

霊能力をどれくらい発揮できるかということは、まずその人の体質が大きく関係してきます。

内にある霊力をどれだけ外に顕現できるか、また外の霊的なものをどれだけ内に取り込めるか、これは殆ど体質によるものです。

たとえば霊的なものを感じたり見えたりすることも、殆ど霊的な体質によるものです。

 

なので霊的なものが見えたり感じたりすることイコール霊能者、益してや霊媒などとは言えません。

むしろそれだけなら、見えたり感じたりしないほうが、よほど生活し易くていいのです。

私の娘もそうですが、たまたま霊的な体質だったがために、辛く大変な思いをしている人を私は多く見てきています。

外部からの霊的な影響を受けやすいそうした人たちは、体調を崩すことも多く、ほんとうに大変な生活を強いられます。

本人は気づいていなくても、実は霊的に敏感な体質のために原因不明に体調を崩しやすくなってしまっている人は意外に多いのです。

 

たとえば、霊能者と名乗っている人も、たまたま顕著に霊的な体質だったという人がかなり多いように見受けられます。

そういう人の中にも、自分自身が外部からの霊的な影響を受け、苦しんでいるということは少なくないでしょう。

 

霊能力者。霊的に敏感な体質だけのそれは、凄いことでも、益してや立派な人間というでもありません。

くれぐれも勘違いなさいませんように。

 

次回は、霊能者、霊媒と呼ばれるものについて、もう少し詳しく書いてみたいと思います。

 

 

余談

音楽活動のほうですが、8月に2曲新曲を制作しました。1曲はバンドのレパートリーにくみこまれましたが、もう1曲はまだ保留中です。

レパートリーになった私の曲のたいとるは、「優しい歌が聴こえる」です。

そしてもう1曲ほかのメンバーが、バンドの曲を作ってくれました。タイトルはズバリ「46YEARS AFTER CLUB BAND」です。

 

 

 

 

 

 

8月6日の広島原爆の日、8月9日の長崎原爆の日、各地での無差別空襲、国外の戦地での多大な犠牲、そしてボロボロになって迎えた8月15日の終戦(敗戦)の日。
日本の8月にやりきれない悲しみを感じるのは、私だけではないと思います。

しかし、その一方で日本人の多く(特に戦争の辛い経験者や犠牲者の遺族)が、その悲しみを憎しみや怨みに変えることなく、またそれらを克服して、二度と悲惨な戦争を起こさない悲惨な犠牲者を出してはいけないという願いに変えているという素晴らしい行為に誇りと、そしてなんといっても未来の希望を感じます。
そうした多くの人々の愛の祈りを大切に、絶やすことなく大きくしていかなければと思います。
そのためにも、この8月の悲しみを忘れてはいけないと感じるのです。

悲しみを愛に変えることなく、憎しみと怨みの鎖に繋がれてしまっていたのでは、前を向くこともできず先に進むこともできず、苦しみの中で生きて行かなければなりません。

多大な苦しみを経験してなお、それを受け入れ克服して愛に変えてきた多くの人々を尊敬しています。


余談
3月に昔の音楽友達と二人で再開してきた音楽活動ですが、7月からもう一人昔の音楽友達がベースギターで加わり(昔はドラムを叩いていた)、3人のバンドの体制が整ってきました。
そして、バンド名も決定しました。
バンド名は「46YEARS AFTER CLUB BAND」です。
今のところ、8曲のオリジナル曲を中心に練習をしています。まだまだ完成度はいまいちですが、少しずつ楽しみながらやっていけたらと思っています。
そしていま私は新たな曲作りの最中です。なんとかいい曲を作りたいと思っています。