見合いはどのように進めるか

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仲人の紹介の言葉につづいて、双方が初対面の挨拶を述べ終わったら、仲人は、「どうぞ、お席におつきください」というように、一同に着席をすすめ、席が定まったら、かんたんに挨拶を述べます。

この場合の仲人の挨拶は、いわば開会の辞にあたるもので、人によって違いますが、一例をあげると、次のようなものです。

「きようは、おふたりのお見合いということで、お集まりを願ったわけですが、昔とちがって、おたがいに形式ばって、かしこまっているだけでは、意味がありません。

ひとつ、おたがいに胸襟をひらいて、自由に、フランクにお話しあいを願いたいと思います」

それに対して、双方の本人や付添いが、「いろいろお世話をおかけいたしまして。・・・」とか、

「ありがとうございます」などというか、あるいは、無言のまま会釈するかして、謝意を表すると、仲人は、双方の職業なり、趣味なり、あるいは教養なりについて、双方が知りたがっていると思われる点を察して、話題のきっかけをつくってやるようにします。

 

大橋直久~カウンセラー

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付添いは脇役(大橋直久)

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見合いの付添いは、さきにもいったように人生経験のゆたかなおとなの目で相手側を観察し、良縁かどうかを判断して、あとで本人に助言を与える役目です。

したがって、親やおじ、おばであっても、見合いの席では、あくまで脇役であることを自覚し、出すぎたおしゃべりはしないようにします。

ただし、本人が極度に差恥心が強かったり、無口だったりして、話がとぎれがちなときには、適宜に相づちを打ったり、短い質問をしたりして、座の白けぬようにすることも必要ですが、そのような場合も、あくまで、主役である本人にかわって発言しているのだという態度を失わず、いわゆる話し上手ではなく聞き上手になるようにつとめなければなりません。

 

大橋直久~カウンセラー

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本人たちは主役

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見合いの当事者たちは、当日の主役だといえます。

なかには、性格的に差恥心が強かったり、無口だったりして、仲人がせっかく話題のきっかけをつくってくれても、なかなか、それに乗って行こうとしない人がありますが、これは、主役として正しい態度とはいわれません。

差恥心の強い人や、無ロな人にいきなり「話し上手」になれと望むのは無理でしょうが、努力すれば、聞き上手にはなれるはずです。

いわゆる「聞き上手」とは、相手の話に、ときどき、相づちを打ったり、「それでどうなさいました?」などと質問したりして、熱心に聞きいることです。

このようにすれば、相手は、よい気分になって、話をそれからそれへと発展させ、こちらがあまりしゃべらなくても、一時間や二時間は、またたくまにすぎてしまうものです。

 

大橋直久~カウンセラー

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5月5日は清正公さま(加藤清正)のご縁日です。

加藤清正は、幼名は虎之助、名にし負う虎退治で有名な安土桃山時代の武将で、少年の時から豊臣秀吉に仕え、賤ケ岳の役(七本槍の一人)や征韓の役に戦功を立て、秀吉の死後も秀頼を助け、天下は自分の眼の黒いうちは、家康ごときに一指もつけさせない、と豊臣氏に尽くしたが、病のため思いを残して死去、ついに徳川の世になったといいます。

清正を神に祭るのは、武勇にあやかる意味もありましょうが、その反骨精神が民衆の共感を得た結果だという人もあります。

わが国の神は木石、狐狸、自然現象をはじめ、国のため、世のためになった人などさまざまですが、東国に乱を起こした平将門が明神さまと崇められたり、藤原政権から嫌われた菅原道真が、雷神信仰と合体して、天神さまといわれたりするのも、体制批判のあらわれといえましょう。

 

大橋直久~カウンセラー

鯉のぼりの起こりと立てかた

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鯉のぼりも武者人形も菖蒲の節句が尚武の節句となっての所産です。

菖蒲は尚武に通じると、軍陣にもちいる吹き流しを、端午の節句に立てる家が大江戸にあらわれ、それが武家屋敷の流行になって、これをみた町人たちが、それではこちとらも一つ、胸に一物もない威勢のいいところをと、やらかしたのが鯉のぼりの始めです。

鯉は竜門の滝(黄河流域の難所)を登って竜となるといわれ、登竜門ということばはここからでたとされるほどの出世魚ですから、大いに世に迎えられたわけで、今日では竿の先に玉と矢車をつけ、上から吹き流し、真鯉(黒)、緋鯉(赤)の順に、(武家と町家の合作)とりつけますが、それ以上につけてもよく、男児がふえるたびに鯉がどんどんふえていくようなこともあり、また、土地によっては武者などをえがいた絵のぼりを、幾本となく風にはためかすところもあります。

 

大橋直久~カウンセラー

太陽暦(現行のコヨミ)は、地球が太陽のまわりを一公転する時間を一年とするのに、太陰(月のこと)暦は、月が朔(新月)から次の朔に、あるいは望(満月)から次の望にいたる期間をもとにしたもので、原始的な暦法とされ、太陽暦の新暦に対して旧暦と呼び、正月も一カ月あまりおそく、立春から数日後にもなるのがふつうです。

幕末の蘭学者たちが、西欧諸国では新年がきているのに、自分らはまだ旧年にいたといって、新暦による"オランダ正月"を祝った話は有名ですが、もともと正月は、収穫と播種期の中間で、みのりの多いことを感謝し、祈願するのが目的です。

したがって、農作業の上からは、太陽暦によるよりも、太陰暦によるほうが合理的なはずです。

今日でも農村にいきますと、新正月は形式的にして、旧正月をゆっくりする家が多いといわれたりするのもそのためです。

 

大橋直久~カウンセラー

七草ナズナ・・・の鳥追い歌

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本によっては七草がゆをつくるときは、"七草ナズナ、唐土の鳥が、日本の土地へ、渡らぬさきに・・・トントンバタリ、トンバタリ"と、包丁で調子をとって歌いながら、七草を刻んだとありますが、これは元来は鳥追い歌です。

鳥追いは一月十四日の晩と十五日の朝の二回、この歌をうたいながら、若者たちがササラ、鉦、棒などをたたいて、村中をまわった行事の一つです。

歌の意味は、渡り鳥が疫病を運んでくると信じて、日本に着かないうちに、バタリ、バタリと海に落ちてしまえ、というのですが、たんに害鳥だけではなく、イナゴ、モグラ、イノシシなどの害虫や害獣、あらゆる農作物の害敵を、追い払おうという願いなのでしょう。

なお、時代劇に出てくる網笠をかぶり、三味を引いて門付けして歩く女を、一般に鳥追いというのは、それが鳥追い姿に似ていたり、鳥追い歌をうたったりしたからでしょう。

 

大橋直久~カウンセラー

四手はしめなわ、しめ飾りのほか、玉ぐしやご幣などにも垂れさげます。

しめなわが清浄な場所を示すナワ張りとするならば、これはそれが清浄なものであるとの標識です。

五百津真榊木(いおつまさかき)を根こじて、下枝に白丹寸手(しらにきて)、青丹寸手(あをにきて)を取り"垂で(しで)"て(たくさんの榊をしっかり根をおさえて、下の枝に白や青の幣白をつけたらして)と、「古事記」にあることから出たとされ、古くは木綿をもちいたのが、いまは紙でつくります。

カバノキ科の落葉喬木にシデというのがあり、早春、葉に先立って尾状の花穂をたらし、これが四手に似ているので、そう名づけたというのですが、これはむしろ逆さまで、四手とは元来は、稲の穂だれのかたちからきたものです。

かつての農業国のわが国では、これを稲作の予祝的な意味でつけたのが、いつしか清浄の標識になったのであります。

 

大橋直久~カウンセラー

 

 

 

国際結婚の解消

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国際結婚をした人の離婚に関しては、離婚の管轄権と、離婚の原因との二つの問題があります。

そして、管轄権としては、離婚は離婚訴訟を起こした土地の法律が管轄するとの訴訟地法説、離婚原因発生地法説、住所地法説、居住地法説、本国法説などがありますが、わが国の法例には、この点の規定はまったくありません。

つぎに離婚の原因に対しては、訴訟地法主義、夫の本国法主義、夫の本国法と訴訟地法をかねる主義、住所地法と婚姻地法をかねる主義、訴訟地法と婚姻地法をかねる主義などがあって、わが国は三番目の夫の本国法と訴訟地法をかねる主義をとっています。

ですから、わが国では、夫の本国法と日本の法律によって、ともに離婚原因のそなわっている場合にだけ、国際結婚の解消は許されるのですから、日本人同志なら比較的容易にできる離婚も、国際結婚ではなかなかそういかぬこともありましょう。

 

大橋直久~カウンセラー

近年における離婚の傾向は、結婚後一、二年が多く、夫婦関係の継続期間が増すにつれて、わが国では少なくなりますが、アメリカでは反対に、夫婦関係の初期に少なく、年数が増すにつれて多くなっています。

いずれにしましても、あまり好ましいこととはいえませんが、これによってつぎのような一般的効果が起こります。

すなわち、婚姻から生ずるいっさいの権利、義務は消滅し、これにともなって姻族関係も無条件に消滅します。

また、婚姻の際に氏を改めた夫、または妻は、離婚によって婚姻前の氏に復します。

なお、婚姻によって氏を改めた夫または妻が婚姻継続中に、相手方の祖先の祭杞をいとなむための祭具、墳墓、系譜などを受けついだ後に離婚したときは、当事者その他の関係者の協議で、それらのものを受けつぐ者を定めなければなりません。

 

大橋直久~カウンセラー