先日、ゴルフをやりたくて、札幌スズランにワンバッグを申し込んだ。

ところが ゴルフ場に着く直前に 雨が激しくなり、近くのドライブスルーで 珈琲を飲んでいたが、一向に 雨が収まる気配がなく、結局 諦めた。

ウチに帰っても することが無く、まあ とりあえず 街に出てカフェにでも行くか、と札幌地下街をぶらぶらしていたら、人だかりがしていた。


近寄ってみると、号外を配っていた。




号外は あっという間になくなったようだった。

幸いにも その一枚を手に入れた。

大谷翔平選手の50〜50達成のニュースである。


これからも大谷選手の号外は 何度もでるだろう。

そのたびに 驚きと絶賛のコメントが飛び交うだろう。

もう、彼を表現する言葉が枯渇したようである。

いつも同じワードが使われる。


こんな日本人が現れる、とは誰も思わなかっただろう。

すごい日本人が出た、とはもう言えない。

世界人か、地球人と言うべきだろう。


60年以上前である。

ボクが川湯の小学生の時である。

川湯小学校、川湯中学校出身の納谷少年が、大相撲に入り、大鵬と言う四股名に変え、あっというまに関脇で 幕内最高優勝をはたした。

川湯の街、そして弟子屈町は、驚愕し、お祭り騒ぎになった。

街の数少ないトラックに、納谷少年のお母さんが、関係者と共に乗り、街を練り歩き、路上に お餅やキャラメルをばら撒いた。

ボクは 仲間の子供たちとともに、夢中で拾い集めた。

甘いものが 貴重品だった時代である。


早速、今泉秀雄弟子屈長が 会長となって弟子屈町大鵬後援会が結成され、町の有力者が 皆んな後援会幹部となった。

ウチの小学校の 卒業式にきた今泉町長が、式辞のほとんどの時間を使って 大鵬を絶賛したのを今も覚えている。

だが、横綱大鵬が優勝を重ねるうち、町民の大鵬への関心は徐々に低下し、弟子屈町後援会の活動も ほとんどなくなった。

大鵬が全国区になり、地方の手に負えなくなったからである。


大谷選手も同様であろう。

岩手の大谷、日本の大谷から、世界の大谷へと変貌しているのである。


かって、「猿の惑星」という映画があった。

猿たちが知能を向上させて、地上を支配していた人間を駆逐し、世界を支配して、人間の上に君臨する、というSF映画であるが、これは、フランスの作家ピエールプールが、太平洋戦争中 日本軍の南方侵略をつぶさにみて、日本人を猿だ、と侮蔑して書いた小説が元になっている。


日本人は、太平洋戦争以降、民族的劣等感を 永く拭いきれないでいた。

知能的には、湯川秀樹博士や朝永振一郎博士など 多数のノーベル賞受賞によって ようやく劣等感を克服できた。

経済的には、SONYや HONDAの成功によって ようやく自信を持つ事ができた。


ただ、肉体的には なかなか自信を持つことが出来なかった。

オリンピックでいくらメダルをとっても、所詮階級差が助けているだけではないか?


私見では、スポーツにおいて民族的劣等感を顧慮しなくてよいのは、次のことを達成した時ではないのか、と思っている。

それは、

オリンピック男子100メートルの金メダル

プロボクシングヘビー級世界チャンピオン

サッカーワールドカップ優勝

そして、メジャーリーグホームラン王


この 最も難しいと思われた最後のひとつを、ついに達成した男がいた。

日本人は 肉体的劣等感を払拭するときが、

ついにきたのか!