2学期ということもあり、私のクラスは、全員が進路を決めているのですが、
一応再確認、ということで、今日は、個別に進路相談を受けています。
毎日、放課後に、だいたい7,8人ずつ行っていて、
今日も残り2人というところまで来ました。
「次は・・・武本君か・・・」
名簿にチェックを入れながら、教室の入り口付近の廊下に並ぶ椅子に座る
武本君を呼びました。
武本君は、実はこの学年で、最も優秀かつ、この学校創業以来の抜群の成績の持ち主で
地元の国立大学にも主席で合格するだろうと言われている生徒。
成績も、いつも安定しているし、特に相談されることもないだろう。
そう思いながら、とりあえず、私たちは教室の椅子に座りました。
「進路相談することも無いだろうけど、一応、形として聞いておくね」
私は、彼の志望大学などが書かれた書類を見ながら話し始めました。
「H大の経済学部で、変わりは、無いんだよね?」
「そうですね」
「武本君の成績なら、全然心配ないと思うけど、気は抜かないようにね」
「はい」
「じゃあ、あとは特に話すこと無いし、もう帰っていいよ」
私は、次の生徒の書類に目を通しながらそう言いました。
「あの、相談って進路以外のことは、駄目ですか?」
優等生の武本君から、意外な言葉が出てきました。
「え?」
私は、動揺しました。
まだまだ、教師になって2年目の私に、進路以外の相談をされて
的確なアドバイスができるのだろうかと・・・
しかし、これでも担任です、まさかダメと言えるはずもなく
「どんなこと?」
と多分引きつっているであろう笑顔を作りながら問い返しました。
「恋愛についてです」
恋愛・・・か。
家族間の仲が悪いとか、実は他に夢があってとかそういう悩みごとの相談じゃなくて
良かったとは思ったんですけど・・・
女子なら分かるんですけど、男子から恋愛相談を受けて、私に回答ができるのだろうか・・・
そんな思いを抱えながら、武本君に言葉の続きを促しました。
「彼女とうまくいってないとか?」
「彼女はいないです」
「あ、そうなんだ」
「先生の個人的意見でいいんですけど、どういう人がタイプですか?」
「個人的って・・・武本君、好きな子がいるんだよね?」
質問から推察すると、そう思えました。
「はい」
「じゃあ、私の個人的意見じゃ役に立たないよ、うーん・・・一般的な意見としては
優しい人とかなんじゃない?」
「僕は、優しいと思いますか?」
「好きな子から優しいって思ってもらえれば、それでいいんじゃないかな」
「・・・・・」
武本君は、それには何も答えませんでした。
私は、何か間違ったことを言ってしまったのでしょうか?
とはいえ、6歳も年下の男子生徒の恋愛話についていけるほど、若いわけじゃないんですから
仕方のないことですよね。
「ありがとうございました」
そう言って、武本君は、頭を下げ席を立ち、教室から出て行きました。
「あまり、いいアドバイスできなくて、ごめんね」
後ろ姿に、そんな声をかけると
「いえ、的確な回答でした」
武本君は、笑いながら扉を閉めて私の視界から消えて行きました。
的確って・・・なんだか武本君らしい言葉だな
私は、そんな風に軽く思いながら、次の生徒を教室に呼び、また進路相談をしました。
参につづく