救急医療の始まり | 林整形外科のブログ

 公的な救急医療の仕組みは、1882年にオーストリアのウィーンで始まったと言われています。

 ウィーンは音楽の都として知られています。1881年12月、オペラの中心地であるリングテアトルという歌劇場で、大火災が発生しました。この火災では約400人が亡くなり、1000人を超える被災者が出ました。ウィーンは二度とこのような惨事を繰り返さないよう、万全の体制を整えることにしたのです。

 市民に理解と協力を得るために、まずハプスブルグ家のウェルツ伯爵にキャンペーン活動をしてもらいました。そして眼科医のムンディと資産家のラメツァンの企画によって、世界初の救急体制を確立したのです。この3人は「救急医療の生みの親」とされ、ウィーンにある救急医療博物館には、ムンディの像と大火災の版画が設置されています。

 この時に救急の馬車が備えられることになり、これが救急車の始まりではないかと考えられています。しかし「けが人や病人を運ぶ専用の乗り物」となると、1798年のエジプトでの「救急ラクダ」が世界最初ではないかと言われています。救急車の始まりは、戦場で負傷した兵士を運ぶ、軍隊専用のものだったことになります。