キューバのフィンライ | 林整形外科のブログ

 黄熱と言うと、日本で有名なのは野口英世になりますが、キューバではフィンライFinlay(1833-1915)という人が第一人者になります。日本では、あまり馴染みのない名前です。

 フィンライは、ハバナで眼科を営んでいましたが、キューバで流行した黄熱に興味を持ちはじめ、その研究に取り組みました。そして1881年の国際衛生学会議において、黄熱の伝染に関する「蚊の媒介説」を発表しました。それは、黄熱患者を吸血した蚊に刺されると、健康人の5人に1人が発症すること、媒介する蚊はネッタイシマカに特定されることを、世界で初めて報告したものでした。

 しかし当時、蚊の吸血は一生に一度というのが科学界の常識であったことと、キューバ人に対して少なからず存在した偏見が重なり、彼の説は「変人のたわ言」と黙殺されてしまったのです。

 米国黄熱研究委員会の実証により、フィンライの説が正しかったと証明されたのは、彼の発表からなんと20年後のことでした。彼の名誉は回復され、81歳で亡くなるまで、十分な栄誉を手にすることができました。現在では、フィンライは「南米のパストゥール」と呼ばれ、その業績が讃えられています。