冗談の難しさ | 速水瞬の誰も読みたくないブログ

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 「多少性格が悪いくらいの人の方がおもしろい。」

 これが持論である。

 今までの人生で、めちゃくちゃ性格が良くて優しい人で、めちゃくちゃ面白いという人に出会ったことがない。優しい人は、面白いことを思いついても、人を傷つける可能性を考慮してストップしてしまうのだと思う。


 自分は、小学生のころから言うことの半分以上は冗談みたいな人間だったし、アメリカに住んでいたこともあってか、ジョークを言わないことや面白い話をできないことは恥ずかしいことですらあるという認識がある。


 そして、やはり小学生のころから「速水は面白いけど性格悪いよね」とよく言われたものである。


 そんな自分も、だんだんジョークで人を傷つけてしまうことへの問題意識が芽生えた。何度にも及ぶ失敗と反省を繰り返し、今は「面白さを提供しつつ、人を傷つけないレベル」をかなり正確に認識できるようになったと思っている。


 しかし、やはり全く人を傷つけないのは不可能なのだな、と最近よく思う。


 べつに人をいじるような笑いは提供しない。そんな笑いしか生み出せない人は「面白さ」という意味で底辺だと思っているから、基本的には自分のことやその場とは関係のないことを話題にするのだが、それでもどんな言葉、どんな言い方で言っても人を傷つける可能性を全て消すことはできない。本当に難しい。なにしろ、傷つくレベルや言葉などは、人によって千差万別なのだから、完全対応するのは無理なのである。


 正直言うと、昔は「傷つく方が悪い」とさえ思っていた。「みんな笑ってるんだからいいじゃん」とも思っていた。しかし大人になるにつれ、精神的に強くない人もたくさんいることを知ったし、自分が話題の中心になってみんなを笑わせていれば誰かを傷つけてもいいなどという傲慢な考えを維持することはできなくなった。とはいえ、ジョークは言いたい。笑わせたい。


 「人を傷つけずに笑わせられるレベル」というのが、日本においては一般の水準がとても低い。責めるわけではないが、やはり日本は冗談が通じない人が多いのは疑いようのない事実だ。海外のドッキリ番組などを見れば明らかだが、外国のジョークは日本とは比較にならないほどきつい。それが良いとは言わないが、日本ももうちょっとジョークに寛容になってもいいのでは…。と思い悩む日々である。正直言って、自分のような人間にとって、日本はとても生きづらい世の中だ。まぁ、一方で自分みたいな人間が少ないからこそ、「面白い」と評価されているという事実もあろうが。


 日本に傷つきやすい人が多いのは、ジョークを言う習慣があまり無いから、というのも少しは関係してるのではないか。普段から冗談を言われることに慣れていないから、ちょっとからかわれると凹んでしまうんじゃないか。そう思うのである。


 べつにジョークなんてなくても世の中は回るし、何の問題も無く生きていける。でも、厳しい状況ですらジョークを言うアメリカンの粋な感じが、やっぱり好きなのである。