・導入期はそもそも新製品に市場性があるのか、どのようにして販売をするのか、どのような需要層に受け入れられるのかは、この段階では未知数である。市場性が不透明な中での拡販活動であり、マーケティング戦略と言う観点から見ても、選択肢が多く、何が正解なのかは、仮説は立てるにしても、実際に市場導入をしてみないと分からない。それまでの前例がないだけに、消費者の認知を高め、新たな市場形成を図っていくために、斬新なアイデアや新たな販売手法へのチャレンジが求められるのである。

・一方、成長期に入ると、既にそこには一定規模の市場が存在している。市場形成が着実に進む中で、如何にして更なる売上拡大を図るかが重要なポイントとなる。成長期は、市場への参入者が増加し競争が激しくなる一方で、市場そのものが拡大し、需要が大きく伸びる時期である。ここで大きな市場シェアを押さえる事が、将来の業界でのポジションを決めることになる。

・競争相手を凌駕して、市場で勝ち残ることができるかが成長期の戦い方であり、マーケッティング戦略を進める上で知恵の見せ所でもある。成長期にシェアを伸ばす方策は、色々な施策が考えられるが、製品企画・価格政策・ルート政策等の多角度のアプローチが考えられる。ここでは、いくつかの典型的な具体例を見ていくことで、成長期におけるマーケティング戦略について考えてみたい。

 

Q1.日本の家庭で大画面テレビが本格的に導入されたのは、1988年からであるが1990年代に入り、市場が本格的に立上り始めると、メーカー間競争が激しくなっていた。大手家電メーカーA社は、大画面テレビが本格的な成長を迎える1990年に他社との差別化を明確にした製品の導入で一気にシェア拡大と売上げアップを図った。その積極的な拡販策とは、それは次の内のどれか。

 

①大画面テレビの新しい製品ブランドを作り、有名タレントを起用するとともに、大規模なTVCFを中心とした広告宣伝を投入し、一気にシェアを奪った。

②大画面テレビは毎日使うものだから、電気代がかかるが、省エネ機種を出すことで、他社と差別化し、売上げ拡大を図った。

③大画面テレビと高機能VTR、高機能スピーカをセットにして組み合わせ、高級AVシステム機器として提案することで、単価アップと他社差別化を図った。

 

 

A1.答えは①である。

・もともと大画面テレビは、部屋の広い米国では受け入れられていたが、日本の狭い家屋では直ぐには売れないのではないかと言われていた。ところが、1998年から国内市場で販売されると、市場の反応は予想外に大きかった。「単に映像を見るのではなく、日本家屋の多少狭い部屋であっても、映像を浴びるように見ることが大画面テレビの醍醐味である」と考える消費者も現れ、VTRと映画等のコンテンツの充実に併せて、市場が急速に立ち上がって行った。

・成長期は如何に早くシェアを拡大して、市場のポジションを固めるかがポイントであり高いシェアを得るために激しい競争が繰り広げられることとなった。製品そのものの魅力を顧客に如何に訴求するかが重要であり、他社差別化を図った新製品をタイミング良く投入し、他社に先駆けて、新しい製品とブランド、有名タレント起用と大規模な広告宣伝を行うことで、シェアを大きく伸ばし、市場の地位を確保したのである。

・A社とはパナソニック(当時は松下電器)、新製品の名は「画王」である。音と映像の良さを巧みに訴求したノイズレスデザインを徹底的に追及し、高性能の大画面テレビに最高の映像機器という意味をイメージするペットネームを付けるとともに、大物タレントである津川雅彦を起用して、王様の服装で登場し、 テレビと一緒に「ガオー、ガオー」と繰り返すTVCMを大量投入して、一気に大画面テレビの有力ブランドの地位とシェア、累計300万台という売上台数を勝ち取ったのである。印象あるCMは、今でも覚えている人も多いのではないかと思う。

 

 

・パナソニックは、家電メーカーとして、国民の間で厚い信頼と安定したブランドイメージを長い期間に渡って維持してきた。1980年代後半の最盛期には自社品を主体に扱う系列電気店を3万店近く持つことで、家電業界の中でトップの地位を築き上げてきた。他社が新製品を出して来ても、パナソニックは他社製品の市場の反応を見て、それが市場に受け入れられるようであれば、厚い技術陣により速やかに製品開発を行うとともに、強いブランドイメージと業界トップの販売ルートを活用することで、一気に巻き返し、シェアを押さえてしまうことが出来たのである。新製品の導入期にはリスクのある投入を見送り、製品の評価が固まり、市場が形成されるタイミングで同様の機能を持った製品を出し、ブランドと販売ルートの力で成長期のシェアをもぎ取って行くというのは、ある意味で一つのビジネモデルといえる。

 

・かつて、ソニーがまだ創業期の小規模メーカーだった時、「ソニーはパナソニック(旧松下電器)のモルモット」と言われた時代が有った。ソニーが色々なアイデアで、市場にチャレンジし、画期的なヒット商品を生み出しても、パナソニック(旧松下電器)が厚い技術開発陣により短期間で同様の機能を持つ製品を開発し、持ち前の販売力・ブランド力で、キャッチップし、しばらくすると新製品の市場シェアも大半を押さえてしまい、苦労して新市場を生み出したことによるメリットを横から力で奪われてしまうのである。もちろん、それはソニーに限らず、チャレンジして新製品をヒットさせた各メーカーに共通に言えることであった。業界では、パナソニック(旧松下電器)を「マネシタ電器」と揶揄する向きもあったが、販売ルートの大半を家電系列店が占める時代においては、強い販売力を持つこのモデルは磐石であり、競合他社が真似しようにもなかなか真似の出来ないものであった。当時の松下電器ショップの店主は、他社が新製品を出しても、「少し経てば松下が追いついて同様の儲かる製品を出してくれるから、それまで待てばよい。」と良く言っていた。安定した相互信頼のある系列店という基盤と広告宣伝とアフターサービスに裏付けられたブランドイメージにより、力を背景とした強者の戦略が、家電の成長期に取って極めて有効だったのである。

・このビジネスモデルは、家電製品が家庭に行き渡り、所謂成熟期を迎えたこと、販売ルートも系列店の時代から、各メーカーの製品を大量に併売する大手量販店の時代に移ることで、徐々にその効用が薄まっていったが、家電の新製品が次々と生まれ、それが大きく成長している時期においては、極めて有効なモデルであった。尚、このようなビジネスモデルは、家電以外の業界でも見られるものであり、例えば自動車業界でも類似のケースとして、ソニーを「ホンダ」、松下を「トヨタ」に見立てると同じような構図が浮かび上がってくる。

 

 

【参考:消費財の普及率推移と需要の関係】

 

 

上図は、国内における消費財の世帯普及率推移を纏めたグラフである。新製品が市場導入されてから、その製品がどのように消費者に受け入れられてきたかを推移表で確認できる。基本的には右肩上がりのグラフになるが、白黒テレビのように、カラーテレビの登場で需要が白黒からカラーに置き換えられたことで普及率が下がっていくようなケースもある。

製品ライフステージの導入期から成長期への移行も、世帯普及率の推移で確認が可能である。一般的に世帯普及率が30%を超えると需要が急速に拡大するので、この時期に如何に売上を伸ばし、シェアを拡大してマーケットを押さえるかが重要であり、成長期のマーケティングのポイントである。また、世帯普及率が高くなると成長期から成熟期に移行することになるが、カラーテレビやエアコンのように一つの世帯に複数台数の需要が見込まれるような製品は、世帯普及率が高くなっても成長期が続き、需要拡大が続くケースもある。