どですかでん | やまとうた響く

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日々の出来事や想いを綴っています。エッセイ風に書けたら素敵なんだけれど。

季節のない街の記事を三つも書いていると、やはりどうしても映画のどですかでんがもう一度観てみたくなり、最寄りのTSUTAYAで探しに探して先日ようやくレンタルした。今はあんな大昔の映画もいつでもDVDで観られるいい時代だ。




以前観てから40年ぶりくらいかと思う。その時はこのドラマの良さが全くわからなかったけれど、ドラマの季節のない街がとても面白く感じたので、今回40年くらいの月日を経て再度どですかでんを観て自分がどう感じるのかとても楽しみだった。40年の歳月で自分がどう変化しているのかが。


そして改めてどですかでんを観て、なんと初めて私が昔観た時の印象と全く変わらなかった。40年経っても私は何も変わらず何も成長していなかったと言うことなのだろうか!?


今回も面白いとは感じなかった。そしてなんとなく気持が沈んだ。季節のない街とは同じ原作で、時代設定こそ昔と今で違うし、舞台も貧民街と、仮設住宅と違うものの、登場人物も同じ名前でエピソードも同じなのに、もはや同じ原作とは思えない別の作品だった。



どですかでん、どですかでん、と見えない電車を運転して走り回る季節のない街の六ちゃん




まるでゴミ捨て場の様な場所で見えない電車を運転して走るどですかでんの六ちゃん


季節のない街のカツコとオカベ


どですかでんのカツコとオカベ





季節のない街の父親がみな違う子だくさん一家



どですかでんの子だくさん一家

どですかでんの舞台があまりにも悲惨だった。





時代の違いはあるとは言え、この映画は1970年に公開されていて、年代は明記されていないけれどおそらく1960年代あたりだろうと言われて いる。

けれどどう見ても戦後すぐの瓦礫の跡の様に見える。1960年代~と言えば私が小学生の頃だけれどその頃はすでに高度成長期に入りつつある時代でこの映画が封切られた1970年は大阪万博も開かれている。これほどの地域がその時代にあったのだろうかと、私の記憶でも考えにくい気がする。

1970年と言えば大阪万博が開幕され、それ以降日本は空前の高度成長期を迎えていったその同じ年に何故黒澤明監督はこのどですかでんを世に出したのかが不思議だ。高度成長期の日本から完全に取り残された人々が描かれた映画を。

高度成長に浮かれてばかりいていいのか!?こういう暮らしの人々を置き去りしたままで!と高度成長の波に浮き足たった人々へのメッセージにも感じるけれど、そこは天才黒澤明監督の胸の内で凡人には理解不能だ。

けれど、この貧しい暮らしの人々の日常は季節のない街で描かれた人々と全く同じエピソードが描かれているのに別物の話の様に感じるのが少しわかる気がする。


やはり監督の視線と言うか意図が違うのだ。時代の持つ空気の違いもあるけれど、季節のない街は現代が舞台になっていて、仮設住宅でギリギリの暮らしをしているとは言え、アレ(東日本大震災)までは普通の暮らしをしていた人々で、アレによって全てを失い仮設住宅でやっと暮らしを立てている人々だ。


仮設住宅自体が救いの手が差し伸べられている。そしてどん底に見えてもそこには風が吹いている、と言うか風が通り抜けている気がする。宮藤官九郎監督はそこに住む人々に風を吹き込んでいると思う。


前回の6秒間の軌跡の記事でも新しい風は人を変えてくれるようだ、と書いたけれど、ここでも風はポイントになっている気がする。



そういえば大漁旗はいつも風になびいていたし、ドラマの中に折に触れ登場していた。

吹き抜ける風は人を変え希望にも導く。そんな風を宮藤官九郎監督はどのエピソードにも送っていた気がする。だから最終話では強制撤去に近い風を吹かせて人々はそれぞれの新しい別の暮らしへと旅だった。宮藤官九郎監督はそんな人々にいつも応援の風を送っていたんじゃないかと思う。そして季節のない街はどこにも存在しなくなった。清々し風を残して。だから観ている私も気持が暗くなることがなく面白く感じられた。

けれど、どですかでんは全く違う。風が吹いている気がしなかった。無風な吹きだまりの様に感じた。だから観ていて息苦しくすらあった。


季節のない街のホームレスの親子は、食あたりで子供が死んでしまう。そのまま父親はひとり季節のない街を出て行った。この親子はいつも食べ物を探して歩いているのは子供で、自分は動かず立派な家を建てる計画の夢の話ばかりしていた。おそらく元はインテリ層を感じさせる父親が(又吉直樹さんがいい味わいで演じていた)その後動いている(働いて)いる瞬間が写し出された。



けれど、どですかでんの乞食(当時の表現)の親子も同様に子供が死んでしまうけれど、父親はその時完全に目が狂ってしまっていた。





こんなひとつひとつのエピソードが暗くて希望が見いだせない。

けれどやはりあの1970年にこの映画が封切られたのは、希望がないこんな人々がまだいる!置いて行くな!そんなメッセージを感じてしまう。それも黒澤明監督のこの人々への愛に思える。忘れるな、置いていくな、と。あくまで個人の感想だけれど。そんな感想を持てたのは、やはりひと時代を生きてきたからかもしれない。昔観た時にはただ気持が暗くなっただけだった。

季節のない街はやはりアレのことは皆忘れ去ってはいない。13年間置き去りな面もあったかもしれないけれど人々の脳裏には焼き付いている。それが希望になり、風を吹かせあの描き方になったのかな、と思う。個人の感想だけれど。


実際に元になった山本周五郎の小説は1962年の作品だ。私が6歳の頃には実際にまだどですかでんの様な暮らしはどこかであったのかもしれない。小説では最後はどう描かれているのかが気になるところだけれど、もう小説までは読まなくていいかな、と言う感じ。足りた、って感じだ。


ただネットで見た作者のあとがきは




と書かれていた。(文章お借りしました)やっぱり置きざりにするな!は当たらずも遠からず、って感じかな、と思う。