最近、子供の小さい頃や自分の小さかった時のことを思い出して、記事を書いています。


その中でも、印象深かった「嘘をつく」ということについて、書いてみます。


ただし、これは我が一族の特徴なので、スペクトラム状になっている幅広い発達障害の人間について書いているわけではありません。スペクトラムの一部に属する一族について、の特徴です。



空想系の嘘について:


兄弟姉妹の中でも、積極奇異型で思考回路が常に忙しく、対人コミュニケーションが下手で、大人しい時と調子にのっておちゃらけることが多い子に「嘘的なもの(空想)をつく」ことが多かったです。


これは、自分でも真実を言っているとは思っていなくて、空想のように話をつくって楽しんでいる遊びみたいなものでした。なので、どんなバカなことや、荒唐無稽な事を言っても、家族や兄弟姉妹は「ああ、また空想で楽しんでいるな」と思うのですが、困るのはそれに付き合って調子に乗ることを期待されることでした。


小学校低学年ぐらいまでは、この荒唐無稽な作られたストーリーとごっこあそびなどで、それなりに面白かったのですが、中学年以上になるとみな成長とともに現実的になるので、冷めた目で見てしまうような所がありました。その周囲の変化に本人は傷ついたのだと思いますが、「そんな嘘はもういいから」と同級生に反撃されたりして、バツば悪くなり、言わなくなるという成長過程がありましたね。


このタイプの兄弟姉妹や親戚は、中学ぐらいになると「たまにホラ吹きをするけど頭の回転が良くて賢い」と言われるような人物になっていきました。多くは、勉強が難しくなる中学、高校あたりで興味がそちらへ移動したのか、頭脳の優れた大人になって、成人してからホラ的なものを言ったのをあまり聞きません。発達障害児の私達子供の中でも、ファンタジーの世界にどっぷりはまり、なかなか出てこれなかったのが、現実的な勉強というものに直面して、学問を入口にして社会生活に足を付けたのかもしれません。




先を見通せない嘘について:


アスペルガーや高機能自閉症の子達のように頭脳が格段にずば抜けているわけではないけれど、どちらかというと平凡な自閉症スペクトラムタイプに多い嘘のつき方、というのがあります。これはほとんどが、「先を見通せない」という所から、自分が困ることになるわかりやすい嘘をつくことがほとんどです。



私が子供時代についた嘘を、自分の子供もそっくり同じことをしたことがあるので、それを例にしましょう。


小学校1年生の時に、縄跳び週間という期間があり、前とび、後ろとび、けんけん飛び、二重とびなどを各自で練習して、できたらカードにまるつけをしていくという取り組みがありました。回数は、1回、3回、5回、10回というように段階があって、できた回数を○つけしていくというようなものでした。(子供の学校は先生がハンコを押していました)


私は、縄跳びは得意ではなく、つまずきつつステップアップするような感じで、周囲に後れをとっていたと思います。で、3回飛べば、あとはたぶん飛べるからと適当に5回や10回のところにも「実際には飛んでいないのに」○をつけたわけです。


私の子は私より真面目で、飛べていないけどノリで(気が大きくなるり調子にのる時がたまにある子です)10回まで飛べていないのに、いくつかの飛び方で○をつけてしまいました。そして私よりシビアな現実に泣くことになりました。


結果的に、この嘘は、自分達を苦しめることになったのです。



私は、カードの目標全部が10回とべた、と○をつけた所で「試験がある」ということを失念していました。まさか実際に、一人ずつ、全員の目の前でやってみせるような正式な試験があるとは思っていなかったのです。その時になってはじめて胃がきゅーっと痛み、自分がやらかした嘘が自分を追いつめていることをはじめて理解しました。親が嘘はよくない、自分のためにならない、後で困るのは自分だ、と教えてくれていたのを本当に理解したのはこの時です。


前とびはOK、後ろとびは5回ぐらいしかできない、けんけん飛びも5回ぐらい、二重飛びは全くできない、というような試験結果でした。クラスメートは私に思う所があったでしょう。先生も、きっとカードの自己申告は嘘がある、特に二重飛びは嘘だろう、と理解していたと思います。だけど次々と試験をしないといけないので、その場では誰にも何も言われませんでした。でも、自分は死にたいほどの後悔を感じました。



子供も、同じようなケースに合いそうになりました。私は子供がダイニングテーブルの上に置いていたカードを見て、私と同じ縄跳びが不得手である子どもが、たくさんの先生からのハンコをもらっていることにおかしいと気が付きました。子供に「これは、飛べたときにもらえるハンコだよね。このハンコが全部そろったら、試験を受けて、パスできたことを確認されるんだよね?」と聞くと、みるみる真っ青になり、いきなり泣き顔になりました。ドンピシャです。私と全く同じ嘘をやっている。嘘の感覚はないと思います。ただ、自分が困る、ということを理解していないので、簡単に考えてしまっていた、そんな感じです。



私が、「どうして悲しい顔をしているのかわからないけど、ここにハンコをもらった、ということは、飛べた、ということだから、試験をされたときに飛べないとおかしいよね。もし飛べる自信がないのだとしたら、試験までまだ時間もあるだろうから、自分で自信がつくまで練習したらいいんじゃないの?」


「このまだハンコをもらっていない、けんけんとび10回、二重とび5回とかは難しいから、きちんとできた!と自分で思えたらハンコもらいなさいね。たぶんできる、失敗したけど、まあいいか、じゃなくて、ちゃんと飛べるし試験されても大丈夫って思えたらハンコをもらいなさい」


と話をしました。ついでに、私が子供の頃に困った話もしました。すると、子供は「本当は、3回しか飛べてないけど10回できたって言ってハンコもらった。どうしよう」と自分から嘘だったことを告白して泣きました。



私達の共通点は、こうした「先が見えない、すぐそこにある未来がちゃんと見えていないから、安易に考えてポカをやる」ということが結構あります。子供の頃は、その連続です。そうして経験から学んでいくことはできています。でも、大人になっても忘れられない黒歴史として、記憶には永久に残るんですけどね・・・。小学校時代でこの黒歴史はほとんど終わります。こういう軽い気持ちからつく嘘、というのは、辛い経験を子供時代に何回か繰り返すことで、やらなくなります。慎重になるのだと思います。




嘘をほとんどつかない子達:


発達障害のある子供のうち、高機能自閉症の子達が嘘をついた、という思い出や、そういったことをしようとしたのを見たことがほとんどありません。

頭脳がずば抜けて良い反面、人をだましたり作為的なことをする興味がないようで、この障害の親族達や子供達は、ほとんど嘘をつかない人物であると圧倒的に一族から信頼されていると思います。嘘をつこうと思えば、おそらく頭が良いので簡単にできそうですが、人から攻撃されたり蔑まれるという経験が少なければ少ないほど、歪みを覚えず誠実なまま成長したように思います。


頭脳がずばぬけているのに、性質がのびやかで世間にもまれたような言動の歪みをほとんど感じないことから、周囲の人間から好かれる事も理由かもしれない、と思います。私は発達障害は神から授かったという発想は全くない人間ですが、高機能自閉症の親族に関しては、神から授かった宝だと考えることがあります。その頭脳明晰さと精神性の素直さから一族から尊敬され、また信頼され一目おかれているのは、高機能自閉症の人間がほとんどです。




発達障害の子と嘘について、考察してみました。






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