2015年のメルマガバックナンバーより抜粋してお届け。

 

感情を味わい切るコツについてです。

 

 

 

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■感情をコントロールできるようになったとき、「わたし」は死んだ。



・・・のっけから強めのことばを吐きましたが、
どうか、閉じずにこのまま読み進めていってほしいと思います。



この新刊を出したことで、よりいっそう、感情というものに敏感になりました。

 


本にも書いたのですが、むかしのわたしはとにかく
「感情を考える」ことが大の得意で、
いかにもそれで感情をマスターしているつもりでした。


本屋さんにいくと、たくさんの「感情整理本」が売られています。

 


「感情に振り回されない」「感情をコントロールする方法」
という類の本がたくさんあり、わたしもたくさん読み、そして実践しました。


どうなったか?


結果的に「感情についての理解は深まったけれど、感情を頭で判断するようになった」のです。


そうすると、わたしの中にあった「感情へのジャッジメント」が発動します。
学べば学ぶほど、


・悲しい感情が出てきたら、すぐにそれに対する原因について考える
ようになったり、

・切ない感情に触れたら、それにたいする問題を見つける
ことをしたり、



何かを感じたときに、

その感情をすばやく処理するマシーンのようになっていきました。

 



ある意味、結果的にはよかったかもしれません。
でも、とても大切なものを失っている気分でした。

確かにむかしより感情的になることはなくなった。

ただ、「生きている心地」がしない。


何を見ても、何を考えても、何に触れても、何を言われても

 


「感情的に考える」ことはなくなったけれど、
「感じるこころ」さえなくなってしまって、


結果的に「わたしは何のために生きているのだろう」となったのです。



■スーパーの中で泣き出したはなし。


ちょっと話は変わりますが、むかし、あるクセに気づいたのです。

 


他人が、ちょっと強いパワー(怒りとか、支配とか、責めとか)
でこちらに対して向かってくると、

 

わたしは一気にシャッターを閉める、

 

というクセでした。



そして、シャッターを閉めると

 

相手にたいする暴言、スネ、責めの言葉、そして批判が出てくるのです。



・そんな風に接するなら一生関わらないからね!
・あなたって、なんなの?
・バカじゃないの!近寄ってこないで!
・反省してよね!謝ってよね!
・あなたが悪い!

 



ただ、それはわたしの声ではなく、シャッターの外側に貼った張り紙のようなものでした。
 「わたし」はシャッターの内側にいるのです。



でも、シャッターの外側には、そういう言葉が並べられています。
むかしのわたしなら、そのシャッターを問題視していたことでしょう。

その外側に貼られた張り紙の内容に気を囚われて、冷静になった時に、

「わたしったら、なんで・・・」と自分を責めていたかもしれません。



しかし、「わたし」はシャッターの中に、いるのです。
触れてみます。



怖かったんです。悲しかった。


おじいちゃんにたいする想いが出てきました。
親愛なる人たちの怒った顔が出てきました。

こわかった、かなしかった、

でも愛おしかった、彼らが愛おしくもあった。



わたしが泣くとその人たちはさらに怒り出すので、

シャッターの中で泣くしか、なかったのです。



わたしは、シャッターの中で、泣きました。感じました。


想いを巡りました。

怒り、かなしみ、愛おしさ、いろんな感情を一周します。



シャッターの中で泣いているわたしと一緒に、わたしも泣きました。


スーパーのおとうふ売り場でひとり、

今日の晩御飯はどうしようと考えながら。



■たいせつな軌跡、あなただけの防衛。

このようなクセは誰にでもあります。
誰にでも、自分を守る防御の仕方があります。


人によってはそれは、シャッターを閉じないで逆に戦うことを選ぶ人もいれば。
わたしにように、シャッターの中でしか泣かないようにする人もいれば。


でも、シャッターの中にいるわたしは泣きながらも、強くいました。

「泣き終わったらあけるから、ちょっと待っててね」と。



その中にいるわたしは、自分の感情と素直に同調し、
そしてそれを親愛なる人に迷惑をかけないよう(人に邪魔されないよう)

シャッターで隠し、近づけないために暴言の張り紙をしていたのです。


「わたし、強くなるから。味わいきったら、シャッター開けるから」



これが、大人になってもずっと同じパターンでした。
ただ、シャッターの中にいる「わたし」のことは完全に忘れてしまいましたが…

でも、わたしはこれを問題視はしていません。
それが、わたし。これがわたし。あるがままのわたし。
大切な軌跡。

 



■自分でひっそり、味わいたい。

人にはそれぞれ、たいせつな人との関わり方があります。
それが私たちの特定の防御パターンをつくります。


しかし、その本質はいつだって、愛に基づいているのです。
小さいながら、わかりにく愛に基づき、
わたしたちは自分たちだけの感情の味わい方を持っています。


それを見つけることができたのは、
わたしがシャッターの外に貼ってある暴言の紙ではなく、


その中にいた「わたし」に光を当てたから。

そして、その「わたし」は実は、他の誰かと感情を共有したり、
かなしいという気持ちを他者に見せたいのではなく、

「わたし自身」と、共有したかったのです。



そう、かなしい気持ちも、たのしい気持ちも、

「まずは自分でじっくり」味わいたかった。


だから、

感情が出てくると、シャッターがおります。
それはどんな感情のときも、です。

 


(わたしの場合。本当に喜びを感じるときも、シャッターが降りて、
しばらく誰とも話ができなくなる。 )


■結論よりたいせつなことが、こころにはある。

この話で伝えたかったことは、

「ひとりで、こっそり、隠れながら、味わっても、いい」

ということ。

もっと言えば、

「シャッターを下ろしてもいい、閉ざしてもいい」

という、普段話していることとはちょっと矛盾したはなしになります。



わたしが「閉じてもいい」と伝えた理由は、


結局みんな「だれか」じゃなくて

「自分自身」と感情を共有したいのだ、


ってことなんです。



感情って、自分以外の何かや誰かをきっかけとして起こります。
あの人、この人、あの出来事、この出来事。

・あなたに対してかなしいと思っている!
・あなたに対して怒りを覚えている!

だから、外に外に外に!となってしまい、
わかって!わかって!わかって!となり、

シャッター閉じている意味があるのに、無駄にあけようとする。



感情を味わう秘訣、といいますか、


自分を「味わってもいい安心・安全の状態」にしてくれる特定のパターンに気づき、
その状態の時にとやかく解決しようとせずに、
しばらくその状態でじっとしてみる。


わたしで言えば、「シャッター降りた状態でいる」こと。
その状態を受け入れる、ということでもあります。

多くの人の場合、これを受け入れられません。

つまり、

・不安な状態
・恐れを抱いている状態
・イライラしている状態
・苦しい状態
・葛藤している状態


これはすべて、

 

閉じたシャッターを問題視して、
すぐに開けよう!開けよう!としているのです。



しかし、この状態こそ、ものすごく豊かな時間。

不安になると、目の前のことがあまり見えなくなりますよね。
お天気の豊かさとか、変わりゆく景色の流れとか。


「理解してよ!」って思考すると、
シャッターの奥でまだ感情を味わいたい自分がいるのに
タイミングを待てず、むりやりあけようとする。

(むりやり、結論をはやく出そうとする。)

そうじゃなくて、

「せっかくシャッター閉じて、安心して感情を味わえる」のだから、


しばらく閉じたままでいいから、

中にいる自分と会話してみよう、

 

ってことなのです。


味わい終わったら、シャッターは勝手にあくから。
あいたら、内側でのすてきな体験を、伝えたくなるから。

■閉じこもって、味わって、感謝とともに、表現する。


ちょっと抽象的かもしれませんね。
それぞれの中でイメージしてみてください。

シャッターが閉じる、というのは、不安な状態、思考がうるさい状態、
イライラしている状態、もやもやしている状態でもあります。

あけようとしなくて、いいから、中に入ってみましょう。
不安な状態を解決しなくていいから、閉じこもっている間に与えられた時間の意味を知るのです。


あなたはそのとき、感情を味わおうとしています。
いろいろな感情がでてくるでしょう。



さみしい
すき
かなしい
たのしい
わくわくする
こわい
愛おしい
せつない

シャッターの中にいるあなたは、実はとても豊かです。

シャッターの外側に書いてある、強がりな言葉に気をとられず、
守られた状態で、しばらく味わってみてください。

あなただけのスペースがそこには用意されていて、
そこは、味わい切ったあなたがまたより一層成長する場です。

そして、清々しくシャッターを開けたあと・・・




ぜひ、そのシャッターの中で起きたことを大切な人たちに伝えてみてください。

「わたし、こんなこと感じてたの!」って。

味わったこと、感じたこと、そのときなら素直に表現できるはずです。

もちろん、味わっている間にシャッターをあけて他者と共有することも可能。

でも、それでは「味わい切れ」ずに、そそくさと結論を出してしまい、
未消化な状態がつづいてしまうのです。

素直になれない理由は、味わいきることなく言葉にしようとするから。
はやく結論をだしたくて、シャッターをむりやり開けるから。



孤独とは、愛溢れる自分へのご褒美。


そんなつもりで、シャッターの奥にいる「じぶん」と触れてみてください。

 

 

 

 

 

 

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