なりたい方、やりたい方、望んでいる方に向けて

 

イメージや思考、状態をシフトしていくことって非常に大切。

 

 

大切だとわかっていながらも、

 

気分とか、感情とか、次々に流れてくる思考とかにやられてしまって

 

 

「これが嫌なのはわかる!けど・・・何が望みなのかわからない!」

 

 

というようなことが起こりやすいと思います。

 

 

 

単純に、ワクワクすることをやろう、自分を気分良くいさせよう、

ご機嫌でいよう、心地よくいよう、と言われたとしても

 

 

わかっちゃいるけど、

着地点がどこか、わからんねーん!!!

 

 

ってなる場合の方が多いんじゃないかなって、思うのね。

 

 

 

 

 

私も、実はここ数日、他の仕事の件で

 

ものすっごい萎えてて。

 

びっくりするくらい萎えてて。ゲロー

 

どん底にいって、絶望して、頭くしゃくしゃさせながら

 

 

あ”ーーーーーー!!!

 

 

ってなっていました。

 

 

そんな最中って、自分がどうしたいのかとか、どうなりたいのかとか、どんな結果を望んでいるのだとか、どんな世界にいたいのかなんて、考える余裕もなければ、イメージするスペースもない。

 

 

だから、

とことんまで絶望するのが重要だと思うのです。

 

絶望力、というか。

 

小さなプライドが関係してくると、どうしても底辺ギリギリで踏ん張ってしまうのね。

 

カッコつけが発動して、

ヘンテコな”自分を信じる”とかやっちゃって、

無理していることに背を向けながら、

とりあえず何かやってみたり

じっとしていられなくて情報を探してみたり。

 

 

あるいは、

 

人を責めてみたり、自分を責めてみたり、なんでなの?とかどうしたらいいの?みたいに自暴自棄になってみたり。

 

 

 

 

こういう時って、とても孤独ですよね。

 

誰かに話を聞いて欲しいのだけど、聞いてもらったところで解決しないような気もするし、

 

アウトプットする気力さえ残っていないことがある。

 

 

 

だから、とことん、底辺だと思えるところまで、沈んで沈んで、ピタッと地面に死んだように倒れてみることが重要なんです。

 

 

 

 

 

そう、自分の底辺に。

 

 

自分の底辺ってでも、聞こえは悪いかもしれませんが、実はとても安心・安全の地。

 

底辺の底辺まで行くと、初めてそこに立つことができて、自分に立つことができる。

 

 

だから、ギリギリで足をつけないようにしている時ほど、何かに対して悩むし、踏ん張る気力も湧いてきません。

 

だって、足ついていないんだもの、踏ん張れないじゃない?

 

 

絶望力といえば聞こえはいいかもしれませんが、その泥中は誰もが苦しいわけです。

 

苦しいし、辛いし、思考は「とにかく早く良くなりたい」そればかり考えようとする。

 

 

 

 

私はそんな時、

 

 

 

うるせーてめー

絶望くらいさせてやれってんだ

こっちは底の底まで降りていきたいんだよ

カッコつけんなこのやろー

 

 

 

って自分に言います笑

 

認める。

今の自分がとんでもなく絶望していることと、

 

自分の無力さ(幻想であっても)

自分の惨めさ(幻想であっても)

自分の情けなさ(幻想であっても)

 

 

 

あー

 

所詮、ふつうの人間だな

 

 

って認める。笑

 

 

 

そんなことをしていて、苦しさの奥にある感情たちを

全身に広げていく

 

我慢せずに、自分の身体を信じて、全力で受け止める。

 

 

 

しばらくずっとやっていると、底に行き着く。

 

ずっとその底辺に足をつけようとしなかったことがアホくさいと思うくらい、

ものすごく安心する。

 

 

自分に安心するのであって、

外的な要因に安心するわけじゃないんです。

 

 

お金があるとか

時間があるとか

知識があるとか

法則を知っているとか

 

 

 

とはいえ、私は今ここで生きている

 

という超底辺の安心感、そして自分を支える基礎に出会う。

 

 

 

 

底辺までいったら

下矢印これをやるの。

 

 

ものすごく色々見えてきますよ!