【出来ません、の先にいけるか】
 


秦さんは、なんでも出来るんですね!と驚かれることがありますが、なんでも出来るわけじゃなくて、
 


自分の楽しいこと、好きなこと、自由でいられる環境、自分らしくいられる環境、などのために
 


出来ないことであっても必要ならば出来るようになろうと勉強したり、出来ないことであり、


 
かつ必要であるならば、それが出来なくてもなんとかなるように創意工夫を重ねて来たので、今があります。
 

 

 


だから常に二択です。

 

 

「出来るようになるか、出来なくてもいいように創意工夫するか」
 


そういう意味でわたしはわがままなのです。

出来るとか出来ないとか、あまり関係ない。


 
写真も映像も編集も文章もデザインも、

なんならプログラミングもトークも講義の方法もWEBのこともビジネスも、


なんでも基本的に、初めから出来たわけではなく
 


『自分のことがいつも素敵だと思えて、これをしている自分がとても好きだ!』
 


と思える世界にいたいから、出来る出来ないは関係なく過ごしてきたと思います。
 

 


そんなこともあるから、簡単に「出来るか出来ないか」を理由に出されてしまうと、萎えてしまう自分がいます。
  


特に、「好きなことをして生きたい」という人がそれを口にすると。


 
わたしは好きなことをして生きていきたいのではなく、
常に自分がやっていることに、自分自身がココロオドル状態でいたい。


 
それは好きなことをして生きるのとは、ちょっと意味が違うと思うのです。 
 
 

 


ちょっとした痛みや苦痛やもがきも含め、今の自分がやっていることを好きだと思える。やっている自分が好きだと思える。
 


そういう活動をして生きていくために、「出来ない」は言い訳にならないし、その先にいくことが総合的にベストだ、と思って今があります。
 


なので、出来ませんというので思考が停止してしまうことなどないと思っているのですが、
 


もしそうなってしまうことがあるなら、そもそもそれは「やらなくてもいいこと」なのかもしれません。

 

 

 

 

 

リブログ(2)

  • ”わたしの選択肢は常にこの二択。”

     ”自分のやりたい”が、はっきりしていれば、妥協はしないし、できない。だから、創意工夫する。 なんとなく・・・だと、どこから手をつけて良いかもわからない。そういうことかも。

    あぐり

    2017-09-13 07:17:17

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