今年1月に右足の股関節を人工股関節に変える手術をしました。
思いのほか術後の経過はよく、
自転車に乗ったり、バレエのレッスンに復帰したり
生活にはあまり支障もなく術後半年を過ごしましたが…。

股関節変形症は両足で、
より悪い方の右足を手術して
左はもう少しもつかと思っておりましたが、
残念ながら
右足が正しい位置に入ったからか
夏以降一気に悪化しまして。

最近では
日によっては歩くのもしんどく、
自転車も足をつくのが怖いのであまり乗れません。

お医者様と相談して、
W受験の前、10月中旬で手術をすることになりました。
(というか、レントゲン的には
 右足の時に左足も一緒にしてもいいくらい
 よくはなかったのですが)

9月末でいったんお仕事は辞めて、
年内、もしくは年度内休養にあてようかと思います。

ここ3年ほど、
いろいろなことをだましだましやってきましたが、
身体の状態を整えて、
家をきれいにして、
心の状態も整えて、
子どもにもちゃんと時間をとって
春には復活したいと思います。

あ、安心してください。
別に元気です。
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何かにあせることもなく、
穏やかに日々過ごしたいと。

そんな毎日です。

もしかしたら私らしくないかもしれないし、
実はこれが私らしいのかもしれないし
よくわからない。

突っ走ってきちゃったから
ここで少しじっくりと。

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1か月弱の入院で
一番変わったのが10歳(小4)のちびだと思う。

まず背が伸びてた。
ほぼ私と同じ。

そして、意外と病院にお母さんに会いにくるより遊んでいたいと
あまり見舞いにこなかった。

そして、あれだけいやいやだった塾の勉強を
土曜日国語、日曜日算数、火曜日理科社会…
と決めてちゃんとやっている…。

びっくり。

帰ってすぐに
ちびに何か話しかけたときに
びっくりした顔をして
「あ、そうかお母さんいるんだ…」
と言い、

「お母さんは死んだと思うようにしていたから。」

と言った。

おお。すごい。
このドライな感じ。

さすが末っ子。

で、それがショックだったというわけではなく
そのさばけた感じが一番自分に近いなと。

意外とびびっていた長男(さすが第一子)。
母大好きすぎる娘。
この二人の感覚の方が
自分と違うなあと思うところがあって。

ちびも母が好きだというが
まあ、そんな感じの距離感なのが
一番理解できる。

きのうは2分の1成人式で
学年で得意なことを皆が披露し
親への一言を伝え
歌を歌った。

ちびは
メジャーリーガーになって
恩返しがしたい、みたいなことを言った。

まあ、いいんだけど
みんな演劇チックに親への感謝を述べているものの
なんだかホンマか~と思ってしまう
ひねくれものの母。

「恩返しっていうことは感謝しているってことでしょう。
 どっちかっていうと、
 一番何にありがとうって思っているかを
 聞きたいな。」

というと
「それは難しい…」

まあ、20歳の成人式までに
自分の言葉でそれを伝えられる人になってね。

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1月末に人工股関節の手術を受けて、
1か月弱の入院をしていました。

入院して、
毎日まるで映画のスクリーンのように大きな窓から
流れる雲をみながら
ひねもすのたりと過ごす中で
自分についていろいろと気づいたことがある。

まず。
私はおよそ欲というものがないようだ。

何が食べたいとか、
何がしたいとか、
退院したらどうしたいとか
そんなことはなんもなくて
ただ、寝て、起きて、ごはん食べて、本を読んで
また、寝て、起きて。

そこに、なんのストレスもなかった。

次に。
できる限り一人でいたかった。
誰ともしゃべらずに
ただベッドに一人いるこの時間は
とても快適で。

年齢や、タイプが違うにしろ
いろいろなおばさま方と仲良くするとか、
話しをするとか
そういったことにまったく興味がむかなかった。

そして。
ただ、ただ環境をそのまま受け入れる
そんな人だ。

痛い。仕方ない。
低血圧がひどくて麻酔が使えない。
仕方ない。我慢しよう。

みたいな。

今まで、常にがんばる人で、
もちろん、それは無理をしていたわけでもなく
環境がそれを求めていたところもある。

でも、これからは、
一人が好きで、欲のない
どちらかというとストイックな自分に素直に
無理せず生きていこうかと思う。

特に、実は私は必要でないかぎり不愛想で、
できれば人と関わりたくないという面があると
改めて実感したので、
特にそこは自然に行こう
そう改めて思ったのでした。

あと、ベッドまわり、
極力物が少なくすっきりした状態を保ちたかった。
今、家、ぐちゃぐちゃですが、
月曜日から仕事に復帰するまで
ひたすら捨てようと思う。

今日もゴミ袋3つ出した。
カーテンをあらった。

この1か月は
心のデトックスだったかもしれない。





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1月22日に入院し、
26日に人工股関節の手術を受け
もともと筋力があるので順調に回復し
平均より一週間早く退院かと言っていたところ
2月4日に大変まれなケースですが
中臀筋が、骨を引っ張り剥離骨折を起こし
今度は骨折患者として療養しておりました。
リハビリの時間には1人
バランスボールで筋トレしてました。

それも一週間経ち、
痛みもう落ち着いたので
本来のスケジュール通り
術後3週間の今週末、退院します。

突っ走ってきた人生で
この一カ月弱の生活は
私の大きなギアチェンジとなったように思います。

心配されていたみなさま、
すっかり元気になりました。

今はただ、早く生ビールが飲みたいです。



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こういう時に人はどうなるのだろうか。

手術が決まってしばらくは動揺していた。
でも直前の今、たとえば心配で眠れないとか
不安で誰かにその気持ちを受けてほしいとか
そういうことはあまりなくて、
かといってもやもやとしたものが胸の奥にあって
頭では、神様にもらった休息だとか考えてみたり、
心配しようがそうでなかろうが結果同じだしという思いだったり
どれもしっくりいかなくて
結局
なんだか心を真っ白にしているような状態で。

そもそもうまく歩けないので
職場と家の往復の半月だったので、
まわりの時がとまっているような
現実感のない感じで。

幸い仕事が新しい職場で
自分の希望でひたすらファイリングしたりして
なんだか助かっているようにも思うし。

まあ、1か月。

あ、思い出した。
これって、お産の前に近い感じだ。
今週木曜日に入院し、
その次の月曜日に手術します。

もともといつかはしなければならない手術だったのですが
意外と進行が早く、
12月に急きょ決まりました。
あ、病気ではなく、外科的なものですので
ご心配なさらず。

ちなみに手術決まったとたんに
足を骨折してしばらく仕事以外ひきこもっていたので
そのままの入院となりそうです。

問題は、高2野球部のユニフォームの洗濯と弁当、
その他家事全般ですが
幸いうちは共稼ぎ歴が長いので
それぞれがある程度家事ができるので
今日、最終的にいろいろな分担を決めました。
なんだかんだ言って
娘が一番頼りになりそうです。

また、
1月から新しい仕事に就いていますが
入って早々の欠勤をご了解いただき
ただただ感謝です。
転職についても本来であれば
いろいろとご報告したい気持ちは山々ではございますが
なにしろこんな状況なので、
春になって、うまく仕事に復帰できたら
報告したいと思います。
入院生活の後半はほぼリハビリなので
いろいろと新しい仕事に必要な本などを読もうと思います。

私は常に8割の力しかないところを
120%がんばるという生き方しかできず
ずっと突っ走ってきたのですが
まあ、ちょっとそろそろ違うでしょ、って言われている気がします。

成長が一番の美徳で
そのためにある意味自分を追い込んだりする人生観だったように思いますが
これから、
自分が居心地がいいとか、
こんな生活いいな、って思える
少しゆとりのある人生を歩めと言われている気がします。

仕事を必死でしていた20代~30代
子育てとの両立で髪振り乱していた40代。

そして50代。
自分を大切にしろと。

入院生活は
自分の時間がほとんどなかった私にとって
禅問答に近い日々ではないでしょうか。

家族には迷惑かけますが、
特に娘とちびは最悪に仲が悪く
いったいどうなってしまうのだろうと
考えただけでもめまいがしますが
母のいない1か月で
きっといろいろと彼らの中にも変化が現れることを
期待しています。

手術自体は不安ですし、
なんで私が!!ってい気持ちもある一方で、
神様がくれた休息だと思いなさいと
親しい友人が口をそろえていうということは
そういうことだと思います。

ゆっくりしまーす。

試練

私は努力と忍耐でいろいろなことを乗り切ってきた。
昭和といわれそうだが
やはり、80しかないところで120頑張ってなんとか100にする
といった性分で。

でも、
努力と忍耐ではどうすることもできないこともある。
健康上のことは
どうしようもないわけで。
受け入れるしかない。

努力と忍耐で「なんとかする」教から
脱することができたと
ポジティブに考えよう。

まあ、年が年ですから
病気の1つや2つ、みなさんもありますものね。
変化が訪れるとき、
私の場合は本当に突然やってくる。

今回も、
あれよあれよという間に、
なんだか自分はいつも通りなのに
まわりがぐるぐる回っていく。

不思議だなあ。

ぽかーんとみている感じ。

一つ言えるのは

「ふつうを知らない」

ということはとても不幸だということ。

発達心理学のゼミの中で
発達段階の3と4の違いを論じている中での話。

3を体験できていなくても理解していなければいい。
けれど3を理解すらできなければ
やはり4にはなれず、ずっと2なのだ。

相手の話を理解する文脈がないということは
本当に不幸なことだ。

かわいそうだなあ。
でもできる限りのことはしたので。

まあ、仕方ないでしょう~。